レパートリーを増やそう
「今日も例のやつか? そりゃ俺は何でもいいとは言ったが四六時中、しかも朝昼晩と同じおかずじゃあやってられんぞ?」
そう言ってもしゃもしゃとあたしの作った特製愛情煮込みスープの大盛りをちょっとだけ不機嫌そうに食べている往人くん。お姉ちゃんがいればいいんだけどお姉ちゃんは生憎と隣り町の大学病院の研修で1ヶ月ほど留守なわけで。霧島医院も1ヶ月程休院となっている。もちろんお薬のほうはお姉ちゃんの処方箋もあったりするのでそれを見ながら往人くんが薬棚から選んでいるし、火曜・木曜・土曜の午前中だけお姉ちゃんが帰ってくるのでそこでいろいろ診察やらをやっているから大丈夫なんだけど…。今日はあたしのお誕生日だから何があっても帰ってきてくれるんだろうけどね? で今、向かいの席に座る往人くんはあたしの作ったこの特製愛情煮込みスープをもうこりごりだぁ〜っと言う顔でもしゃもしゃ食べていた。料理とかはほとんどお姉ちゃんがやってくれていたから、あたしは料理の“りょ”の字も覚えていなかったんだけど、往人くんがやって来て、あたしの彼氏になってくれていろいろと遊んでくれたりまた一緒についてきてくれたりして楽しい日々を送っている。そんな往人くんに何か出来ないかなぁ〜? なんて思って、初めて作ったのがこの料理だったんだけど…。最近往人くんってば飽きてきちゃってきて、“そろそろ違う料理も食べてみたい” なんてお姉ちゃんがいたら絶対メスを持って追いかけまわされるような失礼なことを言ってくる。
で、今だ。最初は美味しそうに食べてくれていたのに、最近は“またか…” って言う失礼な物言いや顔をしてくる往人くん。そりゃああたしだってもっと料理のレパートリーを増やしたいなぁ〜って思ってるんだけど、失敗するのは目に見えて分かってるし、お姉ちゃんにもこんなことは聞けないし…。って言うか往人くんってばグルメになっちゃったんじゃないの? ってひたすらもしゃもしゃ何の感想もなく食べている往人くんをちょっとむぅ〜って上目遣いに睨んでるあたしがいるんだけど…。とそこまで考えてふっと何か頭に閃いた。そうだ、お友達に教えてもらえばいいんじゃない! そう思ってあたしの知ってる2人のお料理の上手なお友達のところへ足を向ける。ちなみに今あたしは就職している。往人くんからは“よく入れるところがあったな” なんて自分のことは棚に上げてこんな失礼なことを言ってくる。あんまり腹が立ったからお姉ちゃんに言いつけて怒られる往人くんを横目に見てふぅ〜ってちょっとだけ肩の荷が下りたあたしがいたんだけどね? 職場もお昼休みになる。お昼休みと言うこともあって本を読んだりお友達と昨日のテレビドラマの話をしてる人なんかを多く見かけた。そんな中、あたしのお友達、観鈴ちんとなぎーは2人でお弁当を食べていた。お弁当の中身を見てみる。いかにも女の子らしいお弁当…。あたしが夕べ作ったものとは比べものにならないよぉ〜…。そう思って声を掛けることも出来ずにじ〜っと恨めしそうにお弁当のほうを見てると、
「霧島さん? どうかしたのですか?」
となぎーが声を掛けてくる。顔を見るといつも往人くんの言ってる“ボケボケ”した顔であたしのほうを見つめてる。優しそうなその顔に思わず言う言葉が出てこないあたし。観鈴ちんも“往人さんに何かイジワルされたの?” って聞いてくる。ううんと首を横に振るあたし。2人みたいにお料理覚えて往人くんに美味しいって言ってもらいたいな? そう考えてあたしは言ったの。“観鈴ちん! なぎー! お料理教えてっ!!” って…。
「あ〜…。聖〜、早く帰ってきてくれ〜…」
と俺は1人そうゴチる。ここのところ毎日おかずが同じなのでもう飽き飽きしている俺。もっとも大道芸人時代よりかは随分とましな食生活にはなっているのだが…。あの頃は食うや食わずはざらにあったわけだが、そのころとは雲泥の差、天と地の差ほどある。その差には非常に感謝したい。ましてや屋根があり雨露が凌げるばかりか冷暖房まで完備された立派な家に住まわせてもらっているのだ。そのことには感謝してもしつくせない。ただ人間って言うものはそれが当たり前になってくるともっとよくしたいと言う心が芽生えてくるわけで…。特に俺は食いもんにいろいろと注文をつけてしまうようになったわけだ。1年くらい前だったか、佳乃が初めて自分の力だけで作った料理は。その時は非常に美味しく感じられて何杯でもイケるぞ? と思っていたのだが、聖が留守の時はそればかり作るもんでさすがに飽きてきてしまった。“もっと違うものが食いたい” と近所のラーメン屋に電話をしようとしてうるるとした目でチンと電話を切られたこと数百回。ならば直接行こうとしてふるふるとどこぞのお嬢様のように首を横に振られたこと数十回。とまあこんな感じで最近はなかなか違うものが食えないでいる。と言うか今日の昼もそれだ。もう味のほうもマンネリ化してきているわけだから相当嫌なのだが、おかずはそれしかない。食わなかったら食わなかったで夜に同じ料理が出されるわけだから我慢してそれを食う。やっぱり朝食ったものと同じ味がする。食事もマンネリ化してくるとこれほど美味しくなくなるんだな? と今の今まで気づかんことに気づかされた。
