賢者の贈り物
「わあ、朋也くん。ありがとうございますぅ」
「ちょうど結婚5年目だからな? だからちょっと奮発してみた。気に入ってもらえるかどうか分からないけど…」
今日12月24日は、俺の最愛の嫁、渚の誕生日だ。結婚して5年…。汐も出来て、主婦業に勤しむ傍らファミレスでのバイト、更にはオッサンたちの手伝いと頑張っている渚に何かしてやりたいと思ったのはつい1週間前。ちょうど芳野さんと電気設備の点検に行った先でのことだ…。
12月も中旬、街路樹の葉も落ち殺風景になった街の一角の宝石店が仕事場だった。イルミネーションが点かず困っていたらしい。慎重に仕事をこなしていく。5年間この仕事に従事しているが大儀だと思うこともいくらでもあった。でも渚と汐のおかげで頑張ってこれたと思う。汐へのプレゼンはもう予約済みだ。だけど渚へのプレゼントがなかなか決まらないでいる。
「どうした? 何か悩み事か?」
昼休み、渚の手作り弁当を頬張っていると芳野さんがこう話しかけてきた。“い、いや。大したことじゃないっす” そう言って誤魔化そうとする俺。いつも迷惑をかけっぱなしなのにこれ以上迷惑はかけられないと思ったからだ。しかし…、
「顔に“悩んでます”って思いっきり書いてあるぞ…。それに一人で悩むより二人で悩んだほうが解決も早いと思うぞ?」
そう言って優しく肩を叩く芳野さん。そう言われて俺は渚への誕生日プレゼントのことを話した。じっと目を瞑って聞いていた芳野さんはこう言う。“心がこもっていれば何でもいい…” と…。
「醤油にプレゼント用の包装紙にくるんで渡してもなぁ〜。どっかの漫画じゃあるまいし…」
仕事も終わり帰る道すがらそんなことを考える。昨日はクリスマスイブなので、汐へのプレゼントを予約したばかりだ。と言っても、汐にはサンタさんからのプレゼントだと毎年言ってるんだけどな? しかし…、本当に困った。汐へのプレゼントのことばかり考えていたものだから渚へのプレゼントをすっかり忘れていた。さてどうするか…、とつい今しがた仕事をしていた宝石店を思い出す俺。チラッと見たんだがどれもこれも高い代物ばかりだったように思う。だけど、一つだけ俺でも買えるものがあった。ダイヤのリング10万円。俺の安月給じゃあこんなものが関の山か…、とは思ったが何も買わないよりはましだ。そう思い直し、踵を返して店の門をくぐった。
今日はわたしの26歳の誕生日。昔は病弱だったわたしですが今は元気でいます。それも全部わたしの素敵な旦那様、朋也くんのおかげだと思ってます。朋也くんはわたしが高校3年生をもう一度初めからやり直した春の桜の木の下、勇気の持てないわたしの背中を押してくれた人です。もう一度留年した時だってわたしを陰で支えてくれました。わたしが逃げずにちゃんと卒業できたのも朋也くんのおかげなんだって、勝手ですけどそう思ってます。
汐ちゃんも授かり、朋也くんも朋也くんのお父さんと和解して、今は幸せです。わたしはお父さんのパン屋を手伝う傍ら、ファミレスでバイトをしています。童顔なのかよくお客さんからデートの誘いとかがありますが、そこはうまく言ってお断りを入れています。そういえば新婚の頃、お父さんと朋也くんが来て、わたしに言い寄るお客さんと危うく警察沙汰になっちゃう寸前までいったことがありました。あれ以来わたしは1000円で買ったおもちゃのリングを左手の薬指にはめてるんですけどね? えへへ…。でもその効果は絶大で、誰も言い寄ってはこなくなりほっとしています。あっ、このリング作戦は店長さんが考案してくださって、リングそのものも買ってきてくださったものです。わたしはお金を払おうと思ったんですけど、店長さんが“いや、別にいいよ。これは店長としての義務だからね?”と言うのと、朋也くんも“まあ、人の厚意はありがたく受けとっておいたほうがいいぞ?” と言うので受けとおっておくことにしました。
朋也くんには迷惑かけっぱなしです。この2ヶ月前、わたしが風邪で寝込んでしまったときなんか、会社をお休みしてまで、わたしの看病や汐ちゃんの保育園への送り迎えや家事なんかをやってくれました。朋也くんが言うには、
「夫婦なんだからお互い様だって…。それにこんな俺と一緒になってくれたんだ。それくらいしても罰は当たらないと思うぞ?」
と、頬をぽりぽり掻きながら照れくさそうにそう言ってくれました。“ありがとう。朋也くん…” わたしは何度も何度も心の中で言います。今だって言っています。
