例えばこんな有給休暇


「起きろ、朋也。今日はせっかくの有給休暇だから2人で美味しいものでも食べ歩くんじゃなかったのか?」
 10月14日、朝6時。今日も俺の嫁は元気だ。秋も中盤から終盤へと移行する時期なのだが、殊更に俺の嫁・智代は家事や異母妹のともの世話などに余念がない。と言っても今年小学6年になったともはだんだんと姉離れもしてきて、それに伴ない智代がやけに寂しくしているのを見かけるようになった。まあそうやって子供は親離れしていくもんだとは思う。逆に子離れできない親と言うものもいるわけで…。その最たるものが今俺の体をゆさゆさ揺すって起こしている嫁であることは言う間でもない。もっとも母と言うのには若すぎるし実際姉妹な関係なのだが…。
 最近有給休暇と言うものを取っていなかったものなので、今週まとめて休みをもらった。と言うかお盆休みも休まずに働いていたので会社のほうも気を使ってくれたんだろう。で昨日は今日日帰りで行ける場所はないかどうかあれやこれや探していたわけだが、これと言ってなし。と言うか水曜定休日のところが多すぎるな? と思ったのも事実なわけで…。某ネズミの国はやっているがあそこに行くにはやっぱり家族で行かなきゃ面白くない。そうは言うものの今日は嫁の誕生日なので何かしてやらんことにはなぁ〜っとも思う。特に俺の嫁は何か怒ったり機嫌を損ねたりなんかすると、20年くらい前にやっていたアニメのヒロインのように部屋の押し入れとかに籠もってしまう癖がある。まあもっとも元祖は俺の嫁か? とこの前懐かしのアニメの特集番組の中でそれをやっていて気づいたんだが…。
 まあそんなわけでうちの嫁にはほとほと手を焼かされている毎日なのだが、それでも笑った顔とかが子供のように可愛くて、高校時代のあのケンカ番長の面影は今はないわけだ。春原がいたら何て言うだろうな? と2人でバカやっていた高校時代が懐かしく感じられる。春原は今、田舎で職に就いている。この間、久しぶりに同窓会みたいなことをやったわけだが元気そうだった。まあそれぞれに経験なんぞを積んできている証拠だろうな? なんて幸村のじいさんみたくそう思う。もっとも本人の前ではそんなことは言えず…、それぞれに近況報告なんぞをしているわけで…。古河は相変わらず病気がちな体ながら、一生懸命に生きている姿に少し感動を覚えたし、杏や委員長は杏や委員長で、それぞれに職に就いているわけで…。特に杏の保育園の先生と言うのが驚いたわけだ。だけど、昔から面倒見は良かったし、それはそれでありかもな? とも思う。まあそれぞれ歳を感じてしまった同窓会だったのだが…。
「ご飯が出来たから早く食べてくれ〜」
 とぼさぼさ頭を掻きむしりながら新聞に目を通す俺に向かい、そっと茶碗によそった飯を出す嫁。“おおっ、食う食う” と言って慌てて新聞を放り出し飯にありつく俺。米は田舎の親父から送られてきた代物だ。俺の親父と俺は俺の母さんが亡くなった後、親父とケンカして肩を壊して以来他人のように接してきていたわけだが、今は元通りに関係のほうは修復している。これには古河家のみんなや友達や嫁の支えがあったからこその今があるわけでその点に関しては感謝してもしたりないほどありがたく思っている。がつがつ飯を食いずずずず〜っと味噌汁を飲んでいると、ともが起きて来る。