星空に願う想い


 今日12月22日は私のお誕生日。4年前、私はある旅芸人の人と一緒に家出をした。私の母は妹を産むときに、大量出血で母体が持たないために妹を死産して、それからか極度の精神疾患に襲われて私と妹の区別もつかないほどだった。妹の死産ののち父と母は別れた。もともと私は父も母も大好きだったため別れることなんてやめてと言いたかったけど、そんな私の願いは聞き入れられるわけもなく、母と私を残して父は出ていった。父が残したものは星の砂と、天体望遠鏡の二つだけだった。母は普段はおとなしかったけど、時々ヒステリックになることがあった。病気なのだから…、と思う半面、なぜそんなことをするの? とも思う。頼れる人はいない。私が我慢すればいい。そう思っていたある日、私の目の前に一人の少女が現れる。名前を聞くと、私の妹の名前…、そして私が呼ばれていた名前“みちる”…。私はその少女と一緒に過ごすことが多くなる。気がつくとみちるの前では本当の私が出せるようになっていた。不思議な気分だった。
 みちると一緒に過ごす時間が多くなっていたあの夏の日、私の運命を変える人が現れる。そう、それは旅芸人の人…、私が好きだった、ううん、愛していた人、国崎往人さん。国崎さん…。いつもお腹を空かせていたっけ。そう、あの夏の日に…。出来ることならあの夏の日に戻りたい。私がいて国崎さんがいて、みちるがいるあの夏の日に…。でもそれは幻想でしかないこともよく分かっている。私の母は“みちる”と私の名前を呼び続ける。私の居場所、もうこの家にはなくなってしまっていた。だから私は彼と4年前この街を旅立った。いろんなところを回った。北の町では温かな家庭に一夜の宿を借り、南の町ではちょっと不良さんっぽいパン屋さんのご主人に泊めてもらったりした。宿のないところでは駅舎の中で重なり合うように眠ったりしたこともある。今思うと懐かしい気持ちになる。と同時にちょっとだけ彼に裏切られた気持ちにもなる。私に内緒で霧島先生と連絡を取っていたんだそうだ。これは彼が私と母とを繋ぎ合わせてくれていたのだから本当は感謝しなくてはいけないのだけど…。でも、それでも彼には言いたいことがいっぱいある。
 それも3年も過ぎれば変わるものだと私自身思ってしまう。今はただ会いたいという気持ちだけが残っている。恨みもない、憎しみもない、ただ会いたいという気持ちだけ…。昨日も会いたい。今日も会いたい。日に日に思いが強くなる。でも…、会ってどうするんだろう。何を伝えればいいんだろう。ともう一人の自分が言っている。そんな疑問を自問自答しながら、今日も私は暮らしている。
 高校は途中で退学となったけど、また一からやり直そうと思い今度は通信制の高校に復学した。と言うより編入と言った方が早いのかもしれない。その高校も1年前に卒業して、今は隣町にある大きなプラネタリウムの助手となった。星はもともと好きなので仕事の方は順調よくいっていると思う。館主の人も私の仕事ぶりを高く評価してくれている。プラネタリウムに映し出された星々、ちょうど国崎さんと見た北の町や南の町の夜の星と同じで…。私の心をギュッと締め付ける。あの寂れた駅舎で重なり合うように眠ったあの日、一杯のうどんを分け合うようにして食べたあの日、ちょうどこんな季節は安宿の布団に一緒に包まって眠ってたっけ…。彼は私より大きいから、朝になるといつも私が布団からはみ出しちゃって、くしゃみも何回も出てたな…。そんなことももう3年も前の話。今日は雪が降るくらい寒い。現に北海道あたりでは大雪と言うことらしいから相当冷えているんだろう…。そう思ってバス停までやってくる。そうだ…。ここから始まってここで終わったんだ。そう思うと感慨深くバス停の時刻表を眺めた。最近はバスの出入りも良くなったのか本数も4年前とは比べ物にならないほど増えた。それだけ人々の暮らしも上向いてきたんだろう。そう思う。バスがやってくる。プシューッと扉が開き降りる人と乗り込む人とが昇降口から出入りする。もっともこの寂れたバス停で乗る人は私ぐらいだけど…。
 終点は4、5駅ほど向こうにあるのでゆっくりと車窓の向こうを見ていく。ちょうどこんな感じだったな? 国崎さんと旅立った日も…。そう思いつつ、見ていく。とバスのアナウンスが.車内に響いた。もうすぐ終点と言うことらしい。もぅそんな時間だったかしらと腕時計を見るとぴったりの時刻だった。バスは隣町のロータリーに泊まる。そこから電車でさらに都会に向かう人もいればこの町で仕事をする人もいる。私は後者の方だけど…。バスから降りてしばらく歩くとドーム屋根の一際目立つ施設が見えてくる。そこが私が働いているプラネタリウム…。中に入って館主さんにあいさつすると、向こうもにっこり微笑んで挨拶してくれる。今日流す予定の番組をチェックして仕事は始まる。私の仕事は主に館内アナウンスだから番組が始まると同時に暇になる。でも番組は見たくはない。星を見るとどうしてもあのことを思い出してしまうから。だから番組中は本を読むことにしている。本の世界。いろんなものに満ち溢れてとても素晴らしく思う。私もこんなドキドキしたり感動したりしてみたいと思うほどだ。夢中で本を読んでいるとスタッフの一人が私に合図を送る。もうそろそろ終わりなのだろう。そう思いいつものようにマイクで出入り口等の案内を言う。いつもの光景だ。午前・午後とも1番組ずつ流す。もちろん星空だけの風景だ。午後になると学校帰りの学生たちでいっぱいになる。短縮授業だからね? と自分で自分に納得した。
 最後のお客さんが出たころにはもう日も沈みかけな時間だった。館主さんにまた挨拶をしてプラネタリウムを出る。早足で朝来たバス停へと向かう。上は見ずに下を向いて歩く。上を見るといつものことだけど涙が溢れてきてしまうから…。冬の空は特に嫌だった。ちょうどロータリーのバス停には私の町まで向かうバスが来ていた。乗り込むとなぜかふぅ〜っとため息が出てしまった。運転手さんは“まだ5分ほど時間がありますよ?” とやや苦笑いで教えてくれる。やがて5分が経ったのかバスは走りだした。田舎道を走るバス。陽はもう暮れて夜の帳が下りている。やがて私の停まる停留所だ。ピンポーンとチャイムを押して停留所の方を見るとほの暗い停留所に誰かが座っているのが見える。目を凝らして見るけどちょうど電灯の影になっていて見えない。誰だろう? まずこんな時間にこの停留所から終点まで行く人なんて見たことがない。もしいたとしてもこんな夜の帳の降りた時刻に行く人なんて…。そう思っていると、停留所にバスは止まる。プシューッと扉が開いた。と同時に私の目の前に信じられない光景が映っていた。そう、それは…。


