腹痛往人くんと佳乃先生
「う、うおぉぉぉ〜っ!! は、腹が、腹が痛え〜っ!!」
今日6月12日は俺の彼女・霧島佳乃の誕生日だ。なのに早朝の時間にも関わらず俺はこうやって脂汗を流しつつうんうん部屋の片隅で腹を押さえつつ唸っていた。“困ったよぉ〜。お姉ちゃんは昨日からいないし…。どうしよ〜” と言っては部屋の中をあっちこっちばたばた駆け回る俺の彼女の姿がちょっと滑稽で面白いが、そう言うことを言う間もないくらい尋常ではない痛みが腹の中を駆け巡るわけで…。こう言うときの医者だろうが! と今ここにいない凶悪女医者のことを考えるのだが、まあ町医者の会合ともなると、出ないわけにもいかんのだろうな? などと考えてしまう。
とにかく今出来ることは腹痛止めの薬だろう。そう思いつつ前屈姿勢のまま薬棚のほうに進む俺ではあったわけだが、あまりの激痛と便意を催してそのままトイレへ直行となってしまう。思えば昨日聖が大事そうに隠していたあの饅頭を食ってから状態がおかしくなってしまったわけなんだが…。何でだ? 嫌な腐敗臭とかはなかったし、何より食っていて美味かったはずなのに…。とうんうん唸りながら、一呼吸着いた。6月中旬ともなると雨の季節になってくる。まあ降らないにしても鬱陶しい曇り空の日も多い。蒸しても来るので非常に心地が悪い。そんな中で冷蔵庫にも入れていないあの饅頭だ。やっぱりどこか味がおかしくなっていたんだろう。旅をしていた頃には鋭かった味覚や嗅覚も最近じゃあ弱くなってきている。まあこれは俺自身が決めたことなので、どうのこうのとは言えないわけだが…。ふぅ〜っと一心地つく。しかしまだ安心は出来ん! あの強烈な痛みがまた襲ってくるかと思うと恐ろしくて仕方がない。とにかく薬だ…、と思って起き上がり薬棚のほうを見ると佳乃が腹痛の薬を探しているところだった。その真剣な横顔を見ていると何だか俺が探すのも気が引けた。持ってくるまで我慢してやろう。そう思い待つこと5分、“多分これじゃないかなぁ〜?” と佳乃が薬を持ってくる。見るとカプセル錠だ。しかも中身の見えるタイプでドロリとした何やら訳の分からない液体が入っている。見るからに怪しすぎるそのカプセル状を見遣りつつ、どこにあった? と聞くところが、“腹痛用の薬棚の中だよぉ〜” と言って水を汲みに行く佳乃。もう一度カプセルを覗き見る。深緑色の毒とも言えるようなバブリーな色が何とも気色が悪い。まさかとは思うが聖が俺を消すためにわざとに薬の情報に入れておいた毒薬なんじゃないのか? と言う疑念が頭に過る。“どうしたの? 往人くん? お腹痛いんでしょ? お薬飲んでよくならないと…” と水を汲んできた佳乃にそう言われる。“い、いやまあ、それはそうなんだが…” としどろもどろになりつつそう言う俺に、“往人くん!! お姉ちゃんがいない間はあたしがお姉ちゃんの変わりなんだから、あたしが出したお薬はちゃんと飲むのが筋って言うものなんだよぉ〜っ!!” 机をバンッと叩きつつ目を半眼にしてううう〜っと睨みつける佳乃。い、いや、医者になるのにも免許と言ううものがあってだな? と言う正当な理由はこの場合は通用せんだろう。佳乃の後ろに聖の普段着のシャツに書かれている“通天閣”と言う文字のオーラがぼわっと浮かんでいる。おまけに佳乃の顔があの凶悪女医者がメスを持って俺を追いかけまわすときの顔に似ているし! って姉妹なんだから似ていないわけはないか…。とにかくこの顔を何とかしなくてはならんわけだが、そうなるとあの毒々しいブツを飲まないとだめだろう。かと言って飲みたくはないしな? などと考えていると突然鼻を摘ままれる。摘まんだ先を見ると当然ぷく〜っと頬をこれでもかって言うくらいに膨らませた佳乃がいるわけで…。