“お腹空いたよ〜” と言いながらまだ眠い目を擦り擦り洗面所へと向かって行った。少しはおしゃれを気にする年齢になったのか、10分ぐらい洗面所にいることが多くなったとも。でもまだまだ子供の部分も多々あってそれがちょっと嬉しかったりするわけだ。もっとも嫁は“ともはちょっと時間かかり過ぎじゃないのか?” と言うふうに言ってはいるが…。まああの歳になるといろいろ出てくるんだよ…。智代だってそうだっただろ? と言って宥める俺に、“まあそうだけど…” と言う嫁のちょっと膨れた顔が何とも面白い。
 そうこうしているうちにいい時間になってきた。“じゃあ行ってきま〜す。部活とかがあるから今日も遅くなるよ〜” っとウインクしながら出て行った。と、途端に2人っきりの時間が訪れる。こうしてみると2人っきりになるなんて最近と言うか鷹文がともを連れて来て以来なかったな? なんて思いつつ嫁の入れたお茶を何杯も飲んでいる俺に、嫁がまじまじ俺の顔を見つめてこう言う。
「散髪をしよう。これからどこか出掛けるのにそんなぼさぼさ頭じゃ格好悪いからな?」
 なんて言いながら、散髪道具を出してくる。うちの嫁は何をやらせてもそつなくこなせるオールマイティー型な嫁だ。だからこんな散髪も朝飯前のようにこなしてしまう。ただ1つ問題があるとするならば、切ったあとで、“ここが切り過ぎだ〜っ” とか、“ここをもう少し切って欲しかったのに〜っ” とかの文句を言えないことと、“最高!” だの、“Very Good!” などの褒め言葉も言えないことだろう。前者は拗ねて、後者は恥ずかしがっていつもの定位置にお隠れになるものだからこっちとしても、“まあまあだな?” と言うあいまいな言葉しか発せないわけだ。まあ前者の場合は何となく分からない訳もない。実際切ってやって文句を言われるのだから腹が立つんだろうが、後者のほうはてんで要領を得ないわけで…。と言うか恥ずかしがる必要も何もないだろう? とは思うのだが、どうもうちの嫁は妙なところに癖が出るわけで…。今回もまあいい感じに切ってくれたわけだが、“まあまあだな?” と言っておく。そう俺が言うと嬉しそうにうんと首を縦に振る嫁がいた。
 髪を洗うついでに体もごしごしと洗い、シャワーで流して出た。さて…と、ぼさぼさ頭もスキッとなったし、これから俺がお返しに連れて行く番だな? と思って智代のほうを見てみると、なぜかすやすや眠ってしまっている。そう言えばこの間から楽しみにしてたもんなぁ〜? 昨日も昨日で鼻歌も出てたもんな…。よっぽど楽しみにしてたんだろうか、昨夜は寝られなかったんだな? まあ1時間ばかり寝かしておいてやろう。そう思い寝室へと運ぶ俺。しかしこの幸せそうな顔はなんだろうな? そう思いつつ嫁をベットに横たえらせる。布団をかけると“う、ううう〜ん” と寝言らしい声が聞こえてきた。その声に笑みを零す俺。さてこの間は暇だ…。まあ適当に時間でも潰しておくか、と思って嫁の本棚から一冊の小説を取り出して読んでいく。こう見えてうちの嫁は読書家なのだ。今までに読んだ本の数は3000は超えるだろう。ほとんどが町の図書館から借りてきたやつだが、その中で特に面白かったやつだけを購入してるんだとか…。それでも100はあるよな? と前に少し読んだ本を取り出して読んでいくうちに……。