「今まで旅をしてきて気づいたことがある。それはこの町のこと…いや、この町の一人の少女のことだった。会いたい。抱きしめたい。そう思うと自然と足が向いていた。美凪…、ほかに言いたいことはうんとある。でも、言うべき言葉が見つからない。だけど…、これだけは言わせてほしい。“ただいま”ってな?…」
 そういうと彼は静かに私の体を抱きしめる。私も思いっきり彼の体を抱きしめる。涙は後から後から流れて私の頬を濡らしていた。頬に伝わる涙を彼の手がそっと拭ってくれる。上目遣いに見ると懐かしい顔があった。そう、それはずっと見たいと思っていた、夢にまで出てきた私の大好きな人の顔。本当に現実なのか…、夢じゃないのかと一瞬思ったくらい懐かしい顔がある。もう一度確かめるように彼の顔や体を触った。やっぱり夢なんかじゃない。現実にそこにいて、私の体を優しく抱きとめてくれている。そのことが嬉しくて、まだ涙が溢れてきてしまう。彼が言う。“おいおい、随分と見ない間に泣き虫になっちまったのか?” って…。私はこくんと首を縦に振るとこう言った。
「そうかも知れません。だって、だって…、国崎さんのこと、思い出すたびに涙で前が見えなくなっていたんです…。これからは私の隣りにいてください。10年経っても20年経っても、私の隣りにいてほしいです。これが私のお願いです…。一生のお願いです…」
 涙声で私はそう言う。もうどこにも行かないでほしい。私のそばにいてほしい。そうお願いしながらまた彼の体を抱きしめる。彼も私の体をまた温かな手で抱きしめる。しばらくそうしていた私はあっと気がついてこう言った。“お帰りなさい、国崎さ…、ううん…、往人さん” って。久しぶりに空を見上げると宝石箱をひっくり返したように星が瞬いていた。3年間の思いを込めて私は星に向かって心の中でこう言った。“ありがとう…。本当にありがとう” って。帰ってきてくれた彼に、ううん。こうして再び彼に出会わせてくれた運命に何度も何度も心の中でいう私。
 星々はまるで私たちを祝福しているかのように瞬いているそんな今日、12月22日は私の22歳の誕生日…。

END