今、目の前にはぷく〜っと頬をカエルのように膨らませて、じーっと俺の顔を睨む女の子がいる。今日は学校の体育大会。その休憩時間に俺は目の前の女の子に睨まれている。しかしなぜ俺が睨まれているのかと言うと…。
風子と朋也の体育大会
「岡崎さんはとても失礼ですっ!! せっかく可愛い風子がこうしてお願いに来たって言うのにっ! 最悪ですっ!!」
「あ、あのなぁ〜…」
風子が俺の顔を睨みながらそんなことを言う。時は10月9日。世間一般には体育の日と呼ばれる日。俺は学校の体育大会に出ている。いや出ていると言うよりは見物か? まあ春原はいきがっているがあれは女の子にもてたいと思ってやってることなので、俺としては当然無視だ。杏は俺のほうをちょっと驚いた表情で見ながら、“あんたがこんなところに出てくるなんて…。もしかして異常気象の前触れ?” って言っていた。ふん、余計なお世話だ! 妹の藤林は杏とは対照的ににこにこしながら、“岡崎くん、出てきてくれました…” と言っている。一卵性双生児でこれほどまでに似ていない姉妹なんて見たことがない。まあ、今回はほっておこうと思う。行事にはほとんど参加しない俺。そんな俺が何でこんなところにいるのか…。そのことを話さないといけないだろう…。睨みつけるお子ちゃまの手前ちょっと言いづらいのだが、面倒なことに巻き込まれてしまったんだ。目の前の女の子に…。
あれは9月の終わりごろ。いつものように渚と古河パンのほうに帰っていると、後ろから俺を監視するような気配がするのに気付いた。なんだぁ〜っ? と思い振り返るが案の定そこには誰もいない。しかし尾行されているのは確かだろうな…。ちらちらと振り返る俺に気になったのだろう、渚が心配そうに……、
「朋也くん、どうしたんですかぁ?」
と俺の顔を伺っている。ちなみに今、俺は渚の家に居候中だ。一応家はあるが、もともとあんな家に愛着なんてなかった。妙によそよそしい態度の親父がいるだけだった。そう、それはまるで赤の他人のような…。そんな家を飛び出して早半年が経つ。時々は見に行くこともあるが(これは渚や早苗さんに言われて仕方なくなんだがな…)、まあ元気でやってるみたいだ。窓に電気がついてるかどうか確かめる程度なんだけどな? で、今、何者かにちょっと尾行されている。まあ大体の見当はついているんだが…。
「あっ? ああ、何でもない…。それよりちょっと急ぐぞ? 渚」
「わわっ、朋也くん? 急に早足になってどうしたんですかぁ? 一体……」
そう言ってちょっと早足で歩く俺。渚ははてな顔になりながらもついてくる。当然のことながら尾行してるヤツもぶつぶつ文句を言いながら後をつけてくる……。小さくぶつぶつ文句を言っているようだ。背中越しから文句を言う声が小さく聞こえてくる。
「ああっ、変な岡崎さんがスピードを上げましたっ! 風子の尾行がばれてしまったのでしょうか? いえ! 完璧な風子の尾行をトンマの岡崎さんが気付くはずがありませんっ! って! こんなことを言ってる間にどんどん先に行ってしまうではありませんか! もう少し風子の速さにあわせて欲しいもんですっ! 最悪ですっ!!」
誰がトンマじゃい! と一人ツッコミを入れる俺。しかしこの珍妙な物の言い方は誰が聞いてもあいつくらいだ。そう思い後ろを振り返ると案の定ちびっこい体でこっちをこそこそと物陰から見つめる人影があった。って! それで隠れてるつもりか? はぁ〜…、とため息を吐きつつ人影にむかいこう言う。
「おい、風子! 隠れてるのは分かってるんだぞ? 早く出てこいっ!!」
ばっ! と、飛び出す人影。俺を見つめてちょっと驚いたような顔になりつつこう言う。
「わっ! み、見つかってしまいましたっ! 最悪ですっ! 風子、ちゃんとこそこそつけていましたっ! でもさすがは風子です。遠くからでも風子の可愛らしさで分かってしまうなんて…」
「いや、それ、大きく勘違いしてるぞ? …ってお前。わざわざ俺の後なんかつけて、一体何のようだ?」
