笑撃の半日


 突然だが困ったことになった。俺の嫁である智代が何故かは知らんが、ちんちくりんの子供になっていた。一瞬、へっ? とアホな顔になってしまって、“だ、誰?” と問いただしてみると、どうも俺の嫁であることが分かる。しかし何でまたこんなろくでもないことになってしまったんだ? と思う。智代の異母妹で普段溺愛しているともに聞いてみたところが、“ともが学校から帰ってきたらお姉ちゃんがいなくてこの子がいたの…” と言うことらしい。と言うことは午前8時半から、午後の2時くらいまでの間に何かがあったんだな? と思うわけだが…。嫁は見た目が18歳くらいも若返っているので、本当に幼女と言う面立ちになる。弟の鷹文に連絡しようと思って携帯からかけようとして思い出した。そうだ、あいつ、今晩から旅行に行くとかでいないんだったな? 嫁と結婚してから早8年、義弟・鷹文のほうもようやくこの春ゴールインした。言わずもがな元彼女の加奈子だったと言うオチなわけだが、それでも俺は良かったと思っている。まあ時々と言うか毎日と言うかどちらかが家に来ては惚気話やらぷんすか怒りながらいろいろと愚痴やらを言ってくるのでそれには少し閉口するが…。
 と言うか今はそれどころじゃないんだった。とあれやこれや騒動の発端になったものを探す俺だったわけだが、どこにもそれらしい物体は見受けられず…。嫁の目線にまで下がって、どうやってこんなちんちくりんな体になった? と問うてみるものの、怒られたと判断したのか嫁はいつもの定位置にお隠れになってしまう。はぁ〜っとため息を一つ。“もう怒ってないから出ておいで〜” と言うと、おずおずと定位置の押し入れの戸を開けでひょこっと顔だけ出して上目遣いにこっちを見つめてくる。“ほらほら〜、出ておいで〜” と更に言うとだだだだっと出て来てばふっと俺の体に体当たりでもするかのごとく、思いっきりぶつかってくる。鳩尾に鈍い衝撃が走るが、ここは怒ってはならぬ怒ってはならぬと自分自身に言い聞かせて、どうしてこんなちんちくりんな体になったのかを聞いてみたんだが…。
「ともよ、難しいこと分からないの…。それよりお兄ちゃん、ともよと遊んでよぉ〜?」
 とまるで他人事のように言っては俺に遊びの催促をしてくる。見るからに18歳くらいは若返ってるよな? と嫁の体をじろじろ眺めていると、“お兄ちゃん! もう、そんなにじろじろ見ちゃダメなんだよ〜っ!!” と最近何気に色気づいてきたともに言われる。8年前はあんなに幼ない感じがしてたのだが、8年の歳月はこうも変えてしまうものなのかと思った。にしても今晩の食事はどこだ? と探してみるものの当然嫁がこんな姿になっているため作っているわけもなく。外食かな〜っと思ってともと嫁に言うと2人は小躍りしながら喜んでいた。と言うか、とも…。状況の飲み込み速度異常に早っ! と思ったのは俺だけだろうか?


