観鈴と往人と花火大会
カランカランと下駄の音が軽快に鳴っている。今日7月23日は俺の横でいつものようににはは笑いを浮かべている居候先の娘で、俺の彼女の神尾観鈴の19歳の誕生日だ。去年はうっかり忘れてしまって、思いっきり拗ねられて大変だった俺ではあるのだが(と言うより、晴子の方がダメージが大きかったように思うんだがな?)、今回は奇跡的に覚えていた。と言うよりカレンダーの23日のところにはなまるで大きく“観鈴ちんお誕生日” と書かれれば誰だって気づくと言うものだ。ついでを言うと書いた後、ぷぅ〜っと頬を膨らませて俺の顔を上目遣いに見遣っていたのが印象的だったことを付けたしておく。
旅をやめてもう2年になる。もうそんなに経つのかと自分でも驚いているんだが、観鈴のにはは笑いの前ではどうでもよくなる。と言うより俺は最初からこの少女に出会うことが宿命づけられていたのかも知れないと、今更ながら思うわけだ。芸のほうは細々ながらやっているが、この街はあまりにもウケが悪すぎる。この前保育所のガキどもに見せたが一応に“つまんな〜い” とか何とか言って他の遊びに興じていた。何でこうもこの街のガキどもは俺の芸を分からないんだ! とぶつぶつ言ってると晴子にスパーンと常時携帯しているハリセンで叩かれたことは言うまでもない。それを見ていたガキどもは大笑いに笑っていやがったが…。一応保育所の保父見習いとして働いている俺ではあるのだが、つまるところが雑用係と言うところなのだろう。観鈴は保母資格を取ろうと昼は保育所で働き、夜は勉強と言う毎日を送っている。勉強のべの字もしたことのない俺が言うのも何なのだが、観鈴も勉強は苦手なほうだった。…のだが最近は何だかすごく熱心にやっている。おそらく遠野にでもやり方を教わったのだろう。そう思った。
で、今だ。ちょうど隣町で花火大会があるっていう噂を耳にした。で何の因果か知らないがちょうど保育所も早く終わったので観鈴から見に行こうと誘われる。別段これと言って用事もない俺は首を縦に振った。観鈴はいつものにはは笑いを浮かべながら、“じゃあ佳乃ちゃんや遠野さんも呼んでもいいよね?” と聞く。まあ、俺と行っても味気ないだけだろうし、わいわい女友達と話しながら行くのもいいだろうしな? そう思って了解しておいた。で、晴子はどうするんだ? と当の本人に聞くと、
「ウチは遠くから見とるほうがええわ…。込んどるとこ行くんめっちゃしんどいしなぁ〜…。それに花火っちゅうもんは遠くから眺めとるほうが断然お得やで〜?」
そう言いながらビールをぐびぐび飲んでいる。完璧に酔ってるな? そう思ってちょうど浴衣に着替えてきた観鈴を連れて早々に家を出る。昼間と比べると幾分かは涼しいがまだまだ暑い。これが9月半ばごろまで続くのかと思うとかなりきついものがあるが仕方がない。そう思いながらてくてく歩を進めた。途中で佳乃や遠野と出会う。遠野はいつものように何を考えているのか分からん顔をしていた。その遠野の後ろでの俺の顔を“んに〜っ”と言う擬音を発しながら睨んでいる少女は遠野の異母妹のみちるだ。その顔がかつて空に帰っていった少女と同じように見えて何とも懐かしくもありおかしくもある。佳乃は地球外生命体・毛玉犬をお供にして観鈴と遠野にあれやこれや今日のことなんだろう、話をしていた。
観鈴の短く切った髪も元通りになりつつある。と、観鈴が俺の顔を見つめていた。何だ? と聞くと、“花火大会が終わったらみんなで花火がしたいなって…” そう言っていつものようににはは笑いを浮かべていた。多分俺にも参加してほしいって言うことなんだろうが花火より夜店の食い物のほうが今の俺にとっては死活問題なために適当に相槌を振っておいた。が、これが後の大失敗に繋がったことは今の俺には分かる由もなかった。
神社は人でごった返している。こんな田舎町にも人がいるんもんなんだなと思うぐらいの人の波が、押し合いへし合いしている。それが余計に暑苦しいが観鈴の手前そう言うことは言えず…。へとへとになりながら神社の境内に到着する。賽銭を10円ほど賽銭箱に入れて“もう少し晴子の横暴が直るように…。それから、金!!” と願を掛ける。遠野や佳乃や観鈴も一緒に願を掛けていた。何の願を掛けていたのかは分からないが多分“みんな一緒に仲良く過ごせますように…” と言うことだろうな? そう思った。お参りも終わる頃にはすっかり夜の帳も降りてきて花火を見るにはいい時間帯だった。神社の境内からさほど遠くない場所に打ち上げ場所があるため見るときには首を竦めるようにしながら上を向かなければならないらしい。これが結構疲れるわけで花火が終わった頃には肩が凝ってしまっていた。なるほど、晴子の言っていたことが今更ながら分かったような気がした。花火のほうはまあどこにでもある普通のテレビで見るような打ち上げ花火だったことを付け足しておこう。まあそれなりにはきれいだったが…。
さて、待ちに待ったお楽しみの時間だ!! 腹も空きだした。まずは王道のたこ焼き屋へ…とそちらの方向に歩き出そうとするとくいっと手を引っ張られる。引っ張られた先を見るとそこにはちょっとぷぅ〜っと頬を膨らませた観鈴たちがいた。
