浴衣な彼女の色っぽさ


 今日5月13日は俺の彼女・一ノ瀬ことみの誕生日だ。高校を卒業し、大学生となったことみは友達もたくさん出来た。それが俺にはことのほか嬉しい。それは親父さん、母さん共々を飛行機事故で早くに亡くして一人孤独と戦ってきたことみだからか、と思う。かく言う俺の方はと言うと、しがない町工場の工員なわけだけどな。もともとスポーツ推薦で入ってきた俺だったが、親父と一悶着を起こした時に肩をいわしてしまいそのまま自堕落な生活を送っていたわけだが、ことみや古河や杏たちと出会い、いろいろな経験もし親父とも元通りの仲に戻って、今はこうして充実した毎日を送っている。それが俺にはとても嬉しいし、ことみや古河や杏たち、いや、俺の知っているすべての人たちには感謝してもし足りないくらいだ。なおかつこんな可愛い彼女も出来たんだから言うことはない…のだが、一つ言わせてもらうと、ことみは何でも信じ込みやすい体質なのか、訳の分からんものを家に持って帰ってきては、“今日は黒魔術なの…” とか言いながら怪しい実験などを行なっているわけで。この間なんかは、いきなり服を脱ぎ出したかと思うと、“朋也くん、おっぱいにタッチして欲しいの…。朋也くんの未来を占ってあげますなの…” とか言い出して非常に困った。まあそのときはちょっと叱ってやって何とか収まったが…。しかし天才と言うのも何だか大変だよな? ことみと付き合いだしてからそのことを如実に感じるわけだ。例えば散歩中にふっと目を放したらもうどこか行ってしまうし大学内でもそれは大変だと言うことらしい。そんな彼女だから少々過保護的になってしまうのは常で、散歩のときなんかはずっと手を繋いだままだし、大学内では往々にしてことみの友達に頼んである。ことみはそんな俺に不満なのか…、
「朋也くん、もうちょっと私を自由にさせて欲しいの…。これじゃあ好きなところに行けないの。お願いしますなの…」
 と涙目になりながら頼んでいるわけだが…。俺だってことみの言うことは聞いてやりたい。だけど出たら鉄砲玉のようにどこまでも行ってしまう彼女なわけだから心配で心配で仕方がないわけで…。俺はいつもこう言って脅してやる。“一人で出かけているとふっと異次元の扉がそこかしこにあって吸い込まれるんだぞ〜? 吸い込まれたらそれこそ生きて出られないぞ〜?” そう言いながらわざと怖い顔をする。異次元と言うものが本当にあるかどうかは謎だが、ことみはそう言うことを信じているのかぶるぶる震えて俺の服の袖をぎゅっと掴んで涙目になりながら、“我慢するから…。だから手を離さないでほしいの…” そう言う。まるで大きな子供のような感じだ。
 で今日、朝、何気なしに誕生日の話題に触れると、“温泉に行きたいの” と言い出す。ここは都会のど真ん中で温泉なんて言う小洒落たものはない。まあ2、3時間ほど電車に揺られりゃあることはあるのだが…、大学の方はそんなに慌てなくてもいいと言っているわけだが、こっちは仕事が待っているのでそう無理も言えないわけだ。とにかく諦めてもらおうとあの手この手で必死に言ってみるものの…。
「朋也くんが行かないんだったら私一人でも行くの。そうして異次元にでも何でも吸い込まれちゃうの!!」
 と逆に脅される。ふと顔を見遣ると、涙をいっぱい溜めて今にも零れ落ちそうなくらいな顔でぷるぷる肩を震わせてぷぅ〜っと頬を膨らませながら上目遣いに俺の顔を睨んでいるわけで…。そんな彼女の顔に根負けした俺は、仕事のほうを有給休暇扱いにしてもらい(事情を話すと快く応じてくれたわけなのだが…)ことみと2人温泉へ出かけることにした。