 レストランに来た。と言っても近くのファミレスなんだが…。ともはもう適応したのか嫁の手を引いて歩いている。その適応能力に驚愕したのは言う間でもない。さて何をすればいいのやら、と一瞬考えるもともかく座席に座らにゃ始まらん。と座席に座る。嫁には少々座席のほうが高かったので子供用の携帯? 型の座席を店員に取ってきてもらった。座らせると早速、“ともよ、お子さまランチ〜” とにこにこ顔だ。今週は嫁の誕生日と言うこともあって先にプレゼントを買っておいたのでいわゆる金欠状態なわけだが、よりにもよってこんな時に限って非日常な事態に巻き込まれるとは、思ってもみなかった。とお子さまランチと、後は何だ? とともに聞く。これ…、と指さしたものはうどんだけだった。普段ならもう少し食べるのに…、と顔を見ると何だか俺の心の中を見透かして言っているのがありありと分かる。まあ何だ? 育ち盛りの子供がそんなうどんだけって言うこともないだろう? そう思い焼き肉も一緒に注文してやった。“お兄ちゃん、いいの?” と聞いてくるので、“ああ、いざと言うときのために残してあるへそくりがあるからな?” と、言ってやる。にっこり微笑んで、“わーい、ありがとうお兄ちゃん” と言いながら飛びついてくるとも。わずかに膨らんだ胸の感触が俺の顔を赤くさせたことは言う間でもない。
 さて俺は何にするか…。と考えたが、出費はなるべく控えたい。が気付かいのいい嫁の異母妹もいるので、ある程度はボリュームのあるものを食べないといけない。うむむむむ〜っと難しい顔をしながら悩んでいると、とあるデカ盛りの時間内に食べられればお値段チャラなデカ盛りメニューの広告が目に留まる。これだ! と早速店員を呼んでそのメニューを注文した。出てきたそれは、深くてどデカい壺に入ったものだ。1時間以内に食べきれば値段はチャラになると言うので、脇目も外聞も気にせず無我夢中で食べる。途中で意識が飛んだりしたが気がついたら食べきっていた。時間はと聞くと実に悔しそうな感じで、“59分51秒10です…” と店員。まああと9秒遅かったらそのメニューの代金を支払わなければならなかったので、店員にしてみれば悔しいことこの上ないことだったろうが、俺にとっては非常にありがたいことこの上ない。おまけにファミレスのタダ券までもらい、意気揚々と出たまでは良かったのだが…。腹もこなれていないのに歩いて帰ったものだから、急に気持ち悪くなってしまい途中から全力疾走で走って帰ってそのままトイレへ駆け込むと言う非常に情けないことになったのは言う間でもない。
 トイレから出てくる。いや〜、人間あんなに腹の中に入るものなのかと思うぐらいのものをリバースしたわけだが…。もうタダ飯は食わんぞ? と心に深く刻み込む俺。と同時にどこかの腹ペコ王のように腹がぐるぐる言い出す。改めてコンビニへでも買い出しに行くか〜っと思いきや、風呂と言う最大の足枷が待っていた。ともに任すかとも思ったが、こう言うところには得てして嫌そうな顔をするので、俺が入るしかないのかなぁ〜っと思う。いっそのこと今日は風呂なしで…と思い、そう言ってみるところが、“お兄ちゃん、お仕事で汗かいてるんだからダメっ!!” といつになく強い口調でともに言われてしぶしぶ風呂を沸かす。沸かしている途中でともに何とか智代を入れてくれ〜っと頼み込むのだが…。
「お兄ちゃんのお嫁さんなんだからお兄ちゃんが一緒に入るのが一番いい!」
 と少し拗ねたときの嫁に似た表情で言われる。幼女化して思ったのだが、嫁は何と言うか女の子のなかでも一際女の子と言う感じがしたわけだ。とても中学・高校時代、不良どもや春原なんかをちぎっては投げちぎっては投げしていたようには見えない気弱で性格の大人しい感じに見える。そんな感じの子だからますます困る。“どうしても入らないとだめか?” と聞く俺に、“あとわたしも入るんだからちゃっちゃと入っちゃって!!” と、ますます強い口調で言われて仕方なくしぶしぶと言う感じで風呂場に向かう。当然のように幼女化した嫁が無邪気に微笑んで服を脱ごうと必死だ。ええ、ままよ。と言うことで風呂にどっぽ〜んと入った。入ったことは入ったがどうやって体を洗ったのかまでは覚えていない。気がつけば小さくなった嫁がパジャマに袖に通しているところだった。俺はと見るともうパジャマは着ている。
