杏と陽平のどたばたお化け騒動


「出るらしいのよ…」
 僕の天敵であり一応彼女? な藤林杏が一言そう言った。“何が?” と僕はそう聞く。学校も2学期が始まったばかりの日曜日。何で日曜日に学校にいるのかと言うと…。“ほら! 何ボケ〜っとしてるのよ? 陽平。朋也…” 僕たちの目の前にいらっしゃる女番長のせいであり…。夏休みの課題はほとんど手をつけてなく、夏休みが終わった今、学校に居残ってやらされている。まあ想像通り居残っているのは僕と岡崎の2人だけなんだけどさ…。3年の2学期はそろそろ就職組は就職先を決めなくちゃならない。僕も例に及ばずってな具合で夏休みに実家の町の就職面接会に行ってきた。先方の人は結構いい人で僕はそこに就職することを決めた。
 杏は保母の資格を取るため、専門学校に行くんだそうだ。で、今は目標に向けて今猛勉強中…。って言うか、元々頭のいい杏のことだからそんなに勉強しなくてもとは思うんだけど……。僕や岡崎じゃあるまいし…。杏は本当は岡崎のことが好きだったみたいだ。でも…。壊れそうな杏の心を見捨てられなくて…。慰めているうちに僕は杏に惹かれていく。で、気かつくともう僕は彼女にメロメロ状態になっていた。
「ちょっと! 陽平! 聞いてるの?」
「ああっ? はいはい。聞いてます聞いてます…って! 何でそんな目を光らせてるんスか?」
 僕の彼女は怒らせるととても怖い。“女番長” って言うあだ名があるくらいだ。最もそのあだ名をつけたのは僕と岡崎なんだけどさ。2年の坂上智代と組めばロードウォーリアーズも真っ青な最強タッグが出来上がるんじゃなiいのかな? 目を爛々と光らせている杏を見ながらそう思った。
「まあいいわ。でね? 出るっていうのは、もちろん“お化け”なんだけどさぁ〜。あたしお化けとか幽霊とかちょっと苦手なのよ。でもお化けじゃなかったらとっちめてやりたい気分なのよね〜。それでね?」
「へぇ〜。意外だね? それで?」
 そう言うと、いつものように“あ゛あ゛っ?” ってな顔になる彼女。でもそれも何秒間かだけで後はもじもじしていた。その時言い知れない不安が僕の頭の中を駆け巡る。こんなしおらしい顔の裏には何かが隠れてる! …とは思う。逃げたいとも思う。だけど好きになった女を前に逃げるのはどうかと思うし、それにあの杏だ。僕が逃げたら絶対追いかけてくるに決まってる。目を爛々と光らせながら……。ぶるぶるぶると逃げる僕を追い掛け回す杏の顔を思い描きながら、僕は嫌な汗を掻いて立っている。と…。
「陽平。もちろん付き合ってくれるわよね?」
 やっぱりだぁ〜っ!! そう思いながら、恐る恐る杏の顔を覗くと僕の顔を何かを望むような顔で見つめていた。その顔に何度となく痛い目に合わされてきたんスけど……。やっぱり今日も痛い目を見ることになるのかなぁ〜……。そう思った。


「で? 何で俺がお前たち2人のどうでもいいようなことに付き合わにゃならんのだ? ったく……」
「そうだよそうだよ。せっかく今日は椋さんと2人で映画を見に行く約束してたのにさ。何で僕たちまで君に付き合わなくっちゃいけないんだよ〜っ?!」
 ぶつぶつと文句を言いながらもついてくる、岡崎。隣にはぶるぶる肩を震わせながらついてくる柊ちゃん。さらにその怖々な柊ちゃんの手をぎゅっと掴んでいる、我らが委員長こと藤林椋。ちなみに柊ちゃんは委員長と学校で待ち合わせているときに岡崎に声をかけられたんだって。全くとんでもないヤツに捕まったものだよね〜。と僕の横では委員長と同じように震えている少女が一人…。
「しょうがないだろ? だってこんなこと平気で頼めるのは岡崎しかいなかったんだし…」
「美佐枝さんにでも頼めばよかったじゃねーかよ? あの人お化けとか大丈夫そうだし…」
「ところがそうでもないんだよねぇ〜。この間も寮で小さいゴキブリが出ただけで泣きそうになってたしさ。あの美佐枝さんがだよ? おっぱいぷるんぷるんのあの美佐枝さんがだよ? …って、痛ってぇーっ!!」
 杏に頭を叩かれる。しかもグーで…。顔を見ると目を光らせながら“あ゛あ゛っ!” とでも言いそうな顔で僕の顔を睨んでいた。はっきりいって怖い。“お前、自分の彼女の前で他の女の話はないだろ?” とは岡崎。“そうよそうよ! 聞いてよ朋也〜。この間も陽平ったらね…”、とは杏。上目遣いで僕のほうを睨みつけながら文句を言う彼女。半分呆れたような顔で僕のほうを見つめている岡崎。ってため息つかなくてもいいじゃんかよ〜! じゃあ自分は……、自分はどうなのさ! って岡崎には彼女がいないんだった…。まあその辺はいろいろあったんだけどね? でも今は2人ともいい友達であって、僕としてもほっとしている。別れた当時は…。って考え込むと暗くなるし、それに何だか言い争ってても不毛な会話が続きそうなので全部止めにした。
「なんでも空き教室のほうから小さい女の子の声がするらしいのよ…。“ううっ、うううっ”って苦しそうな声でさ。ほらこの学校って戦時中は軍関係の施設だったじゃないの? だからさ、寝る時もそのことが頭を過ぎっちゃって…。ねぇ、椋?」
 委員長も無言でうんうん頷いている。よほど怖い噂がうちの学校の女子の間で流れているんだろうね。そう思いながら岡崎のほうを見ると何だか知らないけど不気味に笑ってるし! “何なのさ?” そう3人に気づかれないようにそっと聞くと?
「まあ、行けば分かるさ…」
 こう言うと、前にも増して怪しく笑う岡崎。てくてくと歩く。今日は日曜日ということもあり人気は全くしない。にもかかわらず誰かに監視されているような感覚に襲われる。後ろを振り返るけど全く人影は見えない。相変わらず怪しく笑ってる岡崎。何かに取り憑かれたようだった。ちらっと杏たちのほうを見る。怖々と、まるで死者の行進のように岡崎の後ろをのそりのそりついていくだけのように見えた。って言うか僕もなんだけどさ…。