「往人さん、何か忘れてない?」
「へっ? な、何がだ?」
ううう〜っと俺の顔を見遣る目5対(1対は毛玉犬の分なのだが…)。何が何だかさっぱり分からん。俺がたこ焼き屋へ行くといけないとでも言うのか? などと考えてると、ぷぅ〜っと頬を最大限に膨らませた観鈴が、“往人さん、約束…” とこう言ってくる。“約束? 何だ? 何か約束でもしたか?” と聞くと急にぽろぽろ涙を零す観鈴。その顔にあわあわ慌てだす俺。と後ろのほうからなにやら殺気じみた気配を感じて振り向くと…。
「線香花火、きれいだねぇ〜。なぎー?」
「…はい。そうですね? でも、あちらも面白そうですよ?」
佳乃と遠野がそう言い合って一応に俺のほうに厳しい目を向けている。観鈴は未だにグスグス泣きながら俺の顔を上目遣いに見遣っていた。“と、とにかく俺が悪かった。だから許してくれ〜!!” と謝っても、“往人さん、わたしの言うこと忘れてた…。お仕置きに明日から梅干し1個…” と、ある意味俺の死刑宣告のようにそう言って凶悪を絵に描いたような晴子の膝で泣きながらこっちを恨めしそうに見遣っている。
「居候ちゃん…。あんたまたうちの可愛い観鈴ちんの誕生日忘れとったんやってなぁ〜。なんや去年も忘れとったみたいやし〜…。これはもうお仕置きせなあかんなぁ〜。っちゅうわけでみちるちゃん、ロケット花火点火やっ!! …ヒック…」
塀に何重にも縛り付けられて身動きが取れない俺。もちろん縛り付けたのは前で凶悪そうな微笑みを浮かべている悪魔…、じゃなかった晴子。相変わらず身動きの取れない俺に向かい、無茶苦茶なことを言い出してはがはははと笑っている。顔を見ればへべれけに酔っていた。みちるはと言うと、“にゅふふふぅ〜、これもかみやんの言うことを忘れて一人だけ楽しもうとしてた国崎往人が悪いんだからね〜?” とか言ってるがあれは絶対日頃の恨みを晴らそうとしている顔だ。そう、それは空に帰っていった少女と同じ顔で…。佳乃や遠野はどうした? と見ると、あっちでぶっ倒れていた。ああ、あれは間違いなくジュースと間違えられてチューハイを飲まされた口だな? 向こうでしょうもなさそうにイカの足を咥えている晴子に…。そう思っている間にもみちるの手によってロケット花火が点火される。その時俺の脳裏にはこの間テレビで見た時代劇の罪人の磔のシーンが浮かんだ。いくら俺が観鈴の願いを忘れたからと言ってこれはあんまりではないだろうか?
点火されたロケット花火が俺めがけて飛んでくる。“うおっ!! 危ねぇ〜っ!!” そう言いながらシュポーンと飛んでくるロケット花火をすんでのところでかわす俺。しかしながら縛られているのでかわしきれない花火も中にはあるもので…。と言うか全弾どことなしか被弾しているわけだ。みちるの顔を見遣ると異様に爽やかな笑顔だったことを俺の心の日記に記しておこう。助けてくれ〜とばかりに観鈴のほうを見遣ると、“お母さん! いくらなんでもあれはやりすぎ!! 往人さん死んじゃう…” とちょっと怒ったような声が聞こえてくる。晴子の顔が今までのやけににやついた顔から、一瞬にガーンとした顔になったことは言うまでもない。観鈴が飛んできて俺の縄を解いてくれる。ようやく自由になった…。と、みちるを探すがもうどこぞに飛んで行ったのか、蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていた。まあいい。あいつは明日お仕置きしてやる。そう思いながら晴子のほうを見ると、まだ観鈴に怒られていて俺から見える背中の方が薄っすら白くなっていた。そんな今日7月23日は俺の彼女、神尾観鈴の19歳の誕生日だ。
おわり
おまけ
…後日談ではあるのだが翌日、俺の少ない蓄えを崩してラーメンセットをおごってやった。みちるは当然なしだ!! いくら晴子に騙されたとはいえ、人に花火を向けるとはどういうことだ! と怒ってやった。しゅんとなっておまけに涙まで溜めてこっちを見つめているみちるは、あの空に帰って行った少女とは似ても似つかない光景だったので正直驚いて、
「い、いや。悪かったと思ってるならそれでいい。もうこんなことはするなよ?」
と言って許してやった。それが間違いであったことに気づくのはラーメンセットをもう一膳追加した後だった。今までのしゅんとした表情はどこへやら…、食べられもしないようなものまで注文しやがるから、“お前!! いい加減にしろっ!!” と正義の鉄拳を喰らわせてやる。ごつん! といい音がした。遠野はそんな俺たちを見て“仲良し?” といつものようにボケボケしている。佳乃は言うと今ラーメンセットと格闘中だ。
「かみや〜ん、国崎往人がいぢめる〜っ!!」
と、どこにも言うところのないみちるは俺の唯一の弱点である観鈴に言い寄る。その後観鈴から、“どうしてそんなことするかな〜? 往人さんは〜” といつものように非難の目でくどくどお説教を受けたことは言うまでもない。後ろのほうでべーっと舌を出しているみちるに少々と言うかすごく卑怯だと思ったことも言うまでもなかった…。
ほんとにおわり