とにかくもう限界だ〜っとばかりに表へ出ると向こうから佳乃が観鈴と遠野を連れて帰ってきていた。今日も何だかいいことでもあったかのようににこにこ顔で帰ってくる。そういやこの1週間ばかりよく観鈴と遠野を連れてくるが何をやってるんだ? 何だかんだと言って俺を追い出してるように思えるんだが…。と言うか昨日も一昨日もその前もそうだったしな? 何かしら良からぬ企みを考えているんでは…。と思うが聖だったらいざ知らず佳乃に限ってはそう言うことはまず考えられんし…。まあおしゃべり好きな佳乃のことだから、いろいろと俺には言えないことをおしゃべりしたいんだろうな? そう思いつつ靴を履いていると台所のほうから、“あれれ? 往人くん、これからお出掛けなんだねぇ〜?” そう言ってこっちを見てくる佳乃。その顔は内心ほっとしたような残念そうなようにも見えたんだが、俺としては悟られる前に退散したかったので、“あ?…。ああ、ちょっと出掛けてくる” と言って出かけた。その日は久しぶりにラーメンセットでも食べようかと思い出掛けた。こってり濃厚な豚骨とあっさりした鶏がらスープが非常に美味い店だ。今度佳乃も一緒に連れて来てやろう。そう思いながら歩いて店の前につくと“臨時休業”の看板が…。はぁ〜っと深いため息を一つ。何も今日に限って“臨時休業”はないだろ? と…。そうは言っても仕方がない。また次に来るかと思い直して家路につく。
夏の日はまだまだ高い。これからもっと暑くなるんだろうな、などと考えながら腹を擦り擦り帰っている途中で、ふっと重要なことを思い出した。そうだ。今日は佳乃の誕生日だったんだっけか。そう思って佳乃のプレゼントでも探しに行くか…と行くあてもなくぶらぶらとその辺りの雑貨屋などを見て回る。しかしこの町に来て何年経つんだろうなぁ〜などとどうでもいいことを考えつつ店を覗いたりした。とは言え海沿いの小さな町だからか10分もするうちに街の繁華街? を出てしまう。なんてところだ。などと考えてまあ明日にでも佳乃を連れ出して、隣町のデカいデパートで好きなものでも選ばすか…、などと考えてながら帰路につこうと思いふと露店を見てみると、佳乃の好きそうな訳の分からんものを施したネックレスを見つける。値段を見るとギリギリな線で足りそうだったのでそれを購入して帰った。
帰ってみるといかにもにこにこ顔の佳乃が立っている。観鈴や遠野はもう帰ったみたいで佳乃1人だけだ。“おかえり、往人くん” とやけに嬉しそうに俺のほうを見つめる佳乃。ははぁ〜、もうこれに気づいたんだな? そう思い、後でゆっくり渡そうかと考えたんだが気づかれてしまってはどうしようもないと言うことで紙袋を渡して家の中に入る。と、何だかやけに台所のほうからいい匂いがする。“観鈴たちが何かお祝いに作ってもらったのか?” と佳乃に言うと、にこにこ顔でううん…と首を横に振る。じゃあ何なんだ? と思って、台所に入る俺がいたのだが…。
「もう往人くんに“一つ覚えだ〜っ” だの、“もう飽きた〜” だのなんて、これからは言わせないんだからねぇ〜?」
あたしはふふんって胸を反らせてこう言う。目の前にはいろいろな料理の数々が並んでいる。あたしだってやれば出来るんだからぁ〜。そう思ってもっと胸を反らせた。この1週間観鈴ちんとなぎーにいろいろと料理を教えてもらって、味見とかもしてこうやればいいのかぁ〜なんて思っちゃったわけだけど…。で今日は最後の仕上げって言うことであたし1人で教えてもらった料理を全部作っちゃったわけだけど…。味見で観鈴ちんとなぎーにも一口ずつ食べてもらったわけだけど、その結果は…。
今美味しそうにあたしの作った料理をもしゃもしゃ食べている往人くんを見てもらえれば一目瞭然なわけで。お誕生日に自分で作ったお料理でお祝いするって何だか変な感じだけど、それもいいかな。だって、こんなに美味しそうに食べてくれる人がいるんだもん。そう思いながら首に掛けたネックレスを気にしながらお皿に自分の分を取り分ける今日6月12日はあたしのお誕生日だったんだよぉ〜。えへへ…。
END
おまけ
「私も食べたかった〜っ!! と言うかキミは居候なのだからもう少し家主に対しての心遣いとかそう言うものはないのかね?! ええっ!! 全く…。だからキミと佳乃を2人っきりにさせたくはなかったんだ!! ぶつぶつぶつ…」
その夜、案の定、あたしの思ってた通りに帰って来たお姉ちゃんに羨ましがられて、最後は何か殺意の波動までつきつけられているんだろう、必死で弁明しようとする往人くんを下の階に聞きながら今日の見事な食べっぷりを思い出してにっこり微笑むあたし。まあお姉ちゃんはまた今度ゆっくりした時にでも作って食べさせてあげようって思いつつ、未だにぶりぶり怒ってるお姉ちゃんの声を子守歌代わりに目を瞑るあたし。明日はどんなお料理を往人くんに食べさせてあげようかなぁ〜なんて考えながら…。雨の音が静かにリズムを奏で出した。
TRUE END