「も、もう帰ろうよ…。朋也くん。ほ、ほらもう暗くなるしさ…」
「んっ? まだ2時だぞ? 勝平? そんなに帰りたけりゃ、椋と2人で帰れよ…。その間に何があっても俺は知らん」
「そ、そんなぁ〜、鬼だよ〜っ。朋也くん…」
 柊ちゃんが言うけど岡崎はそう言うとズンズン歩を進めてしまう。にしても岡崎は楽しそうだ。僕たちがこんなに怖がってるって言うのに…。とうとう頭がイカレたんじゃないかな? とは思う。でもこんなことを言うと……。って! 岡崎が不気味に僕のほうを見て笑ってるし! “な、何なのさ…” 少々と言うかかなりビビリが入りながらもそう聞くと?
「春原、短い付き合いだたっなぁ〜。まあ、線香くらいは手向けてやるから安心してくれ……」
「ちょ、ちょちょちょっと待ってよ? それって僕に死亡フラグが立ったってこと?」
「ああ、お前が俺のこと、“とうとう頭がイカレたんじゃないかな?” って言った時に春原死亡って言うフラグが立った」
「な、何でよ? 僕たち友達でしょ? って言うか聞こえてたの?」
 ギロリとこっちに目を向けてこくんと頷く岡崎。“は、はは、ははははは……。死亡フラグ決定ッスか?” 自分で自分に指差しながらそう聞く僕。岡崎は、“ああ。運が悪けりゃな?” と意味深な発言を残すと歩き出す。とか何とか言ってる間に、問題の教室前に到着する。余裕の笑みの岡崎。怖くないんだろうか? と僕は思う。岡崎が教室の扉に手を掛けようとした瞬間。
「椋、トランプでもいいから占ってよ…」
 杏が委員長に言う。おずおずとトランプを出すと繰って前に出す委員長。“春原くん、一枚引いてください…” そう言うと僕の前に持ってくる。真ん中のやつを引いた。見てみると…。クラブの9…。9…。最悪だ。杏が引く。クラブの4。柊ちゃんが引く。スペードの9。またまた最悪だ。前を歩いていた岡崎にも声をかける。
「お、俺はいいや。べ、べべ、別にそんなもん信じてないし…。って! きょ、杏。そんな怖い顔すんなって。ひ、引けばいいんだろ、引けば…」
 そう言うと嫌々ながらというか、トランプを引く岡崎。引いたトランプを見て一瞬にして岡崎の顔が青くなる。何で? そう思い岡崎の手にしたトランプを見てみると、ハートのエースだった。最高にいいカードじゃんかよ? でも岡崎はぶるぶる震えてるしっ! 何なんだ? そう思ってると岡崎が突然、
「な、なあ、この辺で終わりにしようぜ? 俺、ちょっと用事思い出してよ? そろそろ帰らないとヤバいんだ…」
 さっきとは打って変わって、そんなことを言う岡崎。って言うか、もう問題の教室も前だし…。と突然教室の中から、“ううっ、うううっ、うううううっ”っていう女性? と言うか少女の声が聞こえてくる。男三人ぎょっ! となってその場を動けない。特に岡崎は違う意味で顔から脂汗がたらたら流れ出しているようだ。何なんだよ? 一体? って言うか、杏、全然驚いてないしっ!! 委員長はちょっと怖そうだったけど…。僕や柊ちゃんみたいにおどおどとはしていない。何で?
「開けるわよ?」
 そう言うと扉を一気に開け放つ勇ましい僕の彼女。恐る恐る教室の中を中を覗くと……。