「さあ! 往人くん!! 早く飲んで元気になってねぇ〜?」
とぷはっとなって口を開いた瞬間に薬をポイっと入れられる。強烈なミントの香りが口から鼻へ抜けていくような感じがする。何だか爽快感がものすごくあった。腹痛もスーッとなくなった。なくなると同時に眠くなってきてそのままばたっと倒れるように寝ていたみたいだ。いや寝ていたのは寝ていたのだが、横には彼女の可愛らしい寝顔があって、いいっ? となる。気がついて時計を見れば夕方の6時くらいか? 遠くで夕方だと言うことを知らせる音楽が流れてるしな? ということは俺は8時間少々も寝ていたのか? しかし今朝のとてつもなく痛かった腹痛はウソのように収まっているしな。あの毒々しい薬が効いたのか…、と思いながらふっと前を見ると、メスを持ってにへりと笑う鬼がいた。
「全くお姉ちゃんは〜っ! あたしが往人くんと一緒に寝てたからってそんなにぶりぶり怒って追いかけまわさなくったっていいのに〜っ!! だいたい往人くんはあたしの彼氏さんなんだからぁ〜っ!!」
とぷんぷんと言う擬音も入りそうな勢いで聖を見つめる佳乃。普段とは全く違う構図に思わず、“へっ?” となってしまうわけだが、最近はこう言う構図も増えてきた。“で、でも私は佳乃の貞操が国崎くんに取られそうで怖いんだ…。だ、だから…” 、“別に取られたっていいじゃないのさぁ〜。もう彼氏彼女の間柄なんだからぁ〜” そう言って聖のほうをぶぅ〜っと膨れ面で見遣る佳乃。まあいつも通りのことではあるのだが、あれから俺は町中を死に物狂いで追い掛け回されたことは言う間でもなく。と言うよりあの鬼のような顔。昔旅先で見た、アニメ・北○の拳の北○琉拳伝承者みたく魔闘気がぶお〜っと出ているような感覚に似ているように思ったわけだ。というより魔人だったな? あれは…。と妹に叱られて部屋の隅っこで体育座りをしてスンスン泣いている今の聖とでは似ても似つかないわけだが…。“ま、まあそれくらいでいいんじゃないか? 聖も反省してるみたいだし…” としくしく泣いている聖が可哀想になった俺は助け舟を出す。これがここ最近の俺の日課となり始めているわけで…。はぁ〜っとため息を一つ。“往人くん! さっきからお姉ちゃんばっかり見てるし! 彼女はあたしなんだよぉ〜っ!!” そう言ってぷぅ〜っと頬を膨らませては俺の隣りに来てむぎゅっと俺の腕に自分の体をくっつけてくる。当然柔らかい感触も腕に当たるので、うひひっと言う男としてはこれ以上ない至福のような顔になってしまう。
と聖のほうを見ると、何かこう涙と鼻水が交じりあったような顔で俺のほうを上目遣いの三白眼と言う非常に恐ろしい顔で睨んでいた。おまけに唇を噛みしめて噛みしめた場所から血が滲んでいるような顔だったことは言う間でもない。あっ、俺死んだな? などと考えてると、俺のそんな様子に気付いたのか彼女が、“お姉ちゃん!!” ぐぐぐっと聖のほうを睨みつける。“佳乃が…、佳乃がお姉ちゃんを捨てたよぉ〜。う、う、うわぁぁぁぁぁ〜ん!” と睨みつけられた聖が、どこぞのぽ○こつさんのように泣いてしまった。今まで何回かそうやって泣いている姿を見てきた俺ではあったのだが、今回のは本当にすごい泣きっぷりなわけで…。って言うかあんなに泣いた姿を見るのは初めてじゃないか? とも思う。で結局その日は聖の赤ちゃん返りを抑え込もうと、あれやこれやしているうちに誕生日のことなどすっかり忘れてしまい、後で佳乃から膨大な人的請求を受ける羽目となってしまった今日6月12日、普段はにこにこしているのに俺が姉やほかの女性と話をしていると急にぶすっとした顔になる彼女、霧島佳乃の誕生日だ。余談ではあるが、その後2、3日くらい聖の赤ちゃん退行が直らず、非常に疲れたことは言う間でもない。ぐふっ…。
END