炬燵の中のサンタクロース
今日、12月24日は俺の彼女・古河渚の誕生日だ。12月24日、別名クリスマスイブともいい、恋人たちはお互いに愛を確かめ合うそう言う日らしい。らしいなどという推量の助動詞がつくのは、俺は今まで彼女と言う存在を持ったこともなく、何が何だかさっぱりなことが多かったからだ。しかし渚と付き合うようになってから分かったことは、やっぱり何となくだがいいもんだな? と思って止まない。
「朋也くん、今日はクリスマスイブで、わたしのお誕生日でもあるんですよ? イエス様と同じお誕生日なんてなんだが嬉しいです。えへへっ」
いつもの登校途中、渚はこんなことを言うとにっこり微笑んで俺の方を上目遣いに見つめる。さしてそう言うことに興味のない俺でも、つられるように微笑んでしまうから恋人同士と言うのは不思議だ。と、前のほうを見ると春原と杏と言うある意味最も恐ろしいコンビと我がクラスの委員長でコンビの片割れの女・藤林杏の妹の椋がちょっと恨めしそうに姉を見つめながら歩いているのが分かった。
「よお、モテモテの春原君。今日も美女を侍らせてご登校とは…。やりますなぁ〜」
そう言うとクククと笑みを零す俺。杏の顔を見れば恥ずかしそうに俯いていた。
「どこをどう見たらこれがモテモテに見えるんスかねーっ!! 待ち伏せ喰らって猫を掴むように襟首掴まれてズルズル引き摺られていく僕を見て! って聞いてくれよ岡崎〜。杏がパーティーやりたいって言うんだよ〜。僕の部屋で…。僕はまあ嬉しいんだけどさ…」
「なら良かったじゃないか。何の不満があるっていうんだ?」
そう言う俺。まあこいつの言いたいことは分かっている。天敵のラグビー部のことだろう。もともとスポーツ推薦でこの高校に入ってきた俺と春原だったが…。今じゃバカ二人状態になってしまっている。それ相応に理由があるのだがここでそんなことを言ったって仕方がない。今じゃ極々当たり前だが昔は何でもかんでもに当り散らしていたんだ。そう、俺の隣りで微笑んでいる可愛い顔の彼女に出会うまでは…。
話を聞けば案の定俺の考えている通りのことだった。まあ今までだってそう言った類でラグビー部の洗礼を浴びせられ続けてきた春原の気持ちも分からんでもないんだが…。杏はというと、“ねえ、陽平、いいでしょ〜?” とこうだ。あの辞書攻撃で名高かった藤林杏が男にメロメロだとは誰も気付くまい。それこそ天変地異の前触れかポールシフトが起こりかねん状態だろう。
そう思ってふと前を見ると噂の辞書攻撃が俺の顔面に直撃する。“ぶぺっ!!” という声を発するとともに俺の意識が遠のく。遠のく意識の中、最後に見たのは不敵に微笑む女番長・その1だったことは言うまでもない。
「で? 何でみんな揃ってるんだ?」
夜、古河パンの奥座敷に俺の知ってる連中が全員揃っていた。まあ、大体の予想はつく。女番長・その1こと藤林杏が呼んだんだろう。でも何で古河パンなんだ? 他にもいっぱいあるだろう? とは思ったが、結局集まりやすいのはここくらいな訳で…。にしても芽衣ちゃんまでいるとは思わなかったぞ? 横に座っていた春原に言うと、
「ああ、何でも今年は早くに冬休みが始まったらしくてさ。別に遊びに行くところもないからこっちに来てるってわけ。って言っても明後日には僕と一緒に実家のほうに帰るんだけどね…」
“そういやお前ん家って東北だよな?”と言うと“ああ、そうだよ”と言う春原。ぼ〜っと炬燵に入りながら仲良くクリスマスの飾り付けやら料理の準備やらをしている女性陣を見ている春原と俺と勝平と鷹文とオッサン。きゃいきゃい黄色い声が飛ぶ中、春原が一言…。
「なあ。僕たち、邪魔かな?」
「さあ…。別にいいんじゃないですか? 姉さんたちも別段気にしてもないみたいだから…」