「こんな鑢ではうまく削れませんって言ってるじゃないですかっ! 全くもって岡崎さんはとんちんかんですっ!! さあ、ナイフを還してくださいっ! あれがないと風子の可愛い可愛いヒトデが彫れませんっ!!」
「い、痛てて…。杏! 何で辞書がここにあるんだ? 風子も風子だっ!、この前ナイフで手をサックリ切って痛そうにしてたじゃないか? それに、その星の俺が“星”って言うとナイフで襲いかかろうとするしよ…。危うくグサッと逝かされるところだったんだぜ? って! なっ? 何でみんなして風子のほうに寄って、こ、ここ、こっちをじ〜っとみ、みみみみみみみ見ているのかな〜っ?」
 少々どもりながら言う岡崎。顔かは脂汗がたらたら流れてるみたいだ。じ〜っと見てもその様子が分かる。ずりっ、ずりっと滲み寄る僕たち。ずりっ、ずりっと後退する岡崎。杏はどこに仕舞いこんであったのか知らないけど、広辞苑なんかの辞書を多数持ってにへらっと笑ってるしっ! 委員長は委員長でトランプのカードをしゃっしゃと繰っている。しかもいつもはぱらぱら何枚か落とすのに今に限ってはそんなこともなく…。かく言う僕と柊ちゃんと風子って言う女の子も、くわっと目を見開いて今回の騒動の発端になったヤツの顔をを睨んでいた。
「なあ、どうするよ? 岡崎…」
 勝ち誇ったように言う僕。普段は逆の立場だったから、嬉しいことこの上ない。横目で睨みつけるように見ると岡崎はがくがく震えながらこう言う。
「は、は、話せば分かる…。話せば…」
「どこをどう話せば分かるんですかっ?! 風子、お化けじゃないですっ! 第一、風子はお化けが大嫌いなんですよっ? 岡崎さんは根性がひねくり曲がりですっ!! 全く……。ぶつぶつぶつ…」
 風子って言う女の子は、こう言うとぷぅ〜っと頬を膨らませながら岡崎の顔を上目遣いに睨んでいた。その横からギロリと睨む僕の彼女がこう言う。
「どこをどう話せば分かるのかしら…。今回のお化け騒動、最初に言い出したのは確か朋也だったわよね〜? “空き教室に出るんだってよ” とか何とか言って…。あたしたち、いいえ! 学校中の女子を怖がらせた責任、きっちりつけさせてもらうわ!! 生徒会へ行きましょ? 智代に犯人捕まえたーって自慢できるわよ? 陽平…。っとその前に!!」
 ビュンッ! と広辞苑が飛ぶ。岡崎の顔に向かって……。そして…。ガツンっと何やら鈍い音ともに岡崎はピクリとも動かなくなった。


 あの後、僕と柊ちゃんと一緒に岡崎の肩を担いで生徒会へと連行。途中目を覚ました岡崎は“やめろーっ! やめてくれーっ!!” と叫んでいたが、杏の辞書攻撃に遭いまたしても沈黙。まあ自業自得とは思うんだけどさ…。生徒会室で智代に岡崎を引き渡し意気揚々と帰る面々。でも岡崎大丈夫かなぁ〜。智代が本気を出せば人の一人や二人、簡単に殺せると思う。あの“蹴り”を体感した僕が言うんだ。間違いはないと思う。
「あ〜あ、散々だったわねぇ〜? 陽平」
「そうだね。でも岡崎は大丈夫かな?」
「まあ、大丈夫なんじゃないの? 智代ももう生徒会長なんだしさ。そんなに無茶はしないって…。そんなことより、あんな悪い噂を流す朋也のほうがよっぽど悪いわよ!!」
 少々と言うかかなりご立腹な僕の彼女。“まあまあ、岡崎も智代にこってり絞られてると思うしちょっとは大人しくなるんじゃない?” そう言うと僕は杏の顔を見る。“まあ今回は朋也の単独犯行みたいだったけど、あたしはあんたが一枚絡んでるかと思ってちょっと心配しちゃったわよ……” そう言うと僕の手に自分の体を寄せてくる杏。ちなみに柊ちゃんと委員長はデートのし直しと言うことで、どこかへ行ってしまった。日も西に傾きつつあるから多分映画館じゃないかと僕は思う。まあ、あれでいて委員長もここにいる僕の彼女の双子の妹なんだから、きっと今の彼女のように可愛く微笑んでいるんだろうなぁ〜っと思った。
「さあ、行きましょ? 陽平」
 そう言うと僕の手を取り走り出す彼女。昼間はまだ暑いけど夕暮れの街にはもう涼しい秋風。そんな今日、9月9日は僕の彼女・藤林杏と僕のクラスの委員長・藤林椋、顔のそっくりな双子の誕生日だ。

END