すっぽかしの代償は?


「岡崎さんはとてもとてもと〜っても失礼ですっ!!」
 ぷんすかぷん! と言う効果音も出そうなくらいな勢いで扉の向こう、お子ちゃまなような背格好の少女はいつものようにぷぅ〜っと頬を膨らましているんだろうなぁ〜、と俺は思った。
「だから! 昨日は急にことみに呼び出されて、春原と一緒に勉強させられてたんだってば! 杏と智代の監視付きだったから逃げるに逃げ出せなかったんだって! 信じてくれ〜っ!!」
「ことみさんや春原さんたちはどうでもいいんですっ!! 風子がどれだけ楽しみに待っていたか分かりますかっ? 逃げ出せなかったら訳を話して今日はダメですって言えばいいんですっ! もう! 岡崎さんは本当にとんちんかんですっ!」
 “訳? 言えたら苦労はせんわいっ!!” と俺はこの分からず屋なお子ちゃまの部屋の前…。お子ちゃまは負けじとこんな事を言ってくる。多分部屋の向こうで扉越しに俺の顔をぐぐぐっと睨み返しているんだろうな…。はははっ。はぁ〜…。こいつの名前は伊吹風子。一応ではあるが俺の彼女? となる。奇妙な出会いから約一年。もう1年も経つのか…。そう思った。ちなみに明日は風子の誕生日。夏休みの第一日目ではあるのだが、いつものことながら補習授業に出なければならず…。今年は卒業もかかってるんでそれなりに勉強をやっている。で昨日…。風子との待ち合わせをころっと忘れていた俺。気がついた時にはもう夜の帳が下りてきてる頃だった。慌てて風子の家に行く俺。公子さんに取り次ぎを願い了解をもらったが…。で、今だ。風子は部屋から出て来ようともせず、“岡崎さんとは破局ですっ!!” と言ってくる。何が破局なんだかよく分からんが、おそらくは俺が忘れていたことに腹を立ててぷぅ〜っと頬を膨らませているんだろう…。そう思った。
「ふぅちゃん。岡崎さんもさっきから謝ってるんだからそろそろ許してあげたら?」
 見るに見かねた公子さんが助け舟を出してくれる。元々お姉ちゃん子である風子が公子さんに言われて逆らうことはなく…。“分かりました。お姉ちゃんの頼みとあってはしょうがありません。風子出てきます” と言ってすんなり篭城を止めて出てきた。今までの苦労は一体なんだったんだ? とは思ったが元々が俺のせいであるので何も言えず。そんな俺に…、
「岡崎さん…。風子は今頭から溶岩が噴き出るくらい怒ってますっ! …ですけど岡崎さんに最後のチャンスを与えます。ふふふっ、風子は何て心が広いんでしょう…。こんな可愛くて心の広い彼女を持った岡崎さんは宇宙一の幸せ者ですっ!! ということで、明日風子を水族館に連れて行ってくださいっ! それが出来なければ岡崎さんと風子はジエンドですっ!!」
 可愛いのは可愛いが心の広いのはどうかと思うぞ? 風子。俺がそう思ったのが分かったのか、風子は上目遣いに俺の顔をぐぐぐっと睨んでくる。まあ、元々俺が悪いわけだからな? ここは了承しておくか…。そう思い、“ああ、分かったよ…” と了承しておいた。風子の嬉しそうな顔と言ったら…。極上の微笑みというのはまさにこのことを言うんだろうな? そう思った。
 風子の部屋に入る。公子さんが冷たいお茶を御馳走してくれるんだそうだ。ありがたい。さっきから喉がカラカラに渇いてたんだった。ここにいるお嬢様のせいで……。星型のクッションを手に明日のことを考えてるのかぼ〜っとしていお子ちゃまな彼女。もう少し性格も体つきも大人だったらどんなにいいだろうか…。まあ、俺の知ってる女友達は全員、“似合いのカップル”って言ってるけどな…。でもこんなお子ちゃまと似合いだなんてどうかしてると思うぞ?…。ま、まあ背はちびっこいが顔は可愛いからな…。性格的に難はあるけど…。って言うかありすぎだけど…。