「悪かった悪かった、俺が悪かった! あの時素直に起こすべきだった。だから出て来てくれ〜」
 といつもの定位置にお籠もりになった嫁にそう呼びかける俺がいるわけで。あの後どう言うわけか眠ってしまっていて、ふと気づくともう夕方近くになっていた。智代はと見るとまだ眠っている。そこで起こせば最悪の今の状態は回避できたのかも知れないが、せっかく気持ち良さそうに寝てる嫁を起こすのも忍びないと思って抜き足差し足で部屋を出て行こうとした刹那、何でこんなところにあるのか分からないのだがぶぅ〜っと音の出るおもちゃに足を置いてしまい、むっくり起きた智代に引きつった笑みをみせる俺がいたわけで。嫁はしばらくぼ〜っとした顔で辺りを見回して現状の把握に努めていたわけだが、把握出来たときにはもう涙顔に変わっていて、“と〜も〜や〜のば〜かぁ〜。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜ん” と言っていつもの定位置にお籠もりになった。
 で、現在こうやって必死で謝っているわけだが、相手が相手だけになかなかうまく説得できないでいる。とガチャッと玄関の扉の開く音とともに、“ただいまぁ〜” と言うともの声か聞こえてくる。更にヤバくなってきた。最近嫁の影響からか言動が嫁に似てきたとも。この間も俺がちょっとイジワルなことを冗談で言ってしまい嫁とともに同じような顔で叱られてしまった。だから現在のこの状況は非常に危険なものであることは言う間でもないわけだ。こっちに来ないでくれ〜っとは思うがやっぱり部屋に入って来てしまう。
「あっ! お兄ちゃん。お姉ちゃんとお出掛けしなかったの? って言うより何でお姉ちゃんがお籠もり状態になってるのかなぁ〜?」
 と部屋に入って来るなりこんなことを言っては俺の顔をむぅ〜っと睨んでくるとも。まだ幼なさの残る顔立ちでこんな顔をされては喋るなと言うほうが土台無理な話だ。で、全部ゲロってしまう俺。“もう、お兄ちゃんは〜。しょうがないなぁ〜…” と半ば呆れ顔で言われてしまう。“じゃあともも一緒に謝ってあげるから、その代わりお兄ちゃんにはお姉ちゃんに明日1日ず〜っと一緒にいてもらうことに決定! いいよねぇ〜、お兄ちゃん” と意味深な笑みを浮かべながらそう言って一緒に謝ってくれた。と嫁が、“ともと2人で話がしたいから朋也は部屋の外で待機!!” とくぐもった声の中にも何やら明るさを取り戻したような感じでこう言う。“と言うわけだからお兄ちゃんはアウト!” と俺の手を引いて外へと連れ出して、“盗み聞きしたらダメだからねっ?!” と念押しのように言われてバタンっと戸を閉めて中に入っていった。何を話しているのか非常に気になるわけだが聞いちゃダメと言われているわけなので、聞くことが出来ない。もとよりひそひそ話で話しているのでどんなに耳が良くても聞くことなんて無理だろう。そう思いながら待っていると、また扉が開く。“お兄ちゃん、入って来ていいよぉ〜” と何やら含み笑いを浮かべて俺を部屋の中に入れるとも。そこには未だにぷく〜っと頬を膨らませている嫁の姿が窺える。
「あ、あの…な? あ、明日はとにかくずっと一緒にいてやるから…。きょ、今日は本当に悪かった!!」
 と言う俺に対して、嫁はこくんと首を縦に振る。そして、一言、“今日は一緒の布団で寝て欲しいな?” と妙に子供っぽい感じに言ってくる。まあそれだけならいいかと思い、うんと一振りに首を縦に振る俺。“それから今日は一緒にお風呂なんかにも入りたい” と嫁。同じくうんと首を振る俺。何度かそんなお願い事を聞いているうちに、何か要求がエスカレートしてきているように感じて来てしまうわけだが、我が家の家訓の第1条に“約束事はきちんと守ること” と言うことがあるので反故には出来ない。何しろこれを作ったのは俺なわけなのだから…。自分で作った家訓で自分が苦しめられるなんてなぁ〜っと思いながら延々に続く俺の嫁・智代の果てしないお願いを聞かされてしまう今日10月14日、俺の愛する嫁・智代の27歳の誕生日だ。

END

おまけ

 で、翌朝の目覚めはすこぶる悪いものだった。あの後仲直りにと鷹文夫婦も呼んで一緒にみんなでファミレスに行ったわけだが、そこで例のお願いが発動。俺は嫁の分まで食べさせることになってしまい、家族連れの客から羞恥の的にされてしまい、帰ってきてからも手取り足取り俺が全部やる羽目になったことは言う間でもない。と言うかこれってまさか? と思い嫁の異母妹のほうを見ると何だかとても嬉しそうに俺たちのほうを見つめていた。その顔が天使すぎて逆に悪魔が中に潜んでいるような感じに見える俺がいたわけだ。これからは智代だけじゃなく、ともにも気をつけなくては…と心に誓った嫁の誕生日から一夜明けた朝だ。ってまた智代がこっちを見つめて服を脱がせてって言う目をしてるし。今日も大変だなぁ〜。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜ん!!

TRUE END?