そんな素敵なわたしの旦那様にプレゼントがしたいと思ったのは、晩秋のある日。いつもながら早く出かける朋也くんにお弁当を作っている最中でした。汐ちゃんと一緒にテレビの天気予報を見ていた朋也くんが、“もうそろそろ冬の支度をしないとな…” と言って寒そうに肩をぶるんと震わせています。外での仕事は寒いんでしょうね? 今年は寒くなるって言う長期予報も出てました。そこで、あっ! と閃きます。汐ちゃんを保育園に送って、その帰りに商店街の一角にある毛糸屋さんに行き、毛糸を2、3玉買いました。その後お母さんのところに行って編み方の基本を教わり、早速、その夜から朋也くんが寝た後こっそり起きて、マフラーを編みました。
手先がぶきっちょなため出来上がったのはつい昨日のことです。分からないところはお母さんに聞いたりしながら編みました。一本一本心を込めて編んだマフラー。朋也くんは受け取ってくれるでしょうか…。少しだけ不安になります。でもわたしが思いを込めて作ったんです。気に入らなかったとしてもそれはそれでいいです。本当なら喜んでくれるほうがいいんですけどね。えへへっ……。
「開けてもいいですか? 朋也くん」
上目遣いに渚はそう聞いてくる。俺はちょっと恥ずかしくなりながら、“あ、ああ…、いいぞ?”と単簡に答えた。渚が包装紙をきれいにを開けていく。中には小さな箱。俺の5年分の思いが詰まった箱だ。渚は震える指でその箱を開けようとする。もう何が入っているのかが分かったんだろう。顔を見ると涙顔になっていた。
「そ、そのな? い、いつも安月給の甲斐性なしの俺に今まで付き合ってくれてありがとうって言う感謝と、これからもよろしくって言う意味を込めてな? その指輪を買ったんだ…。あっ、で、でも気に入らなかったら別にしなくてもいいんだぞ? うん…」
渚のこういう顔は久しぶりに見たので、ちょっとだけ驚く。と、渚はぽろぽろ涙を流しつつこう言う。見ると汐も一緒に、“ママ、ママ”と言って泣いていた。
「こんな…こんな高価な指輪…プレゼントされたら…わたしは…嬉しすぎて…もう前が見えません。朋也くんの顔も見えません…。こんな高価なもの…、わたしに似合うでしょうか?…」
俺は何も言わず、渚の手を取って、その細い指にダイヤのリングをはめてやる。指のサイズも勘だったがぴったりのようだった。俺は言う。
「うん。指のサイズもぴったりだ。似合ってるよ…。渚…。改めて誕生日おめでとう…」
「ありがとうございます。朋也くん」
泣いている汐をあやしながら、涙を拭きつつにっこり微笑む俺の最愛の嫁。と、急に何かしらを思い出したかのように、渚はごそごそときれいな包装紙にくるまれたものを出してきた。何だろうか? そう思っていると、
「朋也くん。わたしもプレゼントですっ。気に入ってもらえるかどうか分かりませんけど、受け取ってください」
“開けていいのか?” そう聞くと恥ずかしそうに顔を俯かせて、“は、はい…” こくんと首を縦に振る。その仕草が汐とそっくりで俺は心の中でにっこり微笑んだ。きれいにラッピングされた包みを解いていく。丁寧に包装紙をはがすと、青い地のマフラーがあった。丁寧に俺のイニシャルである“T.O”と言う文字まで編み込まれている。“どうしたんだ? これ…” 手に取ってみると柔かな感触が両手いっぱいに広がってくる。未だに涙顔な娘がそっと教えてくれた。
「ママね? パパがお仕事行ってるときに一生懸命編んでたんだよ? 汐もちょっとだけお手伝いしたんだよ?」
と…。“自分で編んでたのか…” 俺はそう思った。不格好ながら暖かそうなマフラー。触ってみるととても暖かい。時間もかかっただろうに…。きっとこいつのことだ。俺が寝た後こっそり起きてやっていたんだろう。そう思うと俺が買ってきたものなんてちっぽけに思えてくる。しかし渚は大事そうに手を組んでいる。涙顔で…。でもにっこり微笑みながら…。ふと気がつくと俺は二人を両手に抱きしめていた。涙声になりながら俺は言う。心の底から言う。
“ありがとう……” と……。
人生は山あり谷あり、重荷を背負って行くかのように渡らなければならない。例えどんなことが待ち構えようとも…。守るべき家族のため、愛すべき家族のためなら俺はどんな苦労でも耐えてみせよう。日付は変わり、渚はまた一つ歳を重ねる。俺も今年1つ歳を重ねた。今日からまた新しい日々が始まる俺の最愛の女性。“…渚。これからもよろしくな?” そう心の中で言いながら目を閉じた。最愛の妻と最愛の娘の可愛い寝息が聞こえる。俺もだんだんと瞼が下りてくる。外は今日も寒空が広がっている。でも、この家の中はぽかぽか温かい。そう…、それはどこかで読んだアメリカの短編小説、“賢者の贈り物” のように…。
END