朋也と風子の海水浴


 夏特有のぎらぎらとした太陽が頭上から降り注いでいる。梅雨明け間もない今日は、俺の彼女の伊吹風子との約束の日だ。誕生日に雨が降ってしまいどこにも行けなかった風子。そんな風子が可哀想に思えた俺は梅雨明けしたら海に行こうと約束してしまったわけで…。
「岡崎さん!! 海ですっ! 風子が夢にまで見たヒトデパラダイスですっ! ぐずぐずしてたらヒトデ好きな皆さんにヒトデを取られてしまいますっ! んーっ、風子、もう我慢が出来ませんっ! 取りに行ってきますっ!」
「こ、こら!! 待て、風子! 着替えもしてないうちから海に入ろうとするなっ! 海に入るのはちゃんと水着に着替えて、準備体操をしてからだ!!」
 海に着いた途端、我先にと海に向かうこのはっちゃけ娘の手を引っ掴み俺はこう言う。途端にぷぅ〜っと頬を膨らまして俺の顔を上目遣いに睨むヒトデ大好きっ子。
「最悪です。よりにもよって学校でいつも先生たちに注意されている岡崎さんに注意されてしまいました。でも風子、服の替えは2、3着用意しているので大丈夫ですっ。お姉ちゃんが用意してくれましたっ。それよりも岡崎さん! せっかくのヒトデが誰かに取られてしまいそうで、風子、かなり心配ですっ!!」
「大丈夫だって…、取られないように俺が目を光らせておいてやるって…。だからお前は早く着替えてこい。なっ? ……まあそれにこんなマニアックなもん誰も取りゃしないんだから……
 俺はこう言うと風子を更衣室のほうに連れて行く。風子は未練がましく海のほうを見つめていた。“ちゃんと見張ってておいてくださいよっ! 岡崎さんっ!! 風子、大急ぎで着替えてきますからっ!” そう言うと早足で女子更衣室のほうに向かう風子。俺はその後ろ姿を見送った。浜辺の一角にビニールシートを広げて待つ。パラソルも持ってこようとは思ったが重たすぎるので今回はパスした。まあ、春原って言う荷物持ちがいるなら別だけどな…。あいつは夏休みに入るとすぐに田舎へ帰っていった。何でも田舎のほうで就職面接会があるんだとさ。まあ、俺も来月初めに開催される就職面接会に出席するんだけどな……。
 ビニールシートの上、太陽がやけに眩しいのでサングラスをしてビニールシートの上に寝転がる。サングラス越しに見れば夏特有のぎらぎらぎらと輝く太陽が見える。しばらく寝転がってぼ〜っと夏の澄んだ青空を見つめていると、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。風子だろう。そう思い声のしたほうに振り向くと、案の定遠くの方でちびっこい体がぴょんぴょん跳ねていた。
「どうですか? 風子のこの水着は…。似合いすぎて声も出ませんか? そうでしょう…。お姉ちゃんとこの前お買い物した時に買ったものですからね? ふふふふぅ〜…」
 俺の元へ駆けてきてにっこり笑顔の風子。ああ、誕生日のときにそう言ってたな、って、へっ? とアホな顔になる。だってそこには白いビキニスタイルの風子が恥ずかしそうに手をもじもじさせながら立っていたからだ。ことみや杏ならまだしも風子には似合っていない。公子さんはいったい何を考えているんだ? そ、そりゃあ、風子も一応高校生なんだし、着てみたいって言うことは分かるけどなぁ…。でもビキニ、しかも腰の辺りを紐で括るタイプはどうかと思うぞ? せいぜいワンピースタイプとか、もしくは競泳用の水着か? って、それはマニアックか…。ど、どっちにしてもそれはどうかと思うがなぁ〜…と、風子の顔を見ると不機嫌極まりないという顔で俺の顔を上目遣いに見遣っていた。も、も、もしかして俺、声に出してたのか? そう聞くとこくんと首を縦に振る風子。
「岡崎さんよりかは、風子、大人びてますっ! 風子のどこが似合ってないって言うんですかっ? お姉ちゃんは“似合ってるよ〜…”って言ってくれましたっ! それなのに…、もう! 岡崎さんは失礼超魔王ですっ! …風子、とっても傷つきました。もうピストルで胸をズドーンって打ち抜かれたような感覚ですっ! 岡崎さん、責任とってください。風子の心の傷は思った以上に深いですっ! 本来なら岡崎さんに慰謝料を請求しますけど、そこは大人な風子です。ヒトデ探しを手伝うということで手を打ちましょう…。ああ、なんて風子は寛大なんでしょうか。大人びた風子の判断に岡崎さんはきっと涙を流して感謝することでしょう…」
 ぷぅ〜っと頬を膨らましつつも最後はにっこり微笑む風子。いやな、風子。大人はそんなへんちくりんな交換条件なんか出さないと思うんだが…。と言おうと思って風子の顔を見ると…、案の定夢の世界へ旅立たれた後だった。とほほ…。


