小瓶に入れた手紙
今日7月23日はウチの大事な娘、神尾観鈴の誕生日や。でももうあの子はもうおらん。そう、5年前…。頼りないウチを残して天国へ行きよった。あれからもう5年も経つねんな〜。最初は泣いてばっかりやって敬介には迷惑かけっぱなしやったけどな? そない思て朝刊を取りにいく。朝は早い。あの子が生きとった頃はほとんど夜型で帰ってきても深夜近くになっとったけど、あの子が天国に行ってからウチの生き方は変わった。今までの自堕落な生活を変えなあかん思て保母の勉強をして試験にも合格して、今は家からバイクで10分ほどにある保育園で保母として働いとる。保母の仕事は大変や。でもウチは頑張っとる。それは、たった17年しか生きられへんかったウチの大好きな娘のため、ううん、あの子がくれた思いを胸に秘めて頑張っとるわけや。
そう言えばあの居候はどうしてんねんやろう。妙に目つきが悪いやつやったけど性格は良さそうなやつやったし、観鈴のあの癇癪もびっくりしとったけど受け入れてくれた。ウチが橘の家に行って間無しにまた旅出ったって聞かされたけど正直あの子の世話に疲れたんやろう。そう思う。今はどこで何してんねんやろなぁ〜? またどこぞで行き倒れみたいになっとったりして…。そう思うと5年前のあの子と居候との出会いが思い出される。まあこれはあの子から聞いた話やったからどこまでほんまかよう分からんねんけど…。でもあの子もあの子やな? そないに男前って言うほどでもないし(まあ性格は嫌いやなかったけど)、“ほーじゅつ” とか言うわけの分からんもんを使いよって全くウケへん人形劇なんかをしてよったな〜? ただ人形が歩くだけの芸やったからウチは、“しょうもない芸やなぁ〜?” って思っとったけどあの子はほんまに嬉しそうに笑っとった。今頃どこをほっつき歩いてんねんやろ? またどっかで行き倒れとるんとちゃうか? そない考えつつ今日も仕事場へ向かう。
仕事場である保育園は家から3キロほどの街中にある。ちょうどあの子の通っとった高校の近くや。霧島の女先生の診療所にも近いのでインフルエンザの予防接種とかにはよく利用させてもらっとる訳やけど…。先生とこの妹の佳乃ちゃんも今は助手として働いとるわけで、よく話をする。この間も1人の子のお腹が痛なって連れていったんやけど、世間話に花が咲いてもうて帰ったらその子のお母さんが心配そうに立っとった。まあ後は例の如く園長の長いお説教を聞かされたわけやけどな?
ここは海が近いこともあって夏はよく海水浴とかに連れて行く。今年は梅雨も早く明けたのか砂浜も熱うなっとった。ウチは年少組担当やからそれほどには大変やないんやけど、年中組や年長組の先生たちはあちこち走り回って大変やろうな? そない思って今年も走り回る子供たちを見つめとる。この浜はあの子とウチの大切な思い出の詰まった浜や。その浜を今、ウチは全く知らん子供たちを連れて歩いとる。何や知らんけどノスタルジックな気分になってくる。“ほうら、冷たいやろ〜?” そない言うて1人づつ抱いて足の先を海に沈めてやると“きゃっ、きゃっ” と笑うてくれる。その顔は何やあの子に似ていた。遠くでは潮騒の音にまぎれて年中組や年長組の子らの楽しそうな声が聞こえてくる。ちょっと見惚れていると同級の先生が“たまにはあの子たちとも遊んでやって?” と笑顔で言う。ウチは正直言うと年中組や年長組の子らは苦手や。何でかって言うといろいろあるけど、やっぱりあの子に似てるからやと思う。でも、今日は遊んでやるかな? そない思て年少組の子供たちを言うてきた先生に頼んでウチはあの子らの元に向こうた。
「なんだろうね〜? これ…。中にお手紙が入ってるよ〜?」
ウチが行くと年長の子らが何や知らんけど小瓶を持って騒いどった。今拾い上げたんやろうか。そない思て、“どないしたんや?” そう聞くと、中でわいわい騒いどる子らの1人が、“あっ、晴子先生、今砂浜でこんなもの拾ったの…” そう言うて拾い上げた小瓶を持ってくる。4、5人ほど寄って来よった。小瓶をよく見てみる。どうやら毒劇物の類やなさそうや。中には小さな紙が1つ折られて入っとる。でも、一応用心のために子供らを離れさしとく。これでもし何かあっても(間違って有毒ガスが中に入っとっても)被害はウチだけや。ぽしゅっとコルク栓に似た栓を抜く。臭いは…、せんな? 手足とかを動かしてみるけど何も変わったとこはなさそうや。うん、大丈夫やろう。そない思て隠れとる子供らを呼び戻すと我先にと寄って来よった。
中に入っとる手紙らしいもんを取り出してみる。相当前のもんなのか栓が緩んでたのか知らんけど、海の水か入って来たんか中の手紙ははっきりとは読めへんかった。ただ一行の文を抜いてはやけど…。
夕方、誰もおらん海にウチは1人立っとった。ここまで来るとちょうどあの海の場面が思い出される。あの子は一生懸命にウチを呼んどった。敬介から駄々をこねるように離れてウチの元へ歩いて来よった。初めから何も心配することなんてなかったんや…。そない気づいた時、ウチは余計に観鈴が愛おしゅうなった。でもあの子はもうおらん。“なあ、観鈴…。お母ちゃん堪忍や、堪忍やで…” 心の中でそない思うと、知らんうちに涙が溢れて来よった。あかんなぁ〜。お母ちゃん、また泣いてもうたわ。観鈴みたいに強い子やあらへんのかなぁ〜? ふぅ〜っとため息を一つつく。涙は止めどなくウチの頬を濡らしていた。あっ、あかんあかん。いつまでも泣いとったら観鈴に笑われるもんな…。
涙を一気に振り払うと、小瓶に入れた手紙を海の方へ思いっきり投げた。波間のちょうどいいところへ乗ったのか知らんけど、こっちへ押し戻されることはなさそうや。波間に漂う小さな小瓶。その中にはきったない字やけど、一生懸命になって書いた手紙がある。最後の方がちょっと読みにくうなっとるかも知れんけど、堪忍やで…。そない心の中で言うと、海に背を向け歩き出す。階段を上がる。ふうふうと息が切れる。やぱり5年もたつと歳取ったんかいなぁ〜っと思た。ちょうど防波堤のところから海を見ると夕焼けに照らされて海の青と交じり合い言葉には言い表せんほど幻想的な雰囲気が醸し出されとった。
バイクにまたがりメットを被るとどこからか今夜の夕飯なんやろう、カレーのいい匂いがしてきよった…。きっと家族でわいわい食事するんやろう。そないな光景を思い描きながら何でか知らんけどにかっと笑とった。頬に一滴、涙を流して…。さて、ウチも帰るかな? そない思てバイクにまたがる。エンジンを掛けるとなんや文句でも言うてるんかブォンと一声上げよった。帰ったらオイル入れたるさかいもう少し頑張ってや? そない心の中で言うてバイクを走らせる。海沿いの道、家まではもうすぐや…。
FIN