「岡崎さんはとてもとても失礼ですっ!!」
 ここはいつもの空き教室、ぷんすかぷんと言う効果音が出そうな勢いで俺の目の前、一応俺の彼女である伊吹風子は頬をぷぅ〜っとカエルのように膨らませていた。何で? と言われるとちょっとあれなんだが……。最初はいい雰囲気だったんだ。うん。俺のあの何気ない一言がなければ…。


星のチョコレート


「少し自分がモテモテ君だからって、いい気になりすぎですっ! 岡崎さんっ!! よりにもよって彼女である風子のチョコレートを食べてくれないなんてっ! 最悪ですっ!!」
 今日2月14日は世間で言うバレンタインデーと言うやつらしい。今春卒業する俺。授業そのものはもう終わっているので学校にはあまり来ない。いつもは春原の部屋でだらだら過ごしてるわけだが…。どう言う訳だが学校にいる。それもこれも目の前の珍妙な言動をする少女に呼び出された訳だけどな? 春原はいつものように目をくわっと見開き…、
「き、汚いぞ岡崎!! あのモテない君同盟はどうしたんだよ?! 僕とお前の友情はこれっぽっちもないのか?」
 と言ってくる。何だ? そのモテない君同盟は…とは思ったが、話がややこしくなりそうなのでやめにした。“春原…。お前にゃまだ芽衣ちゃんと美佐枝さんが残ってる。だから心配すんな…。なっ?” そう言って肩をパンパン叩いて春原の部屋を出る俺。後から“ああ、そうだね…、って! 全部義理チョコじゃんかよーっ!!  くそーっ!! こうなったら街中のチョコを買い占めてやるーっ!!” と言う春原の絶叫と、“静かにしろやっ!!” と言うラグビー部の声が聞こえていた。……まあ美佐枝さんはともかく、芽衣ちゃんは違うと思うんだけどな? あの子はな?…。うん。一人合点すると寮を出た。
 ……で、今に至る。バレンタインには程遠い存在だと思っていた俺ではあったのだが、どういう訳だかこうしてチョコレートを貰っているわけで…。と言うのも俺に彼女が出来てしまった訳であり…。まあ、彼女と言うより妹と言うほうがいいのでは? と心の中ではそう思ってるんだけどな…。
「風子は岡崎さんの妹ではありませんっ!! もし百歩譲って岡崎さんの妹だとしましょう…、って! 風子、岡崎さんの妹なんかじゃありません…。はっ! 何で風子はこんな怪しい堂々巡りをしてるんですかっ?! 最悪ですっ!!」
 心を読む術でも身につけたのか、風子はそんなことを言うと俺の顔を恨めしそうに睨みながら、前にも増してぷぅ〜っと頬を膨らませる。俺たちの目の前には、風子の機嫌を損ねる元凶となった星型の物体。はあ、と今日何度目か分からないため息をつきながら風子に言う。
「はあ…、悪かったってさっきから謝ってるだろ? 食べるからもう機嫌を直してくれよ〜…」
「食べる食べないの問題ではないのですっ! もっと根本的なことで風子は怒っているんですっ! 岡崎さんは女の子の気持ちと言うものを全く分かってませんっ! 前もそうですっ! 風子が気持ちよく妄想に耽っているところで無理矢理鼻からジュースを飲ませようとするし、いつの間にか岡崎さんのクラスの委員長さんと入れ替わって風子を驚かせるし、挙句の果てには風子にハレンチな行為を…」
「ちょちょ、ちょっと待てや? 風子。ハレンチな行為って何なんだ? って言うかそんなこと大声で言わないでくれ…」
 普段、ここを通るやつは少ないのだが卒業式前になると話は別になるわけで…。今もどたどた廊下を走る音が聞こえている。一応俺も今春に卒業するわけだが。まあ、勉強もろくすっぽしないこの俺が卒業できるもんだと思う。もちろん春原も同じだけどな。バカ二人とは言ったもの、ここにきてバカなことばっかりやったもんだが、それももうすぐ終わる。なぜか寂しい気持ちでいっぱいになる。まあそれも仕方ないのかもしれない。そうして学校というものは動いていくもんなんだからな?
「風子を男子トイレに置き去りにしましたっ! あの頃は何が何だか分からずに出てきましたけど、後で聞くところによるとあそこは男子トイレだったって! 前に岡崎さんが女になったって嘘をついたときにいた岡崎さんのクラスの委員長さんに教えてもらいました。風子、目から火が出るくらい、いいえ! 目の玉が飛び出るくらい恥ずかしかったですっ!」
 あっ! そうか。そういや風子は2年生になるんだよなぁ〜…。などと関係のないことを考えながら感慨深げに廊下を走る足音なんぞを聞いている。はぁ〜、とため息をつきつつ外なんぞを見遣っていた俺。そんな俺に今にも襲い掛かりそうに見つめる目、一対。針を刺すような視線とはこのことを言うんだな…とは言ったもの。その視線に、ふっと横を見ると風子が頬をぷく〜っとフグのように膨らませながらこう言う。
「って、岡崎さん! 何をぼへーっとした顔で外なんかを眺めているんですかっ?! 風子の話を聞いてるんですか? 話、聞いてなかったんですね? 言わなくったって分かります! そのぼへーっとした顔が何よりの証拠ですっ! 超最悪ですっ! もうっ! 岡崎さんはマスター・オブ・失礼ですっ!!」
 そう言って俺の耳を引っ張る風子。どこにそんな力があったんだと言うくらい痛い。あまりの痛さに涙がこみ上げてくるがすんでのところで我慢する。“とりあえず痛いから手を放してくれや” ちょっと怖い顔で言うと、“風子、岡崎さんのような人の脅しには屈しません!!” そう言って風子はますます耳を引っ張る。あまりの痛さにひっぺ返した。風子は…、と顔を見るとぷぅ〜っと膨らませた頬を更に膨らませて俺の顔を睨んでいた。
「可愛い可愛いこのヒトデのチョコレートを作るのに風子がどれだけ頑張ったのか.、岡崎さんはもう少し考えるべきですっ! 手間ひまかけて作ったんです!! 岡崎さんは食べる義務があると思いますっ! さあ、食べてくださいっ! もし、嫌だ〜っ! なんて言ったら、智代さんと岡崎さんのクラスの委員長さんのお姉さんに言いつけてやりますっ!!」
 言うことがごちゃごちゃで支離滅裂なんだが…、と思うがお構いなしと言う感じでそんなことを言うと風子は、俺との論戦の渦中の物体を机の上に広げる。何度見ても食べる気が失せる形だ。突起物とか異様に生々しいし…。ヒトデ好きなのは分かるが何もチョコレートにまでそんなものを付けんでも…、とは思う。…が、ぷぅ〜っと頬を膨らませて睨む風子の目の前、そんなことはとても言えず…。はぁ〜っと今日何度目か分からないため息をついている俺がいるのだった。


