虫の音が聞きたい


 夏から秋へと移り変わる9月も9日を過ぎた今日は俺の高校時代の悪友である藤林杏と同じく俺の高校時代のクラス委員長である藤林椋の双子姉妹の誕生日だ。まあ紆余曲折いろいろあって今はそれぞれの家庭で暮らしているわけだが、ここに来るまでいろいろとあったなぁ〜と感慨深げに思う。嫁である渚は最近折り紙にハマっているらしく汐と一緒に折り紙を折っては俺に“なにか当ててみてください” なんて言ってくる。折り紙と言って馬鹿にする勿れ、渚の折る折り紙は立体的に出来た本物そっくりのものだ。この前は象を折って汐に“すごいねぇ〜” って言われて照れていたっけか? だからかどうだかは知らんが、最近は杏の保育園なんかからよく誘いの電話が来るそうだ。他に何が折れるのか聴いてみたんだが、“何でも折れますよ?” と言うことなので初秋と言うこともあってか鈴虫を折ってくれ…と頼んでみた。これが後々で大変な事態になるのだが…。一生懸命に折っている顔を見てこっちも何だか真剣な顔になる。そうこうしているうちに出来たのか、ふぅ〜っと一息吐いて“出来ましたよ? 朋也くん” と折った折り紙を見せてくる。鈴虫が羽を広げて今にも鳴かんばかりな恰好でいる。おお、ここまで再現率が高いのかと素直に感動を覚えて見ていると汐がこんなことを言ってきた。
「パパ、それって何の虫?」
 と…。街中は自然がない。ここら辺も10年前とは大分街の様子が様変わりしてしまっている。便利にはなったがその分自然に触れるチャンスがなくなっているのも事実なわけで、俺としては子供にはもっと自然に触れて欲しいと思っている。図鑑を持ってきて汐を膝の上に座らせて一緒に見ていく。パラパラとページをめくる音も心地よく見ていくうち、あっ! と汐の声。見つけたか…、と思って図鑑を見ると案の定折り紙と同じような格好の写真があった。“鈴虫って言うんだね? この虫。リーンリーンって鳴くんだ。でも本当にリーンリーンって鳴いてるのかな?” とちょっと不思議そうに首を傾げる娘に、“じゃあ杏先生のお誕生日にでも聞きに行こうか? 本当にリーンリーンって鳴いているのかどうか…” と言うとうん! と笑顔で頷く娘。嫁と顔を見合わせてにっこり微笑みあった。
 春原の家に連絡してみたところ即座にOKの返事をもらう。と言うか誕生日に何をしようか悩んでいたところにちょうど俺が電話を掛けたとかでまさに渡りに船状態だったとか…。もう少し悩ませておくんだったか? とは思ったが、電話の向こうではしゃぐ声を聞いているとその気も失せた。“で、どこに行くの?” と杏。行くとは言ったが具体的にどこそこに行くとは決めてなかったな? とちょっとしどろもどろになりつつある俺に嫁が、“朋也くんのお祖母さんのおうちのほうです” と言ってくる。“あっ、そうなの? じゃあ椋と陽平にはあたしから伝えておくわ…。それと誘ってくれてありがとうね” そう言って電話は切れた。
 渚のやつめ、俺が今年田舎に帰ってないのを見越して言ったな? などと考えて後ろを見ると嫁はちょっとぷぅ〜っと頬を膨らませて軽く俺の顔を睨んでいる。“何か悪いことでも言いましたか?” と嫁。それに気圧されて、“い、いや、な、何でもない…” と俺。女は子供を産むと強くなるとは聞いていたがこれが世の常なんだろうか? いやしかし、春原のところは逆に春原が強いいわゆる亭主関白的な感じだし、勝平のところも同じようなものだ。と言うことは尻に敷かれてるのは俺だけか? ぐおっ! と精神的にダメージを喰らう。とは言え、うちの嫁には何物にも恐ろしい、“ウソだっ!” と言う文言がある。あれを言われて反論なんて到底出来っこないのは周知の事実だ。あああっ、悲しいったら悲しいなぁ〜…、と心の中で滂沱の涙を流す俺がいた。


