甘えん坊、ここに極まれり
「だから! 俺はきのこご飯が食べたいんだって言ってるだろ? 何で栗に手をかけるんだ?」
10月14日、午後2時を少し過ぎた辺り、商店街のとある八百屋の前で俺と嫁は向かい合っている。“どっちでもいいから早く買ってどいてくれ〜” と言う八百屋の親父の声にならない声が聞こえてきそうではあるが、こればっかりは譲れない。とある旅番組できのこご飯を美味そうに食っている芸人を見て俺もきのこご飯が食いてぇ〜っと思って嫁を見ると嫁は栗ご飯の作り方をせっせとメモしていた。って言うかちょっと待て、どっちにするかまだ決めてないはずだぞ? と嫁の顔を見る。高校時代のあの春原をダッシュボードに蹴り入れていたころとは似ても似つかないほどの膨れっ面でこっちを恨めしそうに見遣ってくるわけで…。“朋也は栗ご飯食べたくないのか? じゃあ一生食べられなかったらどうする?” と問答を吹っかけてくる。こっちもそのお返しを返したいわけだが、嫁のことだ。“私は栗ご飯さえあればいい” とやせ我慢をしてくるに違いない。
嫁のやせ我慢は付き合いだしてからすぐに分かったんだが…。例えば俺が美味そうな菓子を買ってきたとしよう。嫁は自分で買ってきた菓子があるとすると例え俺が美味そうにその菓子を食っていたとしても見向きもせずに自分の菓子を食おうとする。俺がどんなに勧めたって食おうとはしない。その頑ななまでの根性には称賛もするが、腹も立つ。俺のほうも意固地になって、すごく美味そうに食ったりなんかして何とか嫁の気を引こうと躍起になるわけだが、そんな俺の徒労も虚しくいつもの定位置にお隠れになるのがここ最近なわけで…。で、お隠れから出てきたかと思ったら、“朋也だけあんな美味しそうなものを食べて…” と今度はぶつぶつ文句を言いだすんだから堪ったものじゃない。まるで小さな女の子がお兄ちゃんに相手をしてもらえなくて拗ねてぷぅ〜っと頬を膨らませているかのようだ。と言うか今がそう言う顔なんだが…。
「じゃあ栗ご飯ときのこご飯をミックスしたらいいんじゃないか? そしたら両方美味しく食べられるんだし…」
と妥協案を出す俺に対して、ふるふるふるとどこぞのお嬢様のように首を横に振ると、膨らませた頬を更に膨らませて八百屋の軒先にぶら下げてあるカレンダーの今日の日付のところにびしっと指をさしながら俺の顔を上目遣いに見遣ってくる嫁。な、何だぁ〜? 今日と言う日が関係してるのか? と考えて、んんっ? と違和感。何かとんでもなく重要な日を忘れてないか? 俺…。と前にいる上目遣いのちょっと涙目の嫁とその差し記された日付を見て、急に背筋に冷凍庫の氷をありったけ入れられたような悪寒がぞぞぞぞ〜っと走った。それもそのはず今日は…。
「俺が全部悪かった!! だから機嫌直して出て来てくれ〜」
と朋也の声がするいつもの押し入れの中、私はこうやって拗ねていた。最近は仕事が忙しくて朝早くから晩遅くまで仕事をしているのだが、まさか私の誕生日まで忘れてはいないだろうとタカをくくっていたのがそもそもの間違いだった。その結果が今のこの状態なわけで…。まあ毎日頑張ってくれていることには感謝してもしつくせないことは重々分かっているつもりなんだが、それでも割り切れない部分もあるわけで…。とにもかくにも誕生日を忘れられている私にとっては怒っても当たり前なんだけどな? でも怒るとお腹がものすごく空くのも事実なもので…。今日はこの辺で出てやろう。そう思い天岩戸を開けるようにそ〜っと出てやった。朋也は今回早めに出てきた私に一瞬ほへっとした顔で見ていたがすぐにいつもの土下座体勢に戻ると、“し、仕事のほうが忙しくてお前の誕生日のことをすっかり忘れていたんだ。すまん!” と言って何度も頭を下げている。そう言う彼に少し優越感の私。とは言え、プレゼントも何も用意してくれていないんじゃ味気ない。そこでピンと閃く。こう命令(と言うかお願い)してみたわけだけど…。
俺の体を抱き枕代わりにして寝ている嫁。まあ言わずもがなな状態に少々ため息をつきたくなるわけだが、あのお籠もり状態から出てきたときの涙目の上目遣いに今回も負けたという感じで。料理をする後ろ姿には何となくだが俺に勝った喜びが溢れてるような感じだ。嫁の誕生日を忘れていた俺にしてみれば、こんな感じではあるが仲直りできてよかったのかもな? とも思える。で、案の定食卓には嫁の言っていた栗ご飯が…って? 栗ときのこの混ぜご飯? と嫁の顔を見れば、ちょっとだけぷぅ〜っと膨れた顔で、“き、きのこが余ってたから一緒に入れてみたんだぞ? 絶対朋也の言うようにしたわけじゃないんだからな?” とまあツンデレ具合もまあまあな感じに言ってくるわけで…。まあ昼間に俺が言っていた妥協案なんかを持ち出してくるところは可愛いところだな…と思う。そんなこんなでうちの嫁はなんだかんだ言っても甘えん坊だよな? と考えるわけだが、この甘えん坊具合は多少の限度を遥かに超えているわけで…。風呂もいちいち服を脱がしてやっての、入れてやっておまけに体や頭まで洗わされての(当然女の子の大切な部分も…)、湯船に浸かってると一緒に浸かってきて、狭いわぷにぷにした臀部が俺の大事な部分に当たるわ、どこぞの小説かで読んだ、“蛇の生殺し状態” にさせられるわけで。それでも何とか我慢してやっとこさ風呂から上がってくると…。
「遅いぞ? 朋也」
い、いや、何で同じ布団なんだ? と言いたくなる俺がいるわけだが。そう言ってしまうとまた定位置にお籠もりしてしまうのですんでのところで堪える。とにかく嫁は甘える対象が出来たらとことん依存してしまう性質なわけで…。今のこの状態を春原に見せたら絶対に信じてもらえんだろうな? と思う。とにかく明日も早いし寝ようと思って布団に入って寝ようとすると、“私が寝るまで何か面白い話を聞かせてくれ” とせがんでくる。“明日早いからまた今度な?” とでも言おうものならすぐにぷぅ〜っと膨れて、耳元で女友達のことみのような妙な癒し声で囁いてくるわけで。って言うかあれはことみにしか出来ない技だったはずじゃないのか? どこでそれを身に着けた? と言わざるを得ない。とにかくこんな甘えん坊でベタベタな嫁はそうはいないはずだと思う今日10月14日、俺の嫁・岡崎智代の23歳の誕生日だ。…ちなみに抱き枕にされて上に伸し掛かられてよく発育されたモノをこれでもかっと言うくらいに押し当てられて一睡も出来なかったことは言うまでもない。更に言うと嫁が勝手に連絡を入れていたのか、俺は有給休暇扱いになっていて、会社に行くと、“何で来た?” みたいに奇異の目で見られたことは言うまでもない事実だ。そう言う大事なことはもっと早めに言ってくれ〜っ!! と未だに幸せそうに寝ているであろう嫁に心の底から言う俺がいるのだった。がくり…。
END