風子、健康診断に行く
突然ではあるのだが風子の健診に付き合わされることになった。この時期に健診とは何ぞや? と言うことなのだが、公子さんは毎年この時期に風子の健診を行なっているらしい。かく言う俺のほうだが先月の上旬に芳野さんと一緒に診てもらった。結果はどちらもどこも異常なしと言うことでほっとしている。まあ家族のある身としては頑張って家族を養わなければならないわけだし、異常なしと結果が分かった時点で、“い〜やっほぅ! 岡崎最高!!” と心の中でガッツポーズを取っていたわけだが…。
そんな俺がなぜに風子の健診に付き合わされているのかと言うことだが、この8月に公子さんがめでたく出産する運びとなり、出産を控えた今動くのはあまり良くないと言うことで順繰り巡って一番暇そうな俺に白羽の矢が立ったと言うわけだ。まあ高校時代風子マスターとして名を馳せていた(と言う設定)俺にお鉢が回って来たこと自体、必然と言う感じもしないでもないのだが、風子は俺の顔を見るなりふるふるふる! とどこぞのお嬢様のように激しく首を横に振っていた。
「何で変な岡崎さんと一緒に健康診断に行かなくっちゃいけないんですかっ?! 最悪ですっ!!」
とまあ予想通りの返答が返って来たわけだが、公子さんに窘められて渋々と言うような感じでついてきた。と言っても今日は日曜日。健診なんて受けられるのか? と言うことだが公子さん曰く、“ふぅちゃんは特別に日曜日にしてもらえることになってるんです” と言うことらしい。なら大丈夫かなどと考えつつ風子の手を取りながら病院へ歩を進める俺。横では、“風子、見たい番組の録画をし忘れました。今から帰って録画をしないと見られませんっ!!” だの、“お部屋のお片付けをしないとお姉ちゃんに叱られますっ!” だのどうでもいい口述を言って逃げようとしている風子。そんな風子が俺の最愛の娘にも似ていてちょっと笑える。まあ風子曰く、“汐ちゃんは風子の妹ですっ!!” と言うことらしいので、ここはいつもの作戦でいくことにした。
「駄々をこねるのは構わんが、汐が見たらどう思うかなぁ〜? まあ俺は一向に構わんし好きにするがいいけどな?」
少々悪びれてこんなことを言う。“岡崎さんはこれでもかって言うくらい卑怯ですっ!! 風子の妹の汐ちゃんに言いつけようとするなんて!! これを卑怯と言わずして何を卑怯と言うんですかっ! 激最悪ですっ!!” といつもの顔になりつつこんなことを言う風子。ぷんすか怒る風子を宥めつつ何とか病院の前に到着。ここまで要した時間、約1時間なり。普通に歩いても10分もかからずに来てしまうんだから、どれだけ俺が苦労したかがよく分かる。うん。前に1回連れて来て逃げ出された経験もあるので今回はしっかり手を握って入る。受付にいる看護師に言うと今すぐにでも始められると言うことらしいので、もう目が完全に死んでいる風子を看護士に引き渡して、待合室に項垂れるように座った。まあ俺も汐も嫁の渚もそうだが、こう言うところと言うのはあまり来たくはないところだよな? 事故で一時期生死の境を彷徨った風子なら殊更来たくはないところだろう。それを敢えて連れてくるんだから風子にしてみれば俺は極悪人の何者でもないわけだ。公子さんは姉妹だから多少は緩和されているだろうが、第三者の俺は恨まれることはあるにせよ、好かれることはないだろう。そんなことを考えつつ、時計の針を眺めている俺がいた。
風子は今、極悪人の岡崎さんに連れられて病院の診察室に座ってます。最悪ですっ! よりにもよってどうして変な岡崎さんに連れて来られなくっちゃいけないんですかっ! と風子、心の中で絶叫してしまいました。お姉ちゃんもお姉ちゃんです。いつも風子の妹の汐ちゃんとおうちに帰ろうとすると邪魔ばかりしてくる岡崎さんを一緒に連れてこさせるなんて…。不愉快ですっ!! とこの間やっていたアニメのヒロインの女の子の台詞も飛び出してきそうでしたが、ぐっと堪えました。前にはお医者さんが何やら不気味に微笑んでますっ。今すぐにでも逃げたいのですが、卑怯極まりない岡崎さんが待合室で薄ら笑いを浮かべているところを想像すると何だか恐ろしいので風子我慢することにしました。問診と触診、レントゲン、心電図と計って、いよいよ風子の最も苦手な採血。あの針で刺すときの感触がものすごく嫌で逃げだしたことが数回あるのですが、今回は前述の通り卑怯な岡崎さんがいるので、絶対汐ちゃんに、“風子がなぁ〜、病院から逃げ出したんだぞ〜…” って面白おかしく言うに決まってますっ! そうなったら汐ちゃんのお姉ちゃんとしての威厳も何もなくなってしまいますっ! 相変わらず岡崎さんは卑怯ですっ!! そう思いながらお医者さんの用意した注射針を見てぞっとする風子でしたが、“逃げちゃダメです…。逃げちゃダメです…。逃げちゃダメです…” とどこぞのロボットアニメの主人公の台詞を心の中で何回も呟きながらぐっと堪えてました。ちくっとした痛みが風子の全身を駆け巡ります。それでも風子、我慢しました。怖くて見ていませんが、今風子の血が注射器の中に入っていってるんだと思います。やがて、痛みが消えました。“終わりましたよ、伊吹さん” と言うのでお医者さんのほうを見てみます。血を止める絆創膏を貼っている看護師さんの横でにこやかに微笑んでいるお医者さんにほっとなる風子がいたのでした。
病院からの帰り道、いつになくご機嫌な風子は即興で作った“ヒトデ行進曲” と言う俺には訳が分からん歌を歌いながら、元来た道を帰っている。一時はどうなることかと心配していたわけだが、それは杞憂に終わった。風子曰く、“変な岡崎さんに可愛い汐ちゃんを取られると思うと風子の中の‘汐ちゃん愛’のパワーが出てきて全然痛くありませんでしたっ!!” と言うことらしい。まあ診察室から出てくるときにちょこっと涙目になっていたことは誕生日と言うことで秘密にしておいてやろう。そう思いつついつものようにわいわい言いながら帰っていると、遥か前のほうからぶんぶん手を振っている小さな影が見える。おっ、これからなんだな? そう思いつつ横を見ると気がついたのかもう走り出していた。相変わらずこう言うことには目ざといと言うか何と言うかだな? と苦笑しながら俺もその影の方向へと歩を進める今日7月20日は俺の友達で、自称娘の姉な伊吹風子の誕生日だ。
END