人影の正体…、歩く小型台風(でも勢力は最強)、伊吹風子だった。“風子、台風なんかじゃありません! 岡崎さんは相変わらずの失礼魔王ですっ!!” と言いながら俺の顔をぐぐぐっと睨む風子。その顔が渚の膨れた顔と同じようですごく可愛らしい。と言うか今の俺の心の声が聞こえたのか? そう聞くと、このはっちゃけ娘は、
「当たり前ですっ! 小学生のような岡崎さんの思考パターンなんて大人な風子にはお見通しですっ!」
そう言って胸をそらす風子。なんだか悔しい。とは思ったものの、ここで風子の相手をしてると日が暮れるし疲れるだけだ。それにこいつはきっと俺に用事があってきたんだろう。普段ならいつも空き教室で星の彫刻を彫っているヤツだからな…。本人曰く、“ヒトデですっ!” と言うことらしいのだがあれはどこをどう見ても俺には星にしか見えん…。でもどんな用事なんだろうか…。あれやこれや考えてみるが思いつくことがなかった。直接本人に聞いてみたほうが早いだろう…。そんなことを0.01秒で考え、いまだに膨れっ面の風子に、どんな用事か聞いてみることにする。
「なあ、風子。お前、俺に何か用事があるんじゃないのか?」
そう聞くと途端にわたわたと手足をじたばたさせる風子。その格好はまるで小さな女の子が駄々をこねているようで思わず心の中で“ぷぷっ!”と笑ってしまった。相変わらず手足をじたばたさせて風子はこう言う。
「岡崎さんっ! 風子と一緒に二人三脚に出てくださいっ! 岡崎さんが足が遅いって言うことはわかってますっ! それを承知で一か八かの賭けで風子、頼んでますっ! もし断られたら、“岡崎さんは小さな女の子を公衆の面前で泣かせましたっ!” ってビラを貼ってやりますっ! それくらい風子は真剣ですっ!!」
もう何が何だかさっぱり分からんが、ようは俺をパートナーにして二人三脚走に出たいと、まあこういう訳だな? そう言うとこくんと頷く風子。う〜ん…。これと言って面白そうでもないしなぁ…。第一、パートナーがパートナーだからなぁ〜。そう思っていると風子が、“渚さんにいいところを見せられますっ! そのために風子と一緒に出てくださいっ!!” と言った。
「朋也くんがふぅちゃんと走るところ、わたしも見てみたいですぅ」
渚は俺の顔を上目遣いに見つめるとこう言う。む、むむむ…、その顔は反則じゃないか? 渚…。そう思った。でも…、とも考える。確かに渚にはいいところを見せられるかもしれない…。って! 何で風子が俺と渚のことを知ってるんだ? そう思って風子に聞くと、風子は実に何でもお見通しと言うような顔でふふふと笑みを零しながらこう言った。
「岡崎さんと渚さんが恋人同士って言うことはもう全校生徒が知ってますっ!! 風子がお姉ちゃんに聞いて噂を流したんですから当然でしょう…。春原さんはまだ信じてないようでしたけど…、他の皆さんは“やっぱりねぇ〜”ってな顔でしたっ!!」
はぁ〜。最近俺と渚を見る目がなにか違うように感じていたが元凶はこいつか…。って! これって弱みだよな? 改めて思い風子の顔を見るとぷぅ〜っと頬を膨らませながらもどことなしか嬉しそうな感じだ。はは…ははははは……。笑うしかない俺だった…。
…で、現在に至るというわけだ。あれから風子と練習もしたんだがはっきり言ってあまりうまく出来ていない。何せ俺の歩く足幅と風子の歩く足幅とが違いすぎる。それにさっき藤林にどうしてもと頼まれてリレーに出たのでもうへとへとだ。自分でも運動不足なのは認めるが、敢えてここは委員長・藤林に文句を言いたい。何で俺なんだ? 他に足の速いヤツなんて五万といるだろ? と…。でもこんなことを面と向かって言うと、気の弱い藤林は泣いてしまうかも知れんし、それより何より鬼より怖い杏の辞書攻撃が待っている。で、春原と同じようになるのは嫌なので引き受けたわけだが、結果がこれだった……。
「もう少し休ませてくれ〜。足がぶるぶるいってるんだ…」