 で、当日になる。事務所に半休をもらい昼ごろに帰宅して車に泊まりの荷物やらを詰め込む。まあ会社のほうは社長以下全員が、“久しぶりにのんびりしてきてくれ” との優しい言葉を掛けてくれた。先輩である芳野さんの言うところの、“愛” と言う言葉がぴったりくるな。そう思った。まあその分お盆休みは返上して頑張っていたわけなので今回のはその返礼なのかも知れないが…。車はちょっと古いタイプの10人乗りのバンを借りた。まあ2泊3日を予定しているのでこれで1万5000円は高いのか安いのかはレンタカー市場には明るくないので分からんが、いいだろう。そうこうしているうちにいい時間になる。もうそろそろ来るんじゃないだろうか? などと考えていると、“あっ、岡崎く〜ん” と椋の声が…。振り返ると2家族が勢揃いしてにこにこしながらこっちへ来るところだった。“ああ、すまんな。もう少しだけ待っててくれ” と言って土産物を詰め込む俺。と言うか渚。こんなに土産物を買ってどうする気だ? と思っていると、“お義父さんには普段からお野菜とか送ってもらっていますので…” そう言いながらにんまりと笑う。にっこりではなくあくまでにんまりとだ。
 ここで俺が何か嫁の気の差し障るようなことを言うと絶対最恐なあの言葉が返ってくるに違いない。そう思うと何も言えず仕舞いでそそくさと荷物を詰め込んだ。親父とは一時期疎遠になっていたがその親子の関係を修復してくれたのが嫁の渚一家だ。親父からも、“渚ちゃんや渚ちゃんご一家の方々には感謝してもしつくせん” と言っていたことを思い出す。俺も親父と同じ気持ちだからかそのことに関しては本当に頭の下がる思いだ。幹線道路から高速へ乗る。ここから1時間ばかり走って高速を降り、さらに30分くらい走った場所が親父の実家だ。
 車内では杏が保育園仕込みのいろいろな歌を歌って汐含む子供たちは一緒に歌ったりして楽しい雰囲気を醸し出していた。運転していてこれほど楽しい気分は久しぶりな感じだな? と、何故か高校時代を思い出す。隣りで地図を見ながら他愛ない話に華を咲かせている親友・春原と1つ後ろの席でその俺たちの会話を楽しそうに聞いている嫁や勝平や椋。俺の人生の中でこれほど影響を受け、また影響を与えたやつはそうはいないだろう。そう思うと何故か不思議な気分になる。高速を降りると長閑な田園風景が見えてくる。ちょっとばかり休憩するか〜っと車を路肩に止めて全員で車外へ…。
 まあ見渡す限り田んぼばかりだな? そう思って改めてその風景を見てみる。実の詰まった稲穂が頭を垂らして初秋の風に揺れている光景はどこかノスタルジックな光景だった。都会を離れるとこうも見える景色が違うものなのか? と思った。と、秋特有の虫の音が聞こえ始める。鈴虫なんて最近じゃ都会のデパートでしか見たことがないからか捕まえて、“これが鈴虫だぞ?” と子供たちに見せるとおっかなびっくりだった。まあ汐だけは、“ママの作ってた折り紙と同じだね?” と興味津々だったが…。リーンリーンと鳴く鈴虫をもとの草むらに帰す頃には日はもうとっぷりと暮れて初秋の星空も見えだしている。とは言え俺は星とか星座とかは皆目見当もつかないので分からないが…。車は田舎道を走る。親父は首を長くして待っていることだろう。盆に来れなかった分も親孝行しなくちゃな? あと、母さんの墓参りもしておくか…。などと考えつつ、車を走らせる今日9月9日、高校時代からの悪友と友達の双子姉妹・春原杏と柊椋の誕生日だ。

END