 風子は今、風子の大好きになってしまった人の前で、頭が噴火するくらい怒ってますっ! 昨日は学校の帰りにいつも行くスーパーで板チョコ3枚ととヒトデ型の型と、あと…、何でしたっけ? ってそんなことはどうでもいいんですっ!! とにかく買って帰って、ご飯もいつもなら3杯おかわりするところを、1杯にして一生懸命作ったって言うのにっ!! せっかく作るんですから風子の大好きなヒトデをじ〜っと見ながら丁寧に固まったチョコの上にトッピングまでしてより繊細でリアルなヒトデチョコを作ったって言うのに! 最悪ですっ。おかげで風子、夜中にお腹がぐーぐー鳴って大変だったんですよっ?! トッピングしたところがうまく固まってるか心配で、夜に何度も何度も起きて冷蔵庫の前、見に来たって言うのにっ!! おかげで今日は遅刻ぎりぎりだったんですよっ? そんな…、そんな風子の丹精込めたチョコレートを食べてくれないなんて…。激最悪ですっ!!
「岡崎さんが食べてくれないんだったら、風子が代わりに食べてやりますっ!!」
 ちょっと涙目になりながらそう言うと、風子はきれいに包装されたチョコレートの紙を破きます。中から素敵なヒトデ型のチョコが顔を覗かせました。じ〜っと手に持ったチョコを見つめます。ぷるぷる…。手が震えだします。自分で作ったと言うこともあるかも知れませんが、やっぱり可愛すぎますっ!! とても食べる気になんてなれません。…と言うかこれを食べられる人は鬼か悪魔ですっ! そう思って風子は元に戻します。岡崎さんは、そんな風子に意地悪そうな顔をしてこう尋ねてきました。
「食べてやるって言っておいて、しまってるじゃないか? それ…」
「こんな可愛すぎるものを食べられる人がいますかっ? いいえ、いませんっ! ふ、風子には食べられませんっ! もちろん岡崎さんも食べられないはずですっ! こんなに可愛いものは…。可愛いものは…。可愛い…。ふふっ、ふふふふぅ〜」
 風子の目の前にはヒトデがいっぱいです。ヒトデパラダイスです。たくさんのヒトデたちに囲まれて一緒に過ごす…。ああっ! 何て幸せな気分なんでしょうか…。至福千年と言う言葉をどこかで聞いたことがありますが、風子はヒトデがあれば至福一万年くらいは過ごせますっ! いいえ! 未来永劫だって過ごせますっ! ふふふふふぅ〜…。
 …しばらくして、風子がはっと気付くと、風子の手にあの可愛いヒトデチョコレートがありません。どこに行ったんでしょうか? と辺りを見回すと…。岡崎さんが可愛いヒトデチョコを割って食べているではありませんか? あああああ…、声が出ません。丹精込めて作った風子の傑作を、風子の傑作を、あんな美味しそうに食べられるなんて…。
「岡崎さんがっ! 岡崎さんが風子のヒトデチョコを食べましたーっ!! う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ〜ん!! 酷いですぅ〜っ! 岡崎さんは極悪人ですぅ〜っ!! うわぁぁぁぁぁぁぁ〜ん!!」
「へっ? あっ? ちょ、ちょっと待て風子? お前、俺に食べさせるつもりでこのチョコ作ってきたんだろ? それなのに食べたら怒って泣くなんて…。おかしくないか? ええっ?」
 そ、それは……。それはそうですけど……。だったら最初に文句を言わずに食べてくれれば何も問題はなかったはずなんですっ!! やっぱり最悪ですっ! 岡崎さんは鬼ですっ! 悪魔ですっ!! ……でも美味しそうに風子の作ったヒトデチョコを食べている岡崎さんを見てると、ぐすぐす鼻を鳴らしながらもにっこり笑顔になってしまうんですっ! 岡崎さんは卑怯ですっ!