鷹文がそう言う。“そっか、なら別にいいんだね?” そう言うと春原は横になる。大きめの炬燵と二人用の小さな炬燵。もちろん小さな炬燵は春原の部屋から持ってきたものだ。いつだったか12月に大雪が降って非常に寒かったことを覚えているが、今年は比較的平凡な寒さなのでほっとしている。親父とはまあ一応仲直りはして、一緒に暮らしている俺ではある。これも俺の彼女のおかげなんだけどな? だけどどうも帰りづらくてここにいて夜遅く帰ることが多い。まあこれにもいろいろ紆余曲折があったんだが、ここでは敢えて言うまい。渚には“朋也くんもお父さんと仲直りしたんですから早く帰ってあげてもいいんじゃないですか?”と注意はされてるんだけどな。はぁ〜…。
一応、渚へのプレゼントは買ってはある。この間、街をぶらぶらしている時、偶然見つけた小さな小物店で買ってきたものだ。これを身につけてにっこり微笑む渚の顔を思い浮かべると思わずこっちもにこにこしてしまうわけで…。そのせいで店員に怪訝な目で見られたことは言うまでもない事実だった。
「岡崎? さっきから何ニヤニヤしてるの?」
「あん? さあな…。小僧のこった、どうせどっかの旅芸人みたく“腹減った〜” とか思ってんじゃねーのか?」
オッサンはそう言うといつものようにタバコを取り出して火をつける。勝平は“お料理してる姿も可愛いなぁ〜、椋さんは…” と呟きながら委員長のほうを見ている。杏と委員長、まあ双子と言うだけあって顔はそっくりなんだが…。性格のほうはまるっきり逆な訳であり、俺としてはそこが実に面白かったりする訳だが、委員長の料理だけは勘弁願いたい。あの味は相当の味覚音痴にしか食べられないものだと思う。でもこんなことを言うと気の弱い委員長は泣いてしまうかもしれないし、そして何よ鬼より怖いかもしれない杏の辞書攻撃が待っているんで口が裂けても言えない。
鷹文は芽衣ちゃんのほうをじ〜っと見ている。横になってぼ〜っと女性陣を見ている兄貴の妹なんだそうだ。最初に会った時は本当の兄妹か? とも思ったんだが、今ではやっぱり兄妹なんだな? と思えるようになった。それはやっぱり杏と言う彼女が出来たからなんじゃないかと思う。
ふと自分のことについても考えてみる。幼い時に母さんを亡くしてそれから親父と暮らしてきた。親父は厳しすぎるほど厳しかったがそれでも愛情はあったと今はそう思う。殴られて肩を壊すまでは…。肩を壊して唯一の得意であったバスケを取られた俺。その俺よりもっと辛かったんだろう親父は変わってしまう。入院生活から帰ってきたとき、親父は変わっていた。余所余所しく“朋也くん”と俺を呼ぶ。そんなこんなで疎遠になっていく俺と親父。もし渚と出会わなかったら俺は今でも親父と仲直りできてなかったと思う。そう考えると渚は俺たち家族の絆を再び結び付けてくれた恩人だ。親父が言う。
「なあ、朋也。渚ちゃん、大切にしてやれよ…」
「あのなぁ〜。親父に言われなくても大切にしてるっての」
ったく…。頬を赤らめる俺。微笑む親父。もし母さんが生きていたら何て言うだろう。そう思ってふと親父の背中の向こうの仏壇を見る。微笑んだ母さんの写真が飾ってあった。にっこり微笑んだ顔、もう朧気にしか覚えていないけど、あの笑顔を見ていると今でも母さんとの記憶が蘇ってくるようだった。今日も今日で、朝。親父に“あまり古河さんに迷惑かけさせるなよ?”と釘を差された。“はいはい、分かりましたよ〜” 適当にあしらう。親父のほうをふと見ると微笑んでいた。
「朋也くん。もう少し待っていてくださいね?」
と渚が俺にそう言う。多分時間が大分遅れていることを気にしてるんだろう。俺は少しくらいなら我慢は出来る。それに滅多にお目に掛かれないエプロン姿の女の子が多勢いるのだ。中には、小学生? も混じっているみたいだが…。
「岡崎さんっ!! また風子のことを子供扱いしましたねっ? 最悪ですっ!!」