「これだけあれば十分だろ? なっ、風子?」
「まだですっ! 岡崎さん、口を動かす前にまず手を動かしてくださいっ!」
 即座に却下される。小一時間風子のヒトデ探しに付き合わされる俺。ずっと中腰の姿勢なので腰が張ってとても痛い。がそんなことを言うと、“最悪ですっ!!” とばかりに風子に睨まれるので我慢する。しかし、こんなにいっぱいのヒトデをどうするんだ? 漢方薬でも作るのか?
「作りませんっ! そんなこと可哀想過ぎますっ! 岡崎さんだったらするかもしれませんが風子にはとてもそんな酷いこと出来ません! というかしません! もう、岡崎さんは無限大失礼ですっ! 風子が飼うに決まってるじゃないですかっ! 風子の彼氏だったらそれくらい察してくださいっ! 全くもって岡崎さんは失礼ですっ…。ぶつぶつ…」
 やっぱり飼うのな……。おおよそ見当は付いていたが、まさか本当に飼おうとは…。でもこれだけの量だぞ? 水槽とかも新調しないといけないしなぁ〜……。ってなに飼う気満々になってるんだ? 俺は…。ともかくもヒトデでいっぱいのバケツを見ながら俺はこう言う。
「なあ、風子。こいつは海に還してやろうや…。だってこんなに小さいんだぞ?」
 2センチくらいの小さい子供ヒトデをひょいっと手に乗せて、風子の前、見せてやる。かなり悲しそうな顔をして風子は俺の顔を見つめてこう言った。
「風子、責任を持って育てますっ! それでもダメでしょうか…。岡崎さん」
「自然にいるものは自然のままがいいんだ…。風子だっていきなり俺の妹だって言われて名前もいつの間にか岡崎風子になってたら嫌だろ?」
「はい。もしそうなったら風子、目を噛んで死にますっ!!」
 ぐぐぐっと拳を握り締めて力説する風子。いや、そこで力説しないでくれ……。一応は俺の彼女なんだから。はぁ〜っとため息をつくと、俺はこう言ってやる。
「だからな? でかいやつ、1、2匹だけ持って帰って残りは海に還してやろうや? なっ? 風子」
「うううっ……。わ、わ、分かりました。岡崎風子と呼ばれるよりは伊吹風子のほうがいいですので…。大きいヒトデを2匹ほど頂いて、あとは海に還そうかと思います……。かなり残念ですけど、仕方がありません…。大人な風子は我慢しますっ」
 お前、俺と同じ苗字になるのが嫌なのな…。でも俺の彼女なんだからもう少し謙虚になってくれてもいいと思うんだがなぁ…。もう一度大きなため息を吐く。風子は? と横を見るとうねうねと動く一際大きな海の星を持って、またあちらの世界に旅立っていた…。


