ラジオ体操に行こう
「往人さん、ラジオ体操、行こう?」
観鈴はそういうと俺の肩をゆさゆさ揺する。学生どもが夏休みに入ったばかりな今日7月23日は俺の居候先の娘で俺の彼女・神尾観鈴の誕生日だ。何時だぁ〜っと思い時計を見ると5時半だった。まだ早いだろ〜っとばかりに俺のほうはもう少し寝かしてくれとタオルケットを被って丸くなる。観鈴はまたゆさゆさ揺する。それが気持ちよくてまた深い眠りに陥ろうとしていたとき、急に“バチコンッ!!” と頭に強烈な痛みを感じでむくっと起き上った。状況把握にはまだ相当時間がかかるだろう。まだ起きたてで頭のほうがボ〜ッとしてやがる。と、“バチコンッ!!” と頭に強烈な痛みを感じた。一気に覚醒する。
「やっと起きたか居候…。いつまでも寝腐っとると頭がウニになるで…。ほれっ、さっさと顔でも洗ってこんかい!!」
「だ〜っ、あんたの一撃で目が覚めた!!」
まったく、人使いの荒い家主め…。とばかりに家主・晴子の顔を睨む俺。そんな俺の顔を見ていたのか晴子はギロリと俺の顔を睨み返してくる。その顔は“もう少し観鈴の相手をしてやってーな…” と言う晴子の心の声のように感じたので文句はここまでで止まった。まあ長い間旅をしていた俺ではあったのだが、その旅はもう終わった。と言うか先祖代々の探していた人物がこんな寂れた田舎町にいたんだからな? そしてもうあの旅を終えて2年になる。今は晴子の周旋してくれた保育所で雑用兼保父見習いとして働いている。それは観鈴も同じみたいなものではあるが、あっちは正式な保母だから差はあるわけで…。どこぞのアイドル育成ゲームのキャラクターの文言ではないが“くっ!” と言わざるを得ないわけだ。
完璧に頭のほうは覚醒した。壁に掛けられた時計を見ると午前5時半を少し過ぎた辺りだ。実のところ、夕べは佳乃や聖や遠野姉妹などを呼んで一日早いが観鈴の誕生日会なんぞを開いたわけだが、俺が最後に記憶するところは遠野姉妹が変なダンスを踊っているところだった。何でもみちるの学校の間で流行っているものらしく、それが正式に学校のダンス授業として踊られるようになったとかならないとか…。まあ詳しいことはよく分からんがそう言うことらしい。
さて、顔を洗ってさっぱりしたところで観鈴が玄関先でさっきから“往人さーん、まだー?” とうるさく言っている。たったったったっと急ぎ足で玄関に行くと観鈴が少々上目遣いに俺の顔を見遣っていた。外へ出る。日中はバカみたいに暑いわけだが朝晩は比較的涼しい。やっぱり海沿いの街か。そう思いつつ浜辺へ行く。浜に行く階段を下りると見知った顔が何人か見えてくる。と一人、気がついたのか手をぶんぶん振っている。遠野の異母妹…、あの空へと帰っていった少女と同じ名前の少女だった。“おーい。こっちこっち〜” と言ってぴょんぴょん跳ねている姿は空に帰って行った少女のまんまに思える。ただ髪の毛がこっちのほうが少ないだけか…と思った。何かにつけて俺に対しては張り合ってくるしな? そう思うと苦笑いを一つ。
「国崎往人がみちるの顔を見て何か怪しそうに笑ってるよ〜。お姉ちゃ〜ん。何だか怖いよぉ〜。きっと手籠めにしようとか思ってるんだぁ〜。観鈴ちんもかのりんも危ないよ〜? 国崎往人と一緒にいたら〜」
相変わらず失礼な奴だ。“俺のどこを見ればそう言う風に見えるんだ?” と問いただすように聞くと、“まずその怪しそうな目でしょ? 服装も何となく怪しいよね〜? それから何と言っても存在感が怪しすぎるよね〜?” と怪しいものでも見るかのようなジト目でみちるは俺の顔を見遣っていた。 そ、そうなのか? と見れば何やらにやにや笑いながらうんうん頷いている。しまった…。まんまとこいつの陽動に引っかかってしまった。あっちやこっちから変な視線を感じる。帰ろう。そう思い反転して堤防のほうに歩き出そうとするとがしっと腕を掴まれる。掴まれた先を見てみると案の定観鈴だった。
「往人さん、ダメ! ちゃんと朝の体操しないと…」
「そうは言ってもだな?」
