かのりん、お料理に挑戦する
「はぁ〜? お前が料理を作るって? じょ、じょじょじょ冗談はよしてくれ…」
「冗談なんかじゃないんだよぉ〜? 往人くん。だってお姉ちゃん、隣町の病院に行っちゃってて帰って来れないってさっき電話が掛かってきたんだよぉ〜? 雨も相当強く降ってるし、店屋物もこの大雨じゃあだめだろうし、それにそれにあたしだってお料理お姉ちゃんに教わってうまくなったんだからねぇ〜?」
今日6月12日は俺の居候先の霧島医院の院長の妹で一応俺の彼女である佳乃の誕生日だ。だからではないが佳乃は今日は機嫌がいい訳で…。それは昨日の夕方か、帰ってきたときに渡したプレゼントのせいなのかもしれないが…。一応ここで働いている俺は、金もまあ一応はもらっている。だから昨日の空いている時間を見計らって隣町の大型店舗に行き指輪なんぞを購入してきた。早速渡すとすごく喜んで左手の薬指にはめてニコニコ微笑んでいたっけ…。その顔がすごく可愛かったのは俺だけの秘密だ。
母さんから受け継いだ力はもうなくなってしまった…。今は雑用兼佳乃の遊び相手というふうな感じなのだが、実際のところは姉の聖の召使いと言うか奴隷と言うか…。そんな感じで毎日あれやこれやとこき使われている。“いい加減にしろ!! と言うかもっと賃金を増やせ!!” とは言いたい。でもそんなことを言うと途端に俺は宿無しになってしまうので滅多なことは言えないわけだ。今年の聖の誕生日のときに佳乃にお猪口に1杯酒を飲ませてしまいぶっ倒れているところへ聖が入ってきて危うく殺されかけられるところだった。実際少々メスで切られて切り傷を数ヶ所作った。あの追い掛けてくる聖の鬼のような形相は夢に時々出てくるほどだ。
で今日、その聖が隣町の大学病院に研修とか何とかで出かけていって今ここにいるのは俺と佳乃と地球外生命体毛玉犬の2人と1匹しかいない。しかも聖は昨日の夜に研修のことをさっき思い出して電話をかけてきたため、いつもならしてある今日の料理の仕込みを全くしていないわけだ。佳乃はこう言ってはなんだが料理はものすごく下手だ。それは俺が旅芸人として廻っていた頃に北の町で出会った羽リュックの少女と同じぐらい下手だ。かと言って俺はどうなのかと言うと、この通り料理の“りょ”の字もしたことはない。観鈴の家か遠野の家にでも呼ばれに行こうかとも考えたんだが、最近佳乃は妙にあの2人に対抗意識があるのでそう言うわけにもいかず…。というかこの前、あまりに腹が減りすぎて観鈴の家で饅頭をご馳走になったんだが翌日から1週間ほど機嫌を損ねてぷぅ〜っと頬を膨らませて涙目で睨んでいたっけか…。その後いつものように通天閣の魔王に追いかけられたことは言うまでもない。
「レトルトのカレーなんてどうだ? あれだったら湯を沸かすだけでうまいもんが食えるぞ?」
「むぅ〜っ。往人くん、絶対ウソだ〜って思ってるでしょ〜。じゃあますますあたしの料理を食べてもらわなくっちゃいけないねぇ〜」
俺の提案&懇願も、即座に跳ね返される。さすがは聖の妹だと思う。そうは思うものの佳乃の料理だけは勘弁してもらいたい。前に一回“お姉ちゃんに教えてもらったんだよぉ〜”とか何とか言ってカレーを作ってもらったことがあるんだが、あれほどまずいと思って食べたものはなかったと思う。カレーなのに麻婆豆腐の味とはこれ如何に? と言うくらいだ。と、とにかく佳乃の料理だけはご免被りたい。そう思って、なけなしの5000円を財布から取り出して“今日は俺が奢るぞ? ラーメンセットでも食べに行こう” と言うものの、ぷぅ〜っと頬を膨らませて、
「往人くん!! 今日はあたしがお料理作るの!! 向こうで座って待ってて!!」
とまるで地球外生命体毛玉犬に命令するように、びしっと応接室のほうを指さす佳乃。ははっ、はははははっ。もう完全に怒らせてしまった。今日は胃薬を飲むことになるんだろうなぁ〜。そう思って、薬剤所のところへ向かう俺がいるのだった。はぁ〜…。
今日6月12日はあたしのお誕生日。観鈴ちんやなぎーからお祝いの言葉をもらってルンルン気分で帰ってきて、あたしの大好きな往人くんから指輪を昨日もらって、今日学校にまではめていってみんなに見せて、“あたしの彼氏さんからのプレゼントだよぉ〜” ってニコニコしながら言ってたのに、今はぷんすか怒ってる。怒らせた張本人は向こうの居間で正座してる。その姿にちょっと笑いも起こるけど、むぅ〜っとした顔はやめない。だって往人くんってばとっても失礼なんだからぁ〜っ!! ぷんぷんっ!!
そう思っている間にお野菜とベーコンを切る。切るときのコツは猫の手かな? 猫の手で切っていく。お姉ちゃんが“ガスは危ないからこれを使いなさい” って前にホットケーキを焼くときに買ってくれたクッキングヒーターを取り出した。お鍋を取り出して、オリーブオイルと少々ってこれくらいかな? ちょっと出した。ヒーターの火力を上げる。予めスライサーでみじん切りにしておいたにんにくとしょうが、それにシロネギを炒める。炒め終わるとじゃが芋とかを入れてまた炒める。にんにくのいいにおいがしてきた。往人くんがびくってなってる。うふふっ。更にお野菜とベーコンを入れて炒める。お姉ちゃんからのメモを見る。調味料は…、固形スープの素1個、塩コショウ少々、っと……。あっ、後ローリエの葉もね? 入れて更に煮込む…っとその前に灰汁を取らなきゃ。そ〜っと灰汁を取る。ご飯は今朝往人くんが炊いてくれたものがあるからこれでよし!! ぐつぐつといい匂いがお部屋の中に充満する。往人くんはぴくぴく動いてる。ふふ〜んだ。あたしだってやれば出来るんだよぉ〜。ぴくぴく動いている往人くんを前にあたしは勝ち誇った顔でこう言ったんだよぉ? “ご飯が出来たよぉ〜? 往人くん!!” ってね?
「ごめんなさい。とっても美味しゅうございました」
はむっと佳乃の作った料理を一口食べて俺はそう言う。佳乃の料理がこれほど美味いとは思ってもみなかった。これは別の意味で胃薬が必要になるなぁ〜と思って、ズボンのポケットに忍ばせておいた胃薬を触る。“分かればよろしい。…って、えへへっ” と舌をペロッと出しながら可愛く微笑む当の本人も美味そうに食べていた。“で? これはなんていう料理だ?” と俺は聞く。と? 佳乃は頬を真っ赤に染め上目遣いでこう言った。
「霧島佳乃特製愛情煮込みスープ! ……ってダメかなぁ〜?」
と…。左手の薬指には昨日贈った指輪がきらりと輝く。その光景が何だか新婚家庭のような今日6月12日、俺の彼女兼居候先の医院の院長の妹・霧島佳乃の18歳の誕生日だ。
END