罰ゲームは接吻で
今日12月24日は西洋では重要な日の1つであるキリスト降誕祭(通称・クリスマス)の前日であるクリスマスイブであり、また俺の嫁である渚の誕生日でもある。そんな重要な日に限って仕事が遅くなるのがここ最近の俺の職場なんだが、今年も例外ではなく遅くなってしまった。先輩である芳野さんは、“今日はお前の嫁の誕生日じゃなかったか? 早く帰って祝ってやれ。それが愛って言うもんだ…” といつものように熱い言葉をかけてくれるのだが、これだけはどうしてもしないといけないので…と、作り笑顔でそう言う俺がいたわけだ。まあその時はちょっとだけ遅くなるだけだから…などと考えていたのだが、これが悪かったわけで…。現在夜の9時半をちょっと手前にした時刻。今日こそは早く帰ってくるぞ〜っと汐にも約束した手前、帰りづらくなるのは当たり前なんだが…。はてさて、どうしたらいいものか…、などと考えていると我が家が見えてくる。カーテン越しの電気は点いてないよなぁ〜、明日も早いからもう寝てるんだろうし…。なんて思いながら、アパートの階段を静かに上がって部屋の前。キーを差し込んでガシャッと開けて入ろうとして途中で止まってしまった。な、何だ〜っと思ってよく見てみると、チェーンがかかっているではないか?
はぁ〜っとため息を1つ。嫁は怒るととんでもなく怖くなるんだ。この前なんかは丸半日家に入れてくれなかった。姉さん女房と言うこともあって他の同僚や後輩なんかからは羨ましがられるんだが、こう言う子供じみたことをやってくる嫁なんだぞ? と羨ましがってるやつらに見せてやりたいと思う。とにかくピンポーンとチャイムを連打してみる。普通ならこれで観念して出てくるのだが、今日は相当に頑固だ。はぁ〜、こりゃ厄介だぞ〜? と思って、“おーい、渚〜、開けてくれ〜” と言いながらドンドンとドアをノックしてみた。ダンダンダンダンと廊下を踏みしめる音が聞こえる。ガチャッと玄関を開ける音が聞こえたかと思ったら、
「約束も守れない朋也くんなんて絶対おうちの中には入れてあげませんっ!!」
なんて少々怒気を含んだ声でそう告げてくる嫁。娘も起きてたのか、“パパッ! 反省しなさいっ!!” と言ってくる。ぷう〜っと頬を極限にまで膨らませて上目遣いにドアのほうを見やっている嫁と娘の顔が容易に想像できて思わずぷっと吹き出しそうになるのを必死で耐える俺。前に一回吹き出してしまい、それが原因で非常に恐ろしい目に遭ったのだが…。どういう恐ろしい目に遭ったのかを思い出そうとすると体がぶるぶる震えてくるので脳が思い出させないように抹消しようとしているのだろう。が、記憶の片隅でそれがまだ残っているのか今のようにあの記憶を呼び覚まそうとするとぶるぶるガタガタと体のほうが拒絶反応を起こすわけだ。とにかく嫁の機嫌が少しでもよくなることを願うしかない。まあ最終手段としては、オッサンのところに行くと言う手もあるのだがこれはあくまで最終手段と言うことで、何とか開けてくれるように交渉を試みる俺。汐のほうは、明後日一日遊んでやると言うふうに言って何とか懐柔に成功したのだが、問題は渚だ。お願いと称して無理難題を吹っかけてくるかも知れん。現にこの間も俺がちょっと夕食の前にお菓子をつまんだと言うだけで怒ってぷく〜っと頬を膨らませてぶつぶつ文句を言っているわけで…。でいい加減腹が立ったんで、ちょっと怒ったら涙をブワッと溢れさせて、“朋也くんが私のごはんよりお菓子を選んだ〜っ” と言ってどこぞのぽんこつさんのようにぐよぐよ泣き出して非常に参ってしまった。確かその時は夫婦でお風呂に入ることで決着したように思う。
とまあこんな感じで何かにつけて罰ゲームみたいなことを俺に押し付けてくるのではあるが、今回はどんな無理難題を言ってくるのだろうか思う俺。と言うよりさっきから寒くてかなわないんだが…。“早く開けてくれ〜、何でも言うこと聞くから〜っ!” とガチャガチャ開かない扉をやってると不意に嫁の声が聞こえてくる。“絶対何でも言うこと聞いてくれるんですね? もしウソだったら…” とうふふふふっ…と不敵に微笑んでいるであろうその声に少しばかり恐怖を覚える。かと言ってこのままと言うわけにもいかないので、“本当だから! だから開けてくれ!!” と必死でお願いした。すーっとチェーンを外す音が聞こえる。ふぅ、これでやっと家に入れる。と思い家に入ると…。
「さあ朋也くん、約束ですよ? キスしてくださいっ!」
と俺の知ってるメンバーの手前で顔を近づけてくる嫁。杏と椋の双子姉妹は今回の企みの発起人だろう、にんまり笑っててまるで当てにならんし、智代は智代で俺たちのこの行為を興味深げにじ〜っと見つめている。それは今や世界的な理論物理学者となったことみ先生も同じなようで…。春原は勝平と飲んだくれたのか俺が帰ってきたころにはもう潰れていた。そういや風子は? と風子のほうを見てみると汐や陽平の子供たちなんかと一緒に遊んでいるし…。と言うかせせこましい部屋にこんな大人数で待ってたのか? と少々呆れてしまう。まあどう言う経緯でこうなっていたのかは分からんが、まあ渚か汐が呼んだんだろう。そう思った。かと言ってこんな大人数の前で、“キス” なるものをするとなるとこっちの方が恥ずかしいと言うか何と言うかなんだがな?