と辺りを見るとくすくす笑っている声が聞こえてくる。ここのところこんな調子でちょくちょくおちょくられて笑われてしまうのだが、昔の俺だったら文句の1つでも言っているところだろう。だが今はこっちも笑ってしまうわけで…。何となく不思議な気分なわけであり、また、それが何だか嬉しかったりする。俺も変わったのか…と思わざるを得ないわけだが…。とラジオ体操が始まる。歌を歌いそれから体操に入るわけだがこの歌と言うのが非常に嫌なわけなので俺は目を閉じて精神修養に利用しているわけだが…、何だか昨日の疲れがまだ残っているのか目を閉じたまま…、
と気がつくとみんなが体操をしていた。いやそれは朝の体操なんだからやっても構わんのだが…。あの遠野姉妹のあの訳の分からんダンスと言うか体操と言うか…、いや人間の体はあんな風には曲がらんだろ、普通は…。飛んだり跳ねたりしながらあの踊りと言うか体操と言うかそんなものを一心不乱にやっている面々。顔を見ると精気の抜けた顔でやっている。これは普通じゃねえ!! そう思い逃げ出そうとするとこっちに気がついたのかやっていた面々に囲まれてしまう。観鈴がにははと笑いながら、“往人さんも一緒にしようよ? 楽しいよ?” と言ってやっている。いや物理的に無理があるだろ、と言うかありすぎるだろ! その動き…。と言おうと思ったが声が出せん。体は何かに操られているかのように勝手に動き出す。
♪ 嵐が過ぎた後に〜♪ 語るにも落ちていく〜♪ 目眩を振りほどいて〜♪ 1、2、3で踊りだす〜♪ 4、5、6でも踊りだす〜♪ ♪
まるで呪いのように体が勝手に動く。グルグルグルと体があらぬ方向へと曲がる。うおぉぉぉ〜っと言ってるのは俺だけで他のヤツはみんないかにも楽しそうにやっているわけで…。どうなってるんだ? とは思うもののやってるやつの顔はいつしかおかめやひょっとこに変わっていた。普通じゃねえぞ! これ!! と思い何とかもがいてやっと呪縛のようなものを解き放し逃げ出した俺。そんな俺に気がついたのか、奴らは徒党を組んで追いかけてくる。先頭は観鈴だ。まるで生気のない面の顔はちょっとと言うか非常に恐ろしい。逃げる逃げる逃げる。だがどんなに逃げても追いかけてくる。やがてどこかの家の壁際まで追いつめられる。と、急に地面が揺れ始める。地震だ! と思うもののもう遅い。地割れは確実に俺の体を地の底へ引き摺り込んでいった。
うわぁぁぁぁ〜っ!! と気がつくと、そこはいつもの浜辺のラジオ体操の場所。ふと上を見る。観鈴が心配そうに俺の顔を見下ろしていた。とりあえず頬を軽く抓ってやる。“どうしてそういうことするかなぁ〜” と少し涙目になりつつそう言う。“他のやつらはどうした?” と聞くと、“みんな帰ってったよ。だからわたしと往人さん、2人だけ…。にはは” といかにも嬉しそうにそう言う観鈴。夢…か…。ああ、よかった。あんな非現実すぎる体操と言うかダンスと言うかはないに越したことはない。額に溜まった汗を服の袖で一気に拭うとむくっと起き上がる。さあじゃあ帰って飯にするかと言うと、うんと観鈴は嬉しそうにうなずいた。
しかしさっきのはなんだったんだろうなぁ〜と思いながら帰っていると、急に何かを思い出したかのように観鈴が、“そう言えば往人さん、さっきは何で急にみんなとは違う体操をしてたの? 昨日遠野さんから密かに教えてもらってたの? くるくるくる〜ってすごい勢いで回ってたよ?” そう言ってはてな顔になりながら俺のほうを見る。あれは夢でも幻でもなかったのか。実際にやってたのか? もしそうだったらみちる辺りから何かの呪いにでもかけられたのかも知れん。昼にでも山手の神社に行ってお祓いでもしておこう。もっとも金はそんなにないから祓えるかどうか分からんが…。ついでにあいつには一発かましておこう。そう思いながら朝日に照らされる街を見つめていると、ぐぅ〜っと盛大に腹が鳴った。ふっと前を見るといつものにはは笑いな観鈴がいた。ちょっと照れくさくなって強引に手を引っ掴むと、“は、晴子が腹を空かせて待ってるかも知れんから急いで帰るぞ?” そう言うと一気に走り出す俺。まあ呪いとかも多分にあるだろうがそんなことにいちいち負けてはいられん。この少女を守り抜く、そう決めた日からな? そう思う今日7月23日、俺の彼女・観鈴の誕生日だ。
END