こんにちは赤ちゃん
「ちょっとは落ち着け! 赤ん坊ってのは女から産まれてくるもんなんだからよ…。第一おめえがそうじたばたしてたってしょうがねーだろ?」
「そ、そうは言ってもさ〜。僕の子供が生まれるんだよ? 心配しない方が無理ってもんじゃない?」
オッサンがどん! と構えた表情でこう言う。僕はそう言い返してやる。僕の妹・芽衣は“お兄ちゃんは…” と言うような顔で僕の顔を見つめていた。ここ町の大病院の産婦人科の分娩室の前、僕はお産に立ち会ってるわけで…。誰の? と聞かれるとちょっと困るんだけど、一応僕の子供なわけで…。そうそう、立ち会うって言ったら岡崎は自宅分娩だっけ? そう聞くと“ああ、そうだけどなぁ〜。でも自宅分娩は大変だったぞ?” と言う。岡崎の横、渚ちゃんを見てみる。こんな小さくて弱い体なのに、よく汐ちゃんを産んだもんだと思う。そう言う僕ももうすぐ父親になる。父親になる心境はどうか分からないけど、多分岡崎も同じ気持ちだったんだろう。横で渚ちゃんと楽しそうにお喋りしている岡崎を見てそう思った。ちなみに汐ちゃんは、風子ちゃんのところに預けてあるんだって。あまり騒がれると分娩に気障をきたす恐れがあるとかで渚ちゃんと相談して預けてきたんだって。まあ杏に限ってそんなことはないとは思うけど万が一のことを考えてくれたのかな? そう思うと何だか嬉しい。何だかんだ言って僕のことを真剣に考えてくれる岡崎は本当の友達だと思う。もちろんここにはいないけど智代も友達だと僕は思う。風子ちゃんやことみちゃんも同じだ。この間はことみちゃんのお誕生日とかで杏が何やら仕掛け人になって大成功を収めたとか…。杏が出張から帰ってきた僕に嬉々とした表情で話してくれた。もっともその代償は隣りで“もうそろそろ産まれてもいい頃だな?” と病院に立てかけられている壁掛け時計を眺めながら言っている岡崎に集中していたのは長年の勘として分かる。出会った頃はこんな人のいいやつじゃなかったのに変われば変わるもんなんだね? と思いつつ、分娩中と言う赤ランプを見つめる。この中で僕の愛する妻が頑張っている。そう思うと自然に手を組んでいた。
「無事に産まれてきてくれ……。お願いだから…」
「大丈夫、大丈夫ですっ。春原くん。杏ちゃん頑張り屋さんですから…」
渚ちゃんが僕の手を取って真剣な目をしてそう言ってくれる。岡崎も、“心配するな、春原…。お前の嫁だろ?” こう言うと、僕の肩を叩いてくれる。その顔が一種のユニゾンかどうかは知らないけど同じような顔だったんで緊張していた僕の心を一瞬でもほっとさせてくれたことは言うまでもない。でも…、渚ちゃんは自宅分娩っていう分娩方法を取っていて大変だったらしい。“俺も横で見ていたが男にはあの壮絶なシーンは真似できないと思うぞ?” とは岡崎の弁だ。なるほど母さんがよく僕や芽衣を産んでくれたもんだと思ったほど。父さんも今の僕みたくあわあわ慌てていたんだろうな? そう思うとほっと心が楽になった。だんだん落ち着いてくる。ふぅ〜っと深呼吸して横を見ると渚ちゃんが微笑んでいた。
杏が産気付いたのは、午後6時半、今から3時間前と言うことになる。僕が会社から帰宅してすぐだったから、すぐに支度して行きつけの町の大病院の産婦人科に運んだ。まあそんなに苦労もせずに運べたのは杏の日頃の行いかな? と思う。僕だったらそうは行かないだろうな? とも思った。町の大病院、岡崎は昔、ここの原っぱで子供の頃はよく遊んだもんだと言っている。オッサンも同じだったみたいで一種の哀愁漂う雰囲気で建てられた病院を見つめてたんだと岡崎から聞かされた。そうしてぼ〜っと外のほうを眺めていると、いきなり、
“おぎゃー、おぎゃー”