「そんなぶるぶるは練習してるうちに治りますっ! 次の次なんですよっ? 二人三脚はっ! 風子は一生懸命練習しましたっ! 岡崎さんはそんな風子の努力を無駄にしようとするつもりなんですかっ? 超最悪ですっ!!」
「えっと、筋肉の痙攣はぷるぷるしてるところを摩ってたら2、3分もすれば治ると思うの。だから心配ないと思うの…」
黙って俺と風子のやり取りを聞いていたことみが言う。風子はふふんっとでも言わんばかりに胸を張る。
「ことみさんの診断も出たんですから、さっさと足を摩ってくださいっ! 摩ったらすぐに練習ですっ!」
「無茶言うなよ…。今すぐ練習だなんて…」
「岡崎さんは風子の弛まぬ努力を無駄にしようとするつもりなんですねっ? もう、激最悪ですっ!!」
そう言うと風子は前にも増してぷぅ〜っと頬を膨らませる。困った……。何を言っても聞かなそうだぞ? こりゃ…。春原に頼もうと思っても、“風子、あんな人は嫌ですっ!!” って言いそうだしなぁ。それに渚やことみや杏、挙句の果てに智代にまで告げ口されていろいろ文句を言われるのはもっと嫌だしなぁ〜。考えるがこれと言っていい案は浮かばず…。かといってこのまま止めたら告げ口されて春原と同じ目に合わされる。何としてもそれだけは避けたいのだが、如何せん体のほうは正直なもので……。ちくしょう…、全力疾走なんてするんじゃなかった…。風子の顔をちらと見る。無言のままぷぅ〜っとリスが頬袋にいっぱい餌を詰め込んだかのように膨らまして、上目遣いに俺の顔を睨んでいる。どうするかなぁ〜。
足を摩りながら他のチームの練習を見ていた。って! 春原も出るのか? 横の子は芽衣ちゃん? 何で芽衣ちゃんが? と考えて思い出した。そうだ…。3連休だからって遊びに来てたんだった。俺と渚のところにも挨拶に来てたんだったっけ? その後方には…、杏と智代か? 隣にはオッサンと早苗さん、それに公子さんと祐介さんだって? な、何なんだこの二人三脚は! そう思いプログラムを見る。なになに?…、二人三脚リレー? リレーだって? い、いーっ?! 思わず春原のように叫んでしまった。しかも生徒会主催の、生徒・保護者・来賓有志競技だぁ〜? ふ、風子、これはどういう意味だっ? 訳も分からず聞くと、
「岡崎さん、最近とても運動不足ですからねっ? ふふふふふふっ……」
と、不気味に笑っている。……何か変な余裕さえ感じる風子。それに引き換え驚いて顔が引き攣る俺。だ、誰かの陰謀か? と考える。こんなことが出来るのはやはり生徒会か教職員のどちらかだ。この学校はどちらかというと生徒会のほうに権限があるらしい。…と言うことは? 現生徒会長のほうを見る。俺に向かいピースサインを送る生徒会長、坂上智代。愕然とする俺に自慢げに胸を反らして風子が言う。
「岡崎さんが風子と走るのがとてもいやそうだったので、風子、生徒会長さんの智代さんにお願いしてみましたっ! 智代さんも分かってくれたみたいで、“そうだな…、何とかしてみよう”って言ってくれました。どうですかっ! 岡崎さん。これでもう岡崎さんは風子と一緒に走らなければいけなくなりましたよ? ふふふふふっ…」
策士だ…、悪魔だ…、腹黒だ…。とは思うものの、喋っている間に風子はもう自分の足と俺の足に紐を通してしまっていて身動きが取れない。いや無理をすれば風子を抱いて逃げることも出来るのだろうが、そうすると…。向こうを見る。智代が俺のほうを見ながら自分の首に手を持っていき、すーっと一本線を引くと親指を下に下げてにやりと笑っている。もう、走るしかない俺だった。
「春原と芽衣ちゃんが最初、あたしと智代が中盤、アンカーがあんたと風子ね?」
「ちょ、ちょっと待て! 何で俺たちがアンカーなんだ? アンカーだったらお前たちのほうが適任じゃないのか?」
「あ゛あ゛っ?」
杏はそう言うとキュピーンと目を光らせる。迫力のある顔に一瞬怯むが、俺は春原のようなヘ○レじゃない。そう思い直し、ぐぐっと睨み返した。しかしこうして見ると、こっけいな面子だな? 可愛くてしっかり者の妹にダメでヘ○レでオッパイ魔人な兄貴、喧嘩番長2人組、校内一の不良にはっちゃけ娘か…。