 お昼は海の家で食事を摂る。幸い風子は好き嫌いなく何でも食べてくれるので俺としては嬉しい。おいしそうに焼きそばを頬張る風子を見てつくづくそう思った。ラジカセからはちょっと前に流行った曲が流れている。俺もたこ焼きなんぞを頬張りながらその音楽に耳を寄せていた。ふと、風子の方を見ると、何か物欲しそうにこっちの皿を見つめている。
「なんだ? 風子……。たこ焼き欲しいのか?」
「ふふ、風子は焼きそばで十分ですっ! た、たこ焼きなんてべ、別に欲しくはありませんっ! たこ焼きの外はカリカリ、中はじゅわーって言う感触なんて、ふ、ふふ風子、全然興味が無いですっ!! 最悪ですっ!!」
 そう言うと焼きそばをずるずると頬張る風子。そんな羨ましそうな顔で言われても全然効果はないと思うんだけどな? うん。目はしっかり俺のたこ焼きを見つめているし…。ふぅ〜っと一つため息を吐くとたこ焼きの紙皿から2つばかり突き刺して焼きそばの皿に移してやった。途端に嬉しそうな顔になる風子。
「…岡崎さん? たこ焼きいらないのですか? ……もう! …しょうがないですっ! 風子が残ったたこ焼き、全部食べてあげましょう…。ああ、何て風子は優しいのでしょうか。こんな風子の彼である岡崎さんは幸せ者ですね…。うふふふぅ〜」
 こう言うと俺のたこ焼きの皿からぷすぷす爪楊枝で刺して、自分の皿に移そうとする風子。いちいち面倒くさいので皿ごと移してやることにする。俺はふぅ〜っとため息を吐くと…、
「もういいや…。それ、お前にやるから。その代わり残った焼きそば、俺にくれ。交換だ」
 そう言って、半ば強引に箸を焼きそばに近づけて取り上げて食べる。風子は俺のたこ焼きを美味しそうに食べている。もう焼きそばなんて目じゃないわと言う顔だった。…別に半分ずつと言うわけではないが結局半分ずつと言う風になってしまう。ラジカセからは小気味のいいポップスが耳に流れていた。食べ終わって横を見ると風子はまだたこ焼きと格闘中だ。猫舌なのかまだ中が熱いのか、ふぅふぅと半分に割ったたこ焼きを冷ましている風子の横顔が見える。こうしてみると可愛いよな…。風子って…。相変わらずたこ焼きと格闘中の風子。日は真上からやや西に傾きつつある時間だった。


 あれだけ人がいっぱいだった浜辺も夕暮れにはもう誰もいなくなっていた。残るは俺と風子の二人だけ…。その風子は波打ち際で引いては寄せる波をスカートの裾を抓んでバシャバシャと蹴って遊んでいる。ちょうど買ったインスタントカメラも残り1枚になっていた。ファインダーを覗く。無邪気に微笑んで水と戯れている俺の彼女。その顔が無性に可愛らしくてシャッターを切った。
「おーい。風子〜、そろそろ帰るぞ〜」
 自分の荷物と、ヒトデの入ったバケツを持つと風子を呼ぶ。ちなみに風子の荷物は横のベンチに置いてあった。おしゃれなバックは公子さんと選んだものなんだろう。そう思った。風子の荷物を手に取る。このままいるのも何か味気ないのでちょっといたずらをした。風子のほうを見るとちょっと不機嫌そうに俺の顔を見てこう言う。
「ふ、風子もそう言おうかなって思ってたところですっ! よりにもよって子供みたいな岡崎さんに先を越されてしまいましたっ! ショックですっ! これじゃあまるで風子が子供みたいですっ…。って! 風子子供じゃありません…。もう! 岡崎さんは宇宙一失礼ですっ!!」
 ぷぅ〜っと頬を膨らませるとこっちへやってくる風子。上目遣いに見つめているその顔は俺の一番好きな顔だ。……これは風子には内緒なんだけどな…。
「何を一人でボーっと黄昏てるんですかっ? 岡崎さん。帰りますよっ!! 風子の荷物は…っと、わぁ〜っ!! どうして風子の荷物が木の上にぶら下げてあるんですかっ?! 最悪ですっ!! …って、岡崎さん!」
 ぷぅ〜っとリスが餌をいっぱい詰め込んだような顔で俺を睨む風子。でもそんな顔も可愛いと思う。これ以上膨らませると割れるんじゃないのかと思わせるくらい頬を膨らませている俺の彼女はこう言うんだ。
「風子、頭が火山のように噴火するくらい怒ってますっ! 岡崎さんは失礼の中の失礼、キングオブ失礼ですっ! …でも、風子の荷物を持ってくれて、さらに帰りにかき氷でもおごってくれるなら、許してあげますっ! ああっ、何て風子は寛大なんでしょうかっ? こんな女の子が彼女の岡崎さんは幸せ者ですっ!!」
 ってさ……。ぷぅ〜っと俺の顔を上目遣いに見つめる彼女。手を握ると途端に恥ずかしそうに下を向く。そんな仕草がとても可愛い今日は風子と約束していた海水浴の日だった。

END