と言う元気な声が聞こえてくる。“おっ? どうやら無事生まれたみたいだな? おめでとう、春原” そう言う岡崎に、“ありがとう、岡崎” と笑顔で答える僕。自分で言うのなんだけど、昔の、そう高校時代のやさぐれていた頃の僕じゃない、守るべき存在もいる。そして新たに守るべき存在が増えたんだ。そう思った。と少し間をおいて、また“おぎゃー、おぎゃー”と言う声が聞こえてくる。双子か…。そういや双子って遺伝するんだよね? 杏と委員長みたいにさ…。でも杏と委員長って一卵性だったのか二卵性だったのか、僕もよく分からないんだけど、顔が似ているから多分一卵性なんじゃないかな? と思う。まあそれは今はどっちでもいいんだ。そう思っていると岡崎が“またまたおめでとう、春原” そう言って微笑んでくれた。渚ちゃんも岡崎と同じように、“おめでとうございます。陽平くん”と岡崎と同じように微笑んでくれた。芽衣もオッサンたちも優しく微笑んでくれた。みんな、ありがとう。僕は何も言わずぺこっと頭を下げる。先生が出てくる。僕の方を見て、
「おめでとうございます。男の子2人、一卵性双生児ですよ?」
とマスクを取りつつ笑顔でこう言う。“初産にも関わらず比較的安産で、こっちが拍子抜けするくらいでした。さあ、とりあえずお父さんは中へ…” こう付け加えると僕を分娩室に入れる先生。僕の後ろの方でパチパチ手を叩く音。そっと後ろを見遣ると、岡崎たちが手を叩いて祝福してくれていた。特に岡崎と渚ちゃんは、“おめでとう”と心の中で言っているみたいだった。
分娩室に入ると僕の最愛の嫁・杏が疲れきった、でもどことなしか母親になった顔で台の上で僕の顔を嬉しそうに見遣っている。僕も何だか嬉しくなって、“ありがとう…。そしてお疲れ様” そう言って優しく杏の頭を撫でてやった。杏はうふふっと笑ってこう言う。
「ありがとうはあたしの台詞よ……。こうやってあんたと家庭を持つことが出来て、あたしや赤ちゃんのことをいつも気にかけてくれて…。本当に嬉しかった。高校時代は朋也とよくバカやっててよくあたしの辞書攻撃や智代の蹴りなんかも受けてたあんただけど、それだけじゃないって言うところも見つけられた。あたしが落ち込んでたときには盛り上げてくれたし、泣きそうになったときには何も言わずに抱きしめてくれた。そうして今も…、こうして頭を撫でてくれている…。だから…。だからね? 陽平…。あたしなんかと一緒になってくれて、本当に感謝してるんだ…」
そう言ってまた微笑む僕の最愛の嫁。横では2つの新しい生命が“生まれたぞ〜っ” とでも言わんばかりな大きな声で泣いている。父親になったっていう意識はないけど徐々に僕も父親らしくなるのかな? そう思う。僕の家族…。物語はこうやって始まるのだろうか。前に杏と一緒に行った旅行地で手に入れた指輪はそのまま結婚指輪として僕たちの指に輝いている。それはまるで僕と杏の赤い糸のように…。
「ほ〜ら、汐。今日からお姉ちゃんだぞ〜?」
1週間後。一般棟に移された杏と僕の子供を見に岡崎が渚ちゃんと汐ちゃんを連れて見舞いにやってきてくれた。にこにこ微笑んで僕の子供を見つめる汐ちゃんの顔が可愛らしくて仕方ない。で、僕の子供のほうだけど、顔が真っ赤なものだから病気か何かかな? と心配になって看護師さんに聞くところが“赤ちゃんはみんな顔は赤いものなんですよ? だから‘赤ちゃん’って言うんです。しっかりして下さいね? お父さん” って言われて杏からも大笑いに笑われて、恥ずかしかった。つい昨日のことだ。杏は母乳で育てるんだそうだ。産まれた日の翌日から看護師さんに母乳のお出し方を教えてもらっていた。まあ胸は大きい方だから母乳もたくさん出るだろうと僕は思う。そうういや初乳はもう飲んだんだっけ…。母乳を与えている母親とはこんなに神々しいものなのかと改めて気づかされる。とともに高校時代の自分の馬鹿さ加減にうんざりしたもんだ。“おっぱいぷるんぷるん”なんてよく言えたもんだよな〜って思う。これが父親になって分かったことかな? そうそう、2人の名前を決めた。杏と話して決めた名前…。上が“翔平”、下が“純平”だ。空に駆け上がれるくらいの優しさを持てるように、そして純真さをいつまでも持ち続けられるようにそれぞれつけた名前。大きくなって誇りに思ってもらえると嬉しい。と、あとは…。
「汐ちゃん。先生の子供だよ〜?」
そう言って汐ちゃんに微笑みながらそう言ってぷにぷにした頬を優しい手で撫でている僕の愛する嫁…、いや、これからは家族か……。かけがえのない僕の家族、頑張って守っていこうと改めて心に誓う今日は僕に家族が出来て1週間目の午後だ…。
END