「岡崎さんっ!!全部聞こえてますっ! って言うか、風子、ちびっこくなんてありませんっ!! 性格もとてもとても可愛いですっ。ブラックホール最悪ですっ!!」
 風子はそう言うとまたはちきれんばかりな頬をもっと膨らませる。って言うか、ブラックホールって何だ? そう聞くと、
「何でも吸い込んじゃう宇宙の穴ってことですっ! ことみさんからそう教わりましたっ! うふふふふっ…。風子、どんどん賢くなります。岡崎さんは右から聞いて左から抜けていくような方ですから、今度の補習でも赤点が関の山ですっ!!」
 と自慢げに胸を張る風子。“何気に酷いこと言うのな? 風子…。って言うかお前こそ、右から聞いて左から抜けていくタイプなんじゃないのか?” と言おうと思ったんだが。後で女番長2人組に告げ口されて、痛い目を見ることは非を見るより明らかなのでその言葉は飲み込んだ。今は終業式を明日に控えた夏休み前の昼下がり。そう言えばとゴールデンウィークのことを思い出す。まあ今年のゴールデンウィークはいろいろとあちこちぶらぶらしたわけだが、風子を誘って遊園地に行ったりもした。最初はそれなりに楽しそうにしていたんだが、定番のお化け屋敷で様相はガラッと変わり……。夕方の浜辺で潮干狩りでもないのに砂浜で海の星を探す俺がいたんだっけか……。はぁ〜っ。
「昨日は風子、1時間も待ってたんですよっ?! 大人な風子をここまで待たせる男の人は岡崎さんくらいなもんですっ!! 全く…。ぶつぶつぶつ……」
 思い出したかのようにそう言うと風子は、なにやら小声でぶつぶつと言う。文句があるなら普通に言ってほしい。そんな小声でぶつぶつ言われると何だか呪われそうだ。っていうかほんとに呪われたこともあったし…。ははははは…、はぁ〜。でも何故風子が怒っているのかと言うと、昨日風子と映画を見る約束をしていたのだが、ことみに“お勉強しないとダメなの…”とか何とか言われて、無理矢理引っ張って連れて行かされて女番長2人組みの監視の下ことみ先生のありがたい講義を春原と一緒に聞かされたんだ。俺は何とか1時間くらいで終了し(春原は追加でやらされていたわけだが)、急いで風子との待ち合わせ場所に行ったんだけど…。まあ想像通りの有様だった。でも1時間待ってただけで何でこうもぶつぶつ文句を言われにゃならんのだ? 俺なんか2、3時間はざらに待たされてるし…。酷いときで6時間以上も待たされたこともあったんだからな?
「そ、それは昔の話ですっ!! もう! 岡崎さんはネチネチくんタイプですねっ!! それに風子、そんなに待たせてません! 待たせても1、2分くらいなものですっ。全く…、自分が悪いのを棚に上げて他人のせいにしないでくださいっ!」
 まあ1、2分くらいの時もあったがそれは極々稀なことであって実際の平均時間を取ってみると1、2時間は待たされてるように思うんだが…。まあこいつにこんなことを言っても聞かない、って言うか後が怖いので? しょうがないから謝ることにする。本心ではかなり嫌だったんだけどな? うーっと睨む目を見つつ、ぺこぺこ頭を下げる俺がいるのだった。


 翌日、終業式も無事終わりほっとするまもなく約束通り風子に手を引かれて水族館へとやってくる俺。案の定歩みの遅い俺に業を煮やしたのか、風子はまたぷぅ〜っと頬を膨らましながら、
「もたもたしないでしゃっしゃと歩いてください。岡崎さん!! 岡崎さんは足が遅すぎですっ! もう少し風子を見習って欲しいもんですっ! って、あっ! 水族館が見えて来ました。水族館…。風子の大好きなヒトデがいっぱいですよ〜っ…。うふふふふふぅ〜」
