ことみちゃん、駄々をこねる
現在午後9時を少し過ぎた辺り、俺の彼女はいつものように部屋の隅っこで体育座りをしながらこちらに背を向けて何事かぶつぶつ呟いていた。今年は日曜日と言うこともあって、どこか出掛けようと思って、ことみにもそう言う約束をしていたわけだが、急に今日中にやらなきゃいけない仕事が出来てしまい、会社に出かけて帰ってきてからずっとこの様なわけで…。まあ俺が会社に行くが行くまで、“今日はわたしのお誕生日なのに…。それでも朋也くんは行っちゃうの?” って言いながら俺の服の袖を掴んで離そうとしなかった。
「埋め合わせは絶対するから! だから袖を掴まないでくれ。服が伸びるだろ」
と言っても全然言うことを聞かずにますますギュッと掴んで離さないことみ。顔を見るとまるで捨てられた子犬のような顔でなおかつ涙目の泣きべそをかきながらこっちを見つめている。その顔には何度となく苦労をさせられている俺ではあったのだが、対ことみ用のとっておきの秘密兵器があるのでこれを使うことにするのだが…。
「異次元空間なんてそうそう現れるものじゃないの…。それに宇宙人だっていたって不思議でもなんでもないの」
と耐性が出来たのかこう言うとますます俺の服の袖をぐっと掴んで離そうとはしないわけで…。あまりに強く掴むものだから皺が幾重にも重なって、ヨレヨレになっている。顔を見るといやいやと首を横に振っていた。まあ休んでしまえばどうって言うことはないのだが、仕事にも一応の責任と言うものがあって行かなければならないわけだが、生憎と行かせないとばかりに袖を掴んでいやいやと首を横に振る俺の彼女がいたりするわけで…。この顔はテコでも動かない顔だと思ってふっといい案が浮かぶ。そうだ、社会見学と言う名目でうちの会社に来て仕事というものがどんなに大変なものか見せてやろう。そしたらことみも駄々をこねたりしなくなるだろう。そう思い直し、ことみに行く旨を伝えるのだが…。
「いやなの。私は朋也くんとご旅行に行きたいの」
と首を横にぶんぶん振って駄々をこね始める。本格的に参りだす。それでもどうにかこうにか言いくるめて一緒に会社に向かう俺たち。もちろんことみにしてみれば全然知らない世界だからか俺の服の袖をギュッと掴んで離さない。日曜日はどこも人でしかもいい天気だからか行楽地へ向かう人波も一緒に乗り込んでくる。ほとんどぎゅぎゅう詰めに押し込まれて、むぎゅっとことみの胸が俺の胸のところに密着する。思わず鼻血が出そうになるのをすんでのところで堪える俺。対することみは俺と一緒に出掛けられるのが嬉しいのか、にこにこ顔だ。やがて降りる駅に到着してほっとしたのもつかの間、興味を惹かれたものでもあったのか俺の彼女はぴゅ〜っとそっちのほうに行ってしまう。慌てて追いかけていくと、玩具店につく。まあ玩具店ならいいのだが、そこはそう、それ相応の大人が買いに来る玩具店なので珍しそうに見ていることみの首根っこを引っ掴んでずるずると出て行った。“痛いの、朋也くん。離してなの” とか何とか言ってるがこの際無視だ。ずるずる引っ張って歩くこと約5分、ようやく俺の会社が見えてくる。ここまでくればもう大丈夫だろう。そう思い離してやった。が、ぷぅ〜っと頬を膨らませて俺の彼女は不機嫌そうに上目遣いに見遣ってくる。
「あのなぁ〜。そんな顔をしたってじろじろ見るほうがおかしいだろ。あんなもの…」
「でも朋也くんの持ってる裸の女の人がいっぱい載ってるご本には、ああいうものを持って嬉しそうに笑ってる女の人をたくさん見たの。私も持ったら朋也くん喜んでくれるかなって思ったの…」
何だ、そうかぁ〜、俺の秘蔵のコレクションを見たのかぁ〜。あは、あは、あははははは…って! ど、どうやって? そう言うと、“この前杏ちゃんたちが遊びに来たときに杏ちゃんがこっそり朋也くんのお部屋に入っていって、“こんなのがあるわよ〜っ” って言って取ってきて…。それを見たの…” とちょっとぽっと頬を赤らめながらこう言うことみ。やっぱり元凶はあいつか! とも思ったがいない相手に怒ったところで埒が明かない。そう考えてことみに、“そういうことはもう少し大きくなってからな?” と諭すように言うが、“20歳は越えたからもう十分大人なの…” と相手はごくごく正論で返してくるわけで…。と言うかこんな時にだけ正論で返さないでくれ…。と思いつつ足取り重く会社に向かう俺がいるのだった。