視線に気付いたのか、風子が俺の顔を睨んでいた。その顔はまあ小学生なのではあるが本人は“風子ほど大人の女性がいるでしょうか。いえ、いません。それなのに岡崎さんときたら…”と言ってはばからない。“余所見をするな、余所見を!!” と言うと、“わ、分かってますっ!” そう言うとまた、料理に戻る風子。まあ、俺と風子の間柄はこう言うものだなと今更ながらそう思った。
「パーティーの準備、全部出来たの。朋也くん。そこで渚ちゃんのお誕生日兼クリスマスパーティーって言うことで朋也くんに乾杯の音頭をとってもらうの…」
「な、何で俺が…」
ことみがそう言って俺を立たせようとする。“ここは俺の家じゃなくって渚の家だ。だから…、その渚が音頭をとるのが…いいんじゃ……ないでしょうかね?” と女番長二人組が怒スジを浮かべながら俺の顔を睨む中、そう敬語になりつつ言う俺。ことみはことみで俺の顔をむぅ〜っと上目遣いに見つめて、
「渚ちゃんのお誕生日なの! いいから黙って立つの! 朋也くん!!」
と女番長2人組みたくそう言うと俺を立たせようとすることみ。ことみの胸が肘に当たってかなり恥ずかしい。そんなことは気にもかけず俺を立たせようと必死になってることみ。“わ、分かった…。立つ立つ、立って音頭でも何でもするから体を押し付けるのはやめてくれ” 仕方なく立ち上がる。渚の方を見るとちょっとぷぅ〜っと膨れていた。ことみといちゃつく俺にちょっと怒っているんだろう。そう思う。最近俺が他の女子と話をすると決まってこうだ。それだけ俺のことを思ってくれているのかと思うと嬉しい反面、ちょっとなぁ〜とも思う。まあ、これも女心ってやつかな? そう思いこう言う俺。
「渚、誕生日おめでとう。ってことでかんぱーい!!」
ガシャン、とグラス同士の叩く音。と途端に華やいだ雰囲気になる。オッサンと早苗さんはもう二人の世界だし、春原と杏も同じようなものだ。勝平と委員長はまあ付き合い始めの初々しいカップルみたいだしな? 風子はことみと漫才みたくボケ通しあい、芽衣ちゃんと鷹文は、何を話していいものかと言う感じでお互いにもじもじ…。それを温かい目で見つめる姉・智代。とまあこんな感じだ。当然、俺の隣りには可愛い俺の彼女…、渚。桜の木下で出会ったころから半年が過ぎる。その半年でいろいろなことがあったが、やっぱり一番の出来事は、渚が俺の彼女になったことか…。と思った。
「楽しいですね? 朋也くん。えへへっ…」
「ああ、そうだな? と、そうだった…」
がさごそと持ってきた鞄を開け、中から小さくラッピングされた可愛い箱を素早く取り出して炬燵の中へ入れる。後で冷やかされるのはごめん被りたいので、そっと炬燵の中で渚に手渡した。何だろうという表情で少々はてな顔になりながらも受け取る渚。ちらっと炬燵の中の手を出してみて、俺の顔を驚いた表情で見つめる。口元に人差し指を持ってきて俺はし〜っと言う。口パクでこう伝えてやった。
“みんなが見てる前だと恥ずかしいからな?”
渚は照れながらうんと頷く。とどこからか地獄の亡者のような視線が俺の顔を貫いた。何だ? と思い辺りを見回してみると、オッサンが俺の顔をギロリと睨んでいる。まさか! 見られてたのか? 俺がプレゼントを渡すところを…。じ〜っと見ていたオッサンは早苗さんに抱きつくと、“早苗…、好きだ…” といつもの台詞を吐いて、いつも以上にいちゃいちゃしてくる。多分俺たちが羨ましかったんだろうな。ほっと息をつく俺。渚は嬉しそうに、風子とことみの漫才なんだかボケ通しの話に耳を傾けて、にっこり微笑む。その顔が可愛すぎるくらい可愛くて…。俺も一緒になって微笑んだ。
外は寒い冬の夜。でも、この家の中はすごく温かい。それはまるで箱に詰めた愛が溢れすぎて、表へ飛び出すかのように…。そんな今日、12月24日・クリスマスイブは、俺の彼女・古河渚の誕生日だ……。
END