 ちびっこい体が俺の横で嬉しそうにゆらゆらと揺れている。その手には星型の何だか訳の分からんぬいぐるみがあった。そのぬいぐるみを持つのは、やっぱり俺の彼女の伊吹風子…。はぁ〜っと今日何度目になるのか分からないため息をつく。その横で俺の顔を一瞬恨めしそうに、でもその後でにっこり微笑むとぬいぐるみをしっかりと抱きしめて、風子は言う。
「岡崎さんが悪いんですっ! 風子の丹精込めて作った手作りチョコを無下に断るからですっ! 風子、悲しかったです…。それで風子がせっかくいい気持ちでヒトデのことを考えてる途中でぱくっと食べちゃうんですから、最悪ですっ!! 手作りチョコを最初に食べてくれなかった岡崎さんがそもそもの原因ですっ!! ……でも、半分、いいえ、全部嬉しいです……。って? 何で風子、こんな恥ずかしいこと言っちゃってるんですかっ?! やっぱり最悪ですっ!!」
 ぷぅ〜っと頬を膨らましながらも、にっこり微笑む可愛い笑顔。その顔を笑顔で見つめている俺。風子は相変わらず俺の買ってやった星型のぬいぐるみをぎゅ〜っと抱きしめて、半分夢見心地で歩いていた。手を繋ぐとぽっと顔を赤らめて、上目遣いに俺の手を握り返してくる。不意に風子がこう言った。
風子、岡崎さんが好きです。とってもとっても意地悪で最悪な方ですけど…。でも好きです…
 聞こえるか聞こえないか分からない声で、でもはっきりとした口調でそう言う風子。そう言う風子が妙に女の子らしくて可愛いと思った。今日は生憎の雨。傘をぱっと開く。ふと街の方を見ると、いたるところに傘の花が開いたように見えた。そんな中、二人で帰る道。今日2月14日は俺と風子の初めてのバレンタインだった。

END