で現在、俺の彼女は今朝にも増して拗ねてしまっているわけで…。まあ俺も自分の仕事でいっぱいいっぱいだったことは認めよう。でも俺が相手をしてくれないからって、みんなの前、子供のように駄々をこねて泣かなくてもいいのにとも思う。まあそれがことみのいいところだとも思うんだがな? しかしこれでよく大学の講義についていけるよなぁ〜っと独り言で呟くと、えぐえぐ泣きながら拗ねた表情の俺の彼女はこう反論してくるんだ。
「お勉強は楽しいから頭の中に自然と入ってくるの。そんなことより朋也くんはとってもとってもイジワルなの。私がお話してもぷいってよそを向いちゃうし、手伝えることがあるかなぁ〜って思って道具を取ろうとしても、“危ないから見ておくだけにしててくれ” て言って全然手伝わせてくれないし…。これじゃあ社会見学の意味が全然ないの…」
確かに正論だけどなぁ〜。だけど一つ二つ反論を言わせてもらいたい。必死こいて重い荷を運んでいるところで、“今日は一緒にお風呂に入りたいの” とか、火花がじゃんじゃん出ているそばで、“今日は一緒のお布団で寝ようね?” とか、ウィスパーな声で囁かないでくれと…。こっちは真剣に仕事をしてるのに気が散って満足に仕事が出来やしないじゃないか? まあことみも邪魔? ばかりしてくる割には仕事のほうは完璧にこなしていて同僚や上司も驚いてたけどな…。さすがは天才と言ったところか。と言う訳で明日は今日の代わりに休みをもらった。ことみにはまだ言ってないが、一日遅れの日帰りの小旅行なんかを企画しているわけで…。でもことみはどうなんだろう? と思ってそれとなく聞いてみると、“明日はそんなに大したご用事はないの” と言うことらしいので、明日は休みな旨と考えた日帰りの小旅行の企画を打ち明けると、今までぷぅ〜っと膨らませていた頬がまるでウソのように萎んで代わりにパァ〜っと可愛い笑顔が顔をのぞかせる。
「じゃあ早速帰ってご旅行の準備をするの。朋也くん、急いでなの!」
急がせるようにそう言って俺の服の袖を掴むと早足で駆け出す俺の彼女。ってプレゼントは? とは思ったがこの笑顔が何よりのプレゼントだろうな…。そう思いつつもう伸びきった服の袖の先、にこにこ顔だろう俺の彼女の後ろ髪を眺めつつ走る今日5月13日は俺の彼女、一ノ瀬ことみの誕生日だ。
END
余談ではあるが、その夜、昼間に言われたことを実際にやられてどこを見ていいやら困ってあちこち見ていると今度は一緒の湯船に入ってきてぽよんとした感触が非常に気持ちいい…んじゃない!! 恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら入っていた。それだけならまだよかったんだが問題はその後だ。やれやれやっと眠れる。明日は早く出なくちゃな? と思って眠りにつこうと思って目を閉じて約10分後…、やけにふかふかしたものが体に当たるなぁ〜っと思ってよく見てみると俺の横でパジャマ姿の彼女が気持ち良さそうに俺を抱き枕替わりにして眠っていた。ぽよぽよした感触が体中のあちこちに当たって眠れやしねぇ〜。起こそうかと思い、“ことみちゃん” と言ってみた。とすくっと起き上がる。起きたかと思い、“おい、ことみ。自分の布団で寝ろ” と言いかけた刹那、今度は前のめりに俺の体に覆い被さってくる。と同時に、むにゅっとした感触が今度は俺の体の表面積にどばっとやってきてしまい、結局朝まで一睡も出来なかった。そのことを知ってか知らずか彼女は、
「朋也くん、眠れなかったの? 目の下に大きな隈が出来てるの…。ご旅行楽しみだったんだね? うふふっ…」
といつもの笑顔でこう言う。その顔に何も言えずはぁ〜っとため息をつく今日5月14日、昨日の彼女の誕生日の埋め合わせに日帰りの小旅行に向かう朝だ。
TRUE END?