げほげほわざとらしい咳をして、“今日は風邪気味なんだ…” と言ってもどうせ、“ウソだっ!!” とどこぞの鉈女のように言わて俺の浅はかな愚行を看破されかねないので今日は大人しく言うことを聞いておくべきかな? それに今日は誕生日でクリスマスイブだし…と思い直し、チュッと軽く唇を合わせた。途端に、“渚・渚ちゃん・ママ、お誕生日おめでとう!!” とみんなの声が聞こえる。ふっと周りを見ると、今までわいのわいのがやがやとしていた全員が俺たちのほうを嬉しそうに微笑みながら見遣っていた。と同時に汐がこっちに飛び込んでくる。保育園は明日から冬休みらしいので今日はちょっと夜更かししてもいいかなと思い、汐も抱きとめて渚と3人、にっこり微笑み合った。そこからパーティーは異常な盛り上がりを見せる。春原と勝平の酔っ払い漫才も面白かった。ことみの歌は子供たちには人気らしかったが、俺たちにはほとんど“呪い” の歌にしか聞こえず仕舞いでぶるぶる震えていた。と途中でオッサンと早苗さんがサンタの格好をして乱入してくると言うハプニングもあったりしたが、娘や陽平の息子たちなんかにはすごい好評だったらしく、“まだまだだな? 小僧…” と俺の顔を得意満面に見遣っていたのが悔しかったが…。まあそんなこんなで今日が昨日に変わる夜半近くまで何やかんやと陽気な気分での誕生日会になった12月24日は俺の最愛の嫁・渚の誕生日だ。
END
おまけ
ちなみに翌日、昨日無茶苦茶に騒いでたことで何か言われるんじゃなかろうかと内心びくびくしながら会社に向かってると井戸端会議中の近所の奥さん連中に会う。が何も言わず逆に、“うちの旦那もこんな感じだったらねぇ〜?” と羨ましがられた。へっ? と一瞬アホな顔になっていたことだろう。その夜嫁に聞いたところが、嫁が根回しをしてくれていたらしい。俺だったら絶対思いつかんことだ。出来た嫁とは知っていたが、まさかここまでとは…と感動を覚えた今朝だったことはいうまでもない。ちなみに誕生日プレゼントのほうは夜中こっそり起きて汐のクリスマスプレゼントと一緒に枕元に置いておいたわけだが、目が覚めていきなりぎゅっと抱きつかれたことは言う間でもない。まあ中身は前々から欲しがっていたコートだったわけだけど、先月ふらっと会社からの帰りに商店街の洋服店で半額であったので目ざとく半額払って予約しておいて、昨日の昼にまた行ってもう半額払って完全購入した代物だ。汐にはおもちゃを数点買っておいた。
「パパ、おもちゃがいっぱいだぁ〜」
とはしゃぐ笑顔の娘の顔と、朝食を作りながら微笑んでる嫁の顔がそっくりだったことは言う間でもない。何にせよ誕生日を祝うことはいいことだな? と思いながら仕事に向かう青空を見遣る今日12月25日、俺の最愛の嫁・渚の誕生日から1日後の朝だ。
TRUE END