 電車に乗って、歩いて…、約30分弱。目的地の大きな建物が見えてくる。汐の匂いが心地よかった。梅雨明けも間近な夏休み前日の今日。ちょっと客が多いかな? と思っていたが案外客は少なかった。明日になればいっぱいになると思うんだけどな?…。ぐいっと俺の手を掴むと走り出したかと思うと、急にあっちの世界へ旅立ってしまう風子。全く…。ヒトデのことになるとすぐこれだ…。持っていた炭酸飲料にストローをさして鼻から飲ませることにする。風子マスターとしては初の試みだ。ソフトドリンク系は何度も試してはいるんだが炭酸系は初めて試すんでちょっとドキドキもんだぜ…。そう思いつつそ〜っと風子の鼻へストローを差し込もうとした時、あっちの世界からいつの間にか戻っていた風子は、こっちをギロリと睨んでいた。
「岡崎さん? まさかとは思うんですけど、その炭酸飲料、風子の鼻から飲ませようとしてないですよねっ?」
「あっ? ああ…。もちろんだとも…。チッ! バレたか…
 風子に聞こえないくらいの小さな声で言う俺。でも、耳のいい風子には聞かれてしまっているわけで…。
「バレバレですっ!! って言うかまた風子の鼻に差し込んで鼻から飲まそうと思ってましたねっ? しかも炭酸飲料ですかっ? 炭酸飲料はとってもとっても痛そうですっ。って言うか絶対痛いに決まってますっ!!そのとっても痛い炭酸飲料を恋人である風子の鼻から飲ませようとするなんてっ!! “最悪ですっ! ああ、最悪ですっ! 最悪ですっ!” って言う俳句が出来てしまいそうなくらい最悪ですっ! ああっ、これを最悪と言わずして何を最悪と言うんでしょうか! そのストローを持った岡崎さんの怪しい顔が何より最悪ですっ! って! 岡崎さん! 一人でこそこそ逃げるなんてっ!! 待ってくださ〜い!! 仮にも岡崎さんは風子の彼氏さんなんですよ〜っ!!」
 文句を言ってる隙に退散だ! そう思いその場からこそこそと逃げ出す俺。その俺に気がついたのか、ぷぅ〜っと頬をフグかハリセンボンのように膨らませて追いかけてくる風子。“わっ、わわっ。風子が怒った!” そう言いながら逃げ回る俺に手をぶんぶん振り回しながら、“風子、頭が火山のように噴火しましたっ! もう誰も風子を止めることは不可能ですっ!” 風子はそう言いながら追い掛け回す。逃げる俺。追いかける風子。どことなく、間抜けな怪盗とさらに間抜けな刑事の映画かアニメのような感じだ。イタズラも度が過ぎたか…。逃げるのにも疲れて、ゼ〜ゼ〜と荒い息を吐きつつそう思い、謝ろうと風子のほうを見ると…、風子の目はどこか違う方向へと向けられていた。俺も風子が目をやった先をみる。そこには…。
「あああっ! ヒトデ王国ですっ! もうへんちくりんな岡崎さんはどうでもいいですっ! 風子はやっぱり…」
 ヒトデの水槽を見た瞬間これだ…。はぁ〜っと今日何度目か分からないため息を一つ。まあこいつのヒトデ好きは今に始まったことでもないので、今さら何も言わない。でもな風子……、ヒトデの水槽を見ただけで“ヒトデ王国”はどうかと思うぞ? そう思ってる俺に…、
「早く行きますよっ! 岡崎さん。そんなもたもた歩いてたら可愛いヒトデが隠れてしまいますっ! さあ、もっときりきり歩いてくださいっ! きりきりっ! あっ、そうだ。特別に岡崎さんにも聞かせてあげましょう。風子の将来プランを…。まず水族館のヒトデを全部買い占めて…。それからそれから…。うふふふふふぅ〜…」
 そう言うとまたあっちの世界へと旅立ってしまう風子。ふぅ〜っととびきりでかいため息をつくと、俺はこの“ヒトデ王国王女・風子姫”の手を取って歩き出す。そんな可愛い俺の彼女の誕生日…、目指すは“ヒトデ王国・宮殿”だ…。

END