酒は飲んでも呑まれるな?
今日11月3日は、俺の居候先の家主、晴子の誕生日だ。観鈴の誕生日のときにも言ったかも知れんが俺はこの町に戻ってきた。まあその話は観鈴の誕生日にしたのでここでは端折るが、あの時の観鈴の笑顔は今でも忘れんくらい俺の心の中に残っている。と、それを言うと晴子も同じなんだがな? とにかく今はみんな元気でいるわけだ。まあ前置きはこのくらいにしておこう。現在夜9時半を少し回った辺り、俺の横でいつものようにべろんべろんに酔っぱらった晴子がいるわけで…。酒類は観鈴が元気になってからは手をつけてなかったのだが、まあ家主の誕生日だし、誕生日に何も買ってやらんと観鈴に睨まれるし…。いや、睨まれるだけならまだしも弁当のおかずが梅干しの種1個と言うあからさまな嫌がらせとしか思えないようなことを今年の観鈴の誕生日にやらされた俺としては何とかそれだけは避けたいと思った。で、今現在俺のなけなしの金で購入した酒を飲んで、案の定酔っぱらった晴子は俺に何やらかやら普段の愚痴をぶつぶつ言っているわけで…。
「なあ、ちょっと! 居候。聞いてんのかいな?」
と俺の顔を睨む晴子。顔を見ると以前ここにいたときと比べて酒に弱くなっているのか、もう顔が真っ赤に火照っていた。観鈴を見るともう眠たそうにこっくりこっくり舟を漕いでいる。ふと壁に立てかけられた時計を見ると午前1時を指していた。明日からまた仕事だと言うのにこの親は…。そう思うとだんだん腹が立ってくる。まあ誕生日なんだからその辺は大目に見てやっても、夜中まで飲む必要もないだろう。そう思い観鈴だけでも布団で寝かそうと抱えると、“ええなぁ〜、観鈴ちんは…” と実に羨ましそうな声でこう言う晴子。その声を背中に俺は観鈴の部屋に向かった。すかぴゅ〜っと気持ち良さそうに眠っている観鈴を少々気恥ずかしく見ながらそっとベットの上に寝かせる俺。後は布団をかけてっと…。これで第1の関門を突破したことになる。次は…、最大の難関、晴子だ。はぁ〜っとため息を1つつき階下に降りる俺。晴子はと見るとまだちびちび酒を呷っていた。“さああんたもそろそろ寝ろ!!” と言うと、すでに頭にまで酒がまわったのか、“ウチも観鈴ちんみたいに抱っこしてぇ〜な〜” と言う始末だ。普段の俺ならそのまま放っておくのだが、そのときの俺は酔いが回っていたのだろう。“ったく、しょうがねーなー” っとこの前やっていたテレビドラマの主人公の文言みたく言いながら、よいしょといわゆる“お姫様抱っこ” をすると晴子の部屋へと足を向けた。観鈴と同じように寝かせようと思い万年床と化している布団へ体を横たえさせようとして俺の服を掴んだ手を外しているとガバッと寄りかかられてしまう。“おいっ! 離せ!” と言ってみても相手は酔っ払い。全然言うことを聞かない。と言うか何かアブナイ方向へ向かっていってるんじゃないか? これは。
取りあえずくんずほぐれつと言う最悪の状態にならないように掴んだ腕を離そうともがく俺。しかし相手が相手だけになかなかうまく出来ない。と言うか何だかますます絡みついてくる訳で。こうなりゃ起こした方が安全だな? まあ起こしたところでハリセンでぶっ叩かれるのは目に見えているわけだが、それでもこの状況よりはましだ。そう思い、起こそうと躍起になる俺ではあるのだが、この酔っ払いには何をしても無駄で逆に俺の体を抱き枕か何かと勘違いしたのか体を押し付けてくる。当然柔らかいものもふにふにと押し付けられてしまい、盛大に鼻血を噴出しながら俺の意識は深い闇の中へと引きずり込まれていった。
今日はウチの誕生日や。そやさかい誕生日プレゼントに保育園の子らからメダルをもろた。ウチの勤めとる保育園は誰かの誕生日には必ずそうやってお祝いする。そうやって優しい心を養うんやそうや。水商売やってた頃は時々テレビでこないなもんを見て、“わぁ〜、なんちゅう恥ずかしいことしよるねん!” って思とったけど、こうして手作りでもらえることもそんなに嫌なもんやないな。むしろ嬉しいなぁ〜って思えるようになった。それもこれもウチの大切な娘・観鈴ちんと居候のおかげやと思てる。
で久々に今日酒を飲んだ。前、水商売をやっとったころは毎日飲んどった酒やねんけど、ここ2、3年は一滴も飲んでへんもんやからか酔いが回るのが早うなっとるなぁ〜なんて思いつつ飲み続けるウチに、居候はもう寝てもうたんか観鈴を部屋まで運ぼうとしよる。その光景がなんかごっつう羨ましく思えてきて、“ええなぁ〜、観鈴ちんは…” 何気なくそう呟くウチ。まあ最初はどこぞんも馬の骨かどうかも知れんヤツを…と思うとったけど、何と言うか居候が来てくれてほんまによかったて思てる。いまウチら親子がこうやって仲良う出来とるのも居候のおかげや。そう思いながらまた酒をコップに注いで飲む。何杯かそうしてたんやろか、何か急に瞼が重とうなってきよった。こらほんまに酒に弱なってきたんやな? そう思いつつウチは水の中へブクブク沈んでいくように意識の闇の中へ落ち込んでいってもうた。
で現在、11月4日朝6時半。俺は晴子と一緒に正座させられている。目線の先にはぷぅ〜っと頬を極限にまで膨らませた彼女がでん! と腰を据えて座っていた。目を見ると普段見ている目ではない逆三角形的か逆半月形的な目になってたりするので、それが非常に怖かったりするわけだ。ちなみに結局あの後俺はずっと晴子の抱き枕代わりにされていたらしく、朝起きてきた観鈴に発見されるまでそのままの状態だったらしかった。
「お母さん酷い! わたしの好きな人を横取りしようとするなんて! もう、お母さんは当分の間お酒禁止!! それから往人さんはお母さんにされたことを今夜わたしにすること!! 分かった?!」
いや、横取りとかそう言うことじゃあないんだけどな…。と晴子の弁明をしようとして…止めた。ぐりぐりした目でおまけに上目遣いの涙目と来てるものだから言っても無駄だろう。なおかつ佳乃や遠野に言いふらされるんだからたまったもんじゃない。凶悪女医者とイタズラ小娘の“ふふふふふっ…(にゅふふふふっ…)” と不気味に笑う顔が容易に推察できる。俺の命にもかかわってくるわけだからかぐりぐりとした上目遣いでそう言う観鈴には何も言えず。と言うかこの家の独裁者でさえ何も言えないわけだから相当なものだろう。滂沱の涙を流しながら、“そ、そそそ、それだけは勘弁してぇな〜。観鈴ぅ〜…” と哀願する晴子が何だか少しだけ可哀想に思えてくるのだが、意外とこう言うことには頑固な彼女は全く聞き入れるわけもなく。まあ薄情なのかも知れんが俺自身には何の影響もないし、と言うかむしろ好都合なわけなのでその場は黙ってやり過ごすことにしたわけだが…。その日から姑の嫁いびりみたく、あれやこれや無理難題を吹っかけてきてはぶつぶつお小言を言われる羽目になってしまった(しかも観鈴が見ていないときを見計らって言うんだからたまったもんじゃないわけだ)11月3日、俺の彼女の母親で居候先の家主・神尾晴子の誕生日だった。がくり…。
END