 何だか訳の分からんうちに最大の足枷も越えてほっとしている間もなく腹の虫がぐるぐるぐる〜っと盛大な音を鳴らした。そうだ、夜食だ、ラーメンだ! とばかりに近くのコンビニに走り込んでカップのデカ盛り坦々麺っていうのを買って帰って来た。この時間3分30秒ちょいだと言うんだから驚きなわけで。そんなこんなで帰ってくると嫁と嫁の異母妹とがもう寝ている。特に嫁なんかはすぅすぅと規則正しい寝息を立てて寝ていた。そんな中でラーメンを食う俺。普段インスタントは嫁があまり食べさせてくれなかったりするので、これほど美味いものはないと最後の一滴まできれいに食ってようやく俺の腹の虫も収まった。時計を見ると午後11時半。我が家ではもう寝る時間だ。明日は嫁の小さくなった原因を探さなくっちゃな〜。会社には悪いが1日休みをもらおう。そう思い目を閉じる。眠りの世界に入るにはそう時間はかからなかった。


 チュンチュンと雀の囀る音とともに目が覚める。昨日は一日とんでもない日だったなぁ〜なんて考えつつ、布団の中から出ようと思ってふっと隣りを見ると、いつもの顔で眠っている智代の顔が見える。ふふっ、寝顔はやっぱり可愛いもんだ…と思いつつ、んんっ? と違和感を覚える。確か昨日は幼女化してたよなぁ〜っと…。触る感触はいつものあの智代だ。…って! 何で元に戻ってるんだ? と思いガバッと布団をめくりあげて思わず鼻血が飛び出そうになった。パジャマも何もビリビリになって一糸纏わぬ姿で眠っている嫁の艶めかしい姿があったからだ。まあ結婚してそれなりに嫁の一糸纏わぬ姿を見ている俺ではあるのだが…これは何と言うか、思いっきり赤面してしまう。と、取りあえず布団をかけようと思い布団を嫁の体に持ってこようとして、目が合った。ちなみに智代の異母妹・ともは今もすやすや眠っている。一回寝るとどこまでも寝る子でまた目覚めが非常に悪いので、どこぞの爆睡眠り姫の因子でも含んでるんじゃ? と心配になっているわけだ。
「よ、よう、おはよう。今日もいい天気だなぁ〜」
 そう言う俺に、目を擦り擦り俺の目線に合わせて自分の体を見る嫁。“寒いから布団をかけてくれないか?” と至って冷静に言う嫁に、拍子抜けしたように、“ああ、はいはい” と布団をかける俺。な、何だぁ〜っと頭の中がパニック状態になるが、嫁は至って冷静に下着を持ってきてくれ〜だの服とズボンを取ってきてくれ〜だのと言う。その通りにすると着替え終わった嫁が何だか嬉しそうに朝飯の準備に取り掛かっていた。昨日のアレは俺の夢か幻か? とも考えたがそれにしては風呂場や寝床でのリアルに感触が残っている。ふんふんふふ〜ん♪ と鼻歌を歌いながら昨日はさぞ嬉しいことがあったような感じで陽気な嫁。そんな嫁の態度を実に不可解に思い、“なあ?” と聞いてみると、一瞬ビクッとなったかと思えばギギギギッとぎこちなくこっちに振り返り、これまたぎこちない笑みを浮かべて、
「な、何だぁ〜? と、ととと朋也。ききき昨日はべ、べべ別にことみの作った若返りの薬を飲んで小さくなって驚かしてやろうとか、レストランでお子さまランチが食べたかった〜っとか、朋也に背中をごしごしされたかった〜とかもっと甘えたかった〜なんて言うことは決してこれっぽっちもないんだからな?」
 と全てゲロッた。と言うかそんな薬本当に出来たのか? とは思うが相手が相手だけに真実味を帯びてくる。と言うかそう言う薬がもう出来ているのか、と思ったわけなんだが…。このことを後でことみ女史に話すと、“あれってそう言うお薬なの。朋也くんも飲んでみる? …でもそんなに効果があるなんて知らなかったの…。ちゃんとメモしておくの” と言いながら紙に何やら訳の分からん記号を書いていたが、まあそれはまた別の話なのでここでは端折らせてもらうが…。しかしこの嫁の慌てっぷりを見ると何だか可愛くてたまらなくなってくる。思わず手を取ってギュッと抱き寄せてしまう。抱き寄せられた嫁は怒られると思っていたのかどうかは知らないが怯えた声で、“お、怒ってないのか?” と囁くように言う。“最初は怒ってた。でも智代も悪意でやったわけじゃないんだろ? ちょっと驚かしてやろうって思っただけなんだろ? だったらいいや。こっちも子供の頃のお前に出会えたような感じがしたしさ…” と言うと、顔を真っ赤にしてだだだだっといつもの定位置へ行ってしまう。へっ? と一瞬アホな顔になる俺。“今回は何もやってないよね? 何も悪いことしてないよね?” と思いながらいつものように定位置にお籠もりになられた嫁の説得に費やされる今日10月15日朝、嫁はまた1つ女性の階段を昇った。

END