「岡崎、何か今僕に対して失礼なことを考えてたように思うんだけど?」
「ああ、お前がこけて芽衣ちゃんに“お兄ちゃん、サイテー” とか何とか言われてひぃーってな顔になってるところを想像した…。最高だった。ぷははは…」
「あんた、やっぱりいつでもどこでもどんな時でも鬼っスねー!! ……くそぅ、見てろよ岡崎! 僕を本気にさせたことを後悔させてやるからなっ!!」
そう言って春原はまたキレる。相変わらずどこかのキレ芸人のようだ。まあ、こいつは何だかんだ言っていいヤツだしな。こうでも言ってやらんといつものような負け犬みたくなるだろうからな。そう思って横を見ると芽衣ちゃんがぺこっとお辞儀をしていた。気付いてたんだな…。春原の妹にしておくのはあまりにもったいないよな…。いっそ俺の妹に…。そう思っていると突然横から氷のような視線が…。
「岡崎さん、渚さんに言いますよっ?!」
むむむと言う声も聞こえてきそうなくらい、眉間にしわを寄せてそんなことを言う風子。余談だが渚は怒るとものすごく怖い、と言うかこっちの罪悪感が膨らんでしまう。泣きながら怒ってくるから余計に感じられるんだが…。可愛い顔も時として厄介なもんだと思う今日この頃。風子を見ると相変わらず眉間にしわを寄せて俺の顔を睨んでいた。
「ま、まあ、落ち着いて話し合おうや? なっ? 風子…。れ、練習とかもしないといけないんだしよ?」
そう言って話を逸らしてみる。他のヤツならともかく風子はこういう切り返しはあまり得意じゃない。もう半年近くあれやこれや付き合っている俺の覚えた技なんだろうな…。そう思いつつ横を見ると、案の定、“そ、そうですっ! 練習ですっ! 岡崎さん!!” と言いながら俺の足に自分の足をくっつけて紐で結び直す風子。まあ、適当に頑張ってきますかね? こいつと席で応援している渚のために…。そう思う俺だった。
“プログラム18番…、生徒会推薦…。生徒・保護者・来賓代表有志種目、二人三脚リレーです…”
アナウンスが流れる。入場門から俺たちが出ていく。“あっ、あれ、不良の岡崎じゃないか? 何であいつが出てるんだ?” とか、“春原ー、負けちまえー!!” とか言う野次が飛ぶ。俺は言いたいやつには言わせておけと言う顔で素知らぬ顔で野次の中を進んだ。春原は“今言ったヤツ、出ろやこらーっ!!”などと言ってメンチを切りながら進んでいくが、天敵のラグビー部の固まる集団の中だけは、まるで盗みに入ったコソ泥が家の玄関がかちゃっと開いた時のおどおどとしたときのようにこそこそと進んでいた。芽衣ちゃんはそんな兄に健気に寄り添っている。そんな兄妹を見て、少なくとも俺の知ってる仲間は微笑んでいることだろう。そう思った。
「勝負だからな…。負けはしない…」
「望むところです」
俺と祐介さんはそう言い合う。オッサンと早苗さんは渚に手を振っている。幸村と美佐枝さんは準備体操の真っ最中だ。って! じいさん、あんた走れるのか? 走ってる途中で心臓発作で死亡だなんて洒落にならねえぞ? そう思っている俺に余裕の顔で幸村のじいさんは言う。
「まだまだわかいもんには負けんぞい…」
まあ、若い頃には不良生徒を千切っては投げ千切っては投げしていたんだから(公子さんから聞いたんだけどな?)、まあ大丈夫だろう。美佐枝さんはというと、準備体操に余念がない。春原はそんな美佐枝さんの胸の辺りを見て囁くように俺に言う。
「やっぱり大きいよね? 美佐枝さんのおっぱいは…。あれが走るたびにぶるんぶるん揺れるんだろうなぁ…。へへへっ…」
そう言うと妙ににやけた顔になる春原。後ろにいる芽衣ちゃんのほうを見ると、案の定はぁ〜っとため息をついている。“もう、お兄ちゃんったら…” って言う芽衣ちゃんの心の声が聞こえてきそうだ。情けない兄にしっかり者の妹。いっそ俺の妹になってくれと言いたい。
ところで……、向こうのリレーの順番はどうなってるんだ? ちょうど準備体操をしていた智代に聞くと?