 電車に揺られること約3時間、目的地である温泉に到着する。今朝の顔とは打って変わってにこにこ顔のことみ。その顔に内心ほっとため息を漏らす俺。一端怒って泣き出すと手がつけられない俺の彼女。まあ普通なら手が来て足が来てということにもなるのだろう(現に春原と杏がそう言う間柄なんだけどな?)が、俺の彼女はしくしく泣きはらしてくるので精神的にものすごく堪えるわけだ。なおかつあの今流行りのウィスパー声でぶつぶつ文句を言うんだから、こっちは罪悪観念に苛まれるわけで。どうも彼女の術中にハマってるよなぁ〜っと思ったのも事実なわけで、俺としては何とか抜け出せないものかと思うんだが、今回も見事に彼女の術中にハマってしまった。
「朋也くん、早く温泉に行くの…」
「その前に泊まるところを探さないとダメだろ?」
 嬉々とした顔で言うことみに俺はそう釘を刺しておく。ボケボケしている? 俺の彼女は目先のことしか気にしないのか、この前の連休中にも“お友達とご旅行に行ってくるの…。朋也くん、お土産楽しみにしててね?” と実に楽しそうにしながら意気揚々出かけて行ったのだが、どうしたことか夜に涙目で帰ってきて、“日帰りだったの…” と言ってぐずぐず鼻を鳴らしていたっけ。まあそんなことだろうとは思ってはいたんだけどな?…。そんな彼女だからか、こっちがしっかりしないと余計にややこしくなるのは至極当然のような気がするわけで。そんな彼女の手を引いて一番安そうな温泉宿にチェックインする。一応彼女は世界的な科学者の娘であるわけなのでそれなりのモノはあるのだが、それはある意味男としてのプライドが許さないわけで。ここにくる運賃含め全部俺の賄いで済ませておいた。まあそれでもこのにこにこした顔には…、敵わないな? そう思った。
 さて、泊まるところも決まったし、そろそろ温泉にでも行くか? と部屋に荷物を置いて俺は言う。ここは一応内にも温泉を引いているらしく、客などが頻繁に出入りしているのだが、温泉と言ったら外だろうと思うので、連れ立って行くことにした。浴衣を小脇に抱え俺の袖を掴みながらにっこり笑顔で着いてくることみは何と言うかとても可愛い。そんな彼女だから俺もついつい見入ってしまうわけで…。
「朋也くん、危ないの。ちゃんと前を向いてなの…」
 と注意を受けるわけだ。そんなこんなで、目的地・温泉大浴場に到着する。さあここで一端解散だとばかりにことみのほうを見ると何故かは知らないがふるふると首を横に振っている。“何だ? ことみ。ここで一端解散だぞ?” と言うと、
「ねえ、朋也くん。一緒に入ってほしいの。知らない人ばかりだから独りぼっちじゃ心細いの。朋也くん。お願いしますなの…」
 そう言ってうるうるした瞳で俺の顔を見遣っている。あっ、そう言えばそうだった。とにかく独りぼっちはダメなことみだ。“じゃあ、その辺の婆さんにでも頼んでみるか?” とは言うものの、ふるふるふると首を横に勢いよく振ると、こっちを恨めしそうな瞳でじ〜っと見つめてくることみ。この目はテコでも動かなそうだが動かさないといろいろやばい事態になってきそうな気がするので、あれやこれやと状況改善を図るのだが、
「朋也くんが私を捨てた〜って杏ちゃんや智代ちゃんに言っちゃうの!!」
 といつになく強い口調で言われて、ううう〜っと上目遣いに睨んでくる彼女に素直に首を縦に振るしかない俺がいるのだった。とほほ…。


「とってもとっても気持ちよかったの。朋也くん。うふふっ」
 そう言ってにっこり笑顔な俺の彼女。対して俺はと言うと、ぼ〜っと逆上せ気味な頭でことみの顔を見遣っているわけで。当然、温泉と言うのだから裸なわけなのだが、普通は女のほうが恥ずかしがって入らないと言うのに俺の彼女は…、と思わず素っ裸状態で俺の横で湯船に浸かりながらにこにこ微笑んで俺の体を抱き寄せていることみのぽよんとした感触を思い出してしまった。と、そんな俺の動揺をよそに、“朋也くん、また一緒に温泉入ろうね?” と無邪気な顔で彼女はこう言う。もうことみとは一緒に入りたくね〜っとは思ったが、この無邪気な顔には何を言っても敵わんだろうな。そう思い無言で首だけを縦に振る俺。顔はもうとっくの昔に火照ってるんだろう。熱かった。
 カラコロと二つの下駄の音が賑わう温泉地に木霊する。髪の毛をアップに纏めた彼女のうなじが何とも艶かしく映っていた。それがなお一層俺の胸をドキドキさせる今日5月13日は俺の彼女、一ノ瀬ことみの誕生日だ。

END