聖さんの意外な…


「口を開けて…。はあはあ、扁桃腺が腫れてますね? お薬出しておきましょう…」
 1月3日。雪もちらちら降っている。今日も私は患者の相手をする。妹の佳乃は友達の神尾さんのところへ行っていて留守だ。と言ってもここ3、4日と泊りがけで出かけている。現代っ子特有の孤独感とは無縁なのか比較的友達も多い私の妹。時々ではあるが、全く見ず知らずの人物を連れてくるから少々厄介なのではあるが…。人を疑うということを全く知らないのは果たしていいものか悪いものなのかと、少々不安な今日この頃なのだが…。と、薬だった。席を外すと薬局用の棚のところに行き前の患者のカルテを見つつ、薬を探して手渡す。こんなことを毎日毎日続けている。これでご飯を食べているので別にどうこう言うつもりはないし、またするつもりもない。強いて言うならこの時期の患者の多さか…。
「次の人〜」
 壁に立てかけた時計を見ると午後7時を悠に過ぎていた。診察室の扉を開けて今日最後の患者を入れる。と、黒いTシャツにジャンバーを羽織った男性が一人。顔を見るとまあ顔なじみと言うか一緒に住んでいるというかうちの下宿人・国崎くんだった。“何だ? 馬鹿につける薬はないぞ?” と言うと、はぁ〜っと大きなため息をついてこう言う。
「馬鹿は余計だ。馬鹿は…。それよりもう終わりか? 終わったんなら観鈴の家に来てくれ」
「何だ? 神尾さんがいつぞやの病気に? あれは私でも治せんぞ? 一種の心の病と言うかそういうものだからな」
 と真剣な顔をして言う私に何を思ったのか、笑う下宿人。全く失礼な奴だと思う。ひとしきり笑うと頭を振ってこう言う。“いやな? 佳乃がまた…” そこまで聞いて着の身着のまま飛び出した。神尾さん、貴女っていう人は!! また佳乃に酒でも勧めたんだろう。妹は酒にはめっぽう弱い。焼酎の水割りの薄いやつでも酔っぱらうほど弱い。と、診療道具を残してきたことを思い出してまた戻る。むかつきながら戻るとそこには国崎くん。えーい、何をやっておるか!! 急いで仇討ちの準備じゃ!! と自分でも何が何だか分からないノリで、今度は無理矢理に国崎くんの手を引いて神尾家の方に向かう。向かう途中国崎くんが何やら喚いていたがそんなことは気にすることもなく、神尾家の前に着く。乱雑にピンポンを押すと、
「あっ、霧島先生。と往人さん」
 うちの患者だった神尾さん(娘さんの方)がいかにも嬉しそうに立っていた。こっちはそれどころではないがここで急いて佳乃を人質に立て込まれればそれこそ厄介だと思い直し平常心で臨むことにした。少々顔面麻痺のようにぴくぴく頬が動いていたが気にすることもない。とにかく佳乃に会うまでは、佳乃の姿を見るまではと思い応接間に通されるやいなや…。


 あの聖が泣いている。声をあげて泣いている。通天閣の鬼と言う通り名(もちろんその名で呼んでいるのは俺だけだが…)で有名なあの聖が泣いているところなど滅多にお目にかかれない光景だから俺としては晴子同様写真にでも撮って秘蔵のコレクションに加えたいところなのだが、そうすると翌朝廃人状態にされかねんのですんでのところで我慢した。しかしなぜ泣いているのか、それを説明しなくてはなるまい。今日1月3日は聖の誕生日だったわけだが、当の本人は忘れてしまっていたわけで…。そういや年末からこっち患者がいっぱい来て大変だったもんな? そりゃ自分の誕生日も忘れるっていうもんだ。そう思いつつ聖の方を見るともう泣き過ぎて鼻ががびがびになっていた。佳乃が言う。
「お姉ちゃん今年自分のお誕生日忘れてたでしょ? だから往人くんや観鈴ちんやなぎーたちと相談してお姉ちゃんのお誕生日会を開こうって…。そしたら観鈴ちんのお母さんが、うちでやったらって話になっちゃってね? ってもう泣かないで、みんな笑ってるよ?」
 そう言って聖の背中を優しく撫でながら俺たちを見る佳乃。一応ににこにこ顔で聖の方を見るとデレたのか、口を尖らせつつ“あ、ありがと…” と言って頬を赤らめる。その姿が普段のきびきびしたあの女医じゃない普通の女性のように感じた今日1月3日、俺の居候先の女主人・霧島聖の誕生日だ。

END