「ああ、最初が幸村先生と美佐枝さん、次が古河のお父さんとお母さん、アンカーが芳野さんと伊吹さんだな? そういえば、伊吹さんと風子は姉妹だったか…。まあ、面白いものが見られそうだな? ふふふっ…」
「お姉ちゃんが風子の相手なんですね? 大好きなお姉ちゃんですけど風子は手を抜きませんっ! だってリレーに勝ったら渚さんとおまけの岡崎さんがヒトデ探しに連れて行ってくれるって…。風子、渚さんと約束しました。んーっ! 楽しみですっ!! そういうことなので、岡崎さん! 負けることは許しませんっ! この勝負、必ず勝ちますっ!! もし負ければ岡崎さんを丸坊主ですっ!!」
風子…。お前、無茶苦茶言うのな…。でも俺の知らないところでこんな密約が交わされてたとは…。“渚、条件を出すならもう少しましな条件にしてくれ…” と俺は渚のほうを見て一言心の中で呟いた。そんな俺の心を知ってか知らずか渚はにっこり微笑んで“朋也く〜ん、ふぅちゃ〜ん、頑張ってくださ〜い。お父さんもお母さんも頑張ってくださ〜い” と無邪気に応援している。そんな渚にはぁ〜っとまたため息をつく俺がいるのだった。
“そろそろかねぇ〜?” と言う美佐枝さんと、“そのようじゃの…” と言うじいさん。春原と芽衣ちゃんもスタートラインに並ぶ。いよいよか…。そう思った。スターターが右手に持ったピストルを高々と挙げる。耳に聞こえる野次と声援。そして、パーン…、とピストルが鳴った。
俺の背中で気持ちよさそうに寝息を立てている風子。渚はくすくす笑いながらそんな風子を見つめている。公子さんや祐介さん、オッサンや早苗さん、杏に藤林にことみに智代、春原に芽衣ちゃん、美佐枝さんに幸村のじいさん、みんな、風子のことを優しく見つめながら校門へと向かっていた。
「しっかし驚いたわ。あんたたち、意気ぴったりだったじゃない?」
「ま、まあな……」
「でもすごかったですよ? 岡崎くんと伊吹さんのあの追い上げ…」
杏と藤林がそう言う。オッサンは、“ちっ! 今日はてめぇと風子にしてやられたぜ…”と悔しそうに俺と俺の後ろの風子の顔を見遣る。いや、ただ俺は丸坊主が嫌なだけだったんだとは口が避けても言えず…。風子は相変わらず俺の背中ですやすや…。はぁ〜っと今日何十回目になるのか分からないため息をつく。寝言か…、耳元で風子が囁いた。
“岡崎さん…、ヒトデがいっぱいですぅ〜。ふふふふふふふふぅ〜…”
多分俺と渚とみんなと一緒に海に行く夢でも見てるんだろう。まあ、秋の海も静かでいいかもな…。ちょっと寒いけど…。風子の寝言を聞きながら俺はそう思った。夕焼けが目に染みる今日10月9日、俺の学生生活最後の体育大会だった。
END