「祐一さんは、私と映画に行くんですぅ!!」
「ぽんぽこたぬきさん…。祐一は私と動物園……」
 俺こと相沢祐一は、今、猛烈に困っていた。ここは北海道のとある町の大通り…。そこで俺は、二人の女の子に両手を掴まれて引っ張られていた。


祐一君の災難


「えぅ〜……。祐一さんっ!! この分からず屋なお姉さんに一言言ってやって下さいっ!!」
「……祐一…。私、分からず屋なお姉さん? ……ぐしゅ…」
「だぁーっ!! 栞も舞もそんな目で俺を見つめないでくれーっ!!」
 左手を引っ張っているのは、美坂栞。余命幾ばくもない命だったが、今は元気でいる。まあ、最も今では元気すぎて困るくらいだ…。右手にしがみついているのは、川澄舞。俺より一つ年上の19歳。以前学校での魔物騒動の発端者だ。最も、その発端は俺であるのだが…。
 で、なぜこの二人が俺の両手を引っ張っているのかというと…。
「う〜っ!! 祐一さんが私の誕生日に映画に連れて行ってくれるって言うから、早いですけど今日連れて行ってもらおうって思ってたのに〜っ!! うっ、うっ、うえーん…」
「……私だって…、誕生日に祐一が“動物園に連れて行ってやるから”って言うから楽しみにしてきたのに…。ぐしゅぐしゅ……」
 とまあ、こう言うわけだ…。なぜこんな二重の約束をしてしまったんだ? 俺ももう年かな? 心の中でそう思った。そもそもあれは一昨日の昼…。


「祐一さーん!」
 たったったったっ、と元気に廊下をかけてくる一人の少女…。俺の一つ下の可愛い後輩、美坂栞だった。
「よう、栞。相変わらずお子ちゃまだな…」
「うっ…。こ、これから大きくなるんですっ!! そんなこと言う祐一さん、嫌いですっ!!」
 ぷぅ〜っと頬を膨らまして上目遣いで俺を見つめてくる。その顔はとても可愛かった。
「それより栞、今日の俺の昼ご飯は?」
「酷いこと言った人にはお預けですよ〜だ…。ぷんぷんっ!!」
 ご機嫌斜めな栞はそう言うとぷいっとよそを向く。完全に拗ねてしまったようだ…。可愛い娘にはイジワルしてしまうとは男の性だ…。しょうがない。今日は奥の手を使おう。
「…なあ、栞…。もうすぐお前の誕生日だろ? だからさ、明後日デートしてやるから…。だからそんな口を尖らかさないでくれ…。まるでドラ○もんのス○夫みたいだぞ?」
「祐一さん…、何気に酷いこと言ってませんか? …でも、嬉しいです。あっ、そうだ!! ちょうど見たい映画があるんですよ。祐一さん、だから映画に連れて行ってください!」
「あっ? ああ…。それはいいんだが、どんな映画を見るんだ? 栞のことだから…」
 突然、悪寒を感じる…。横を見ると、栞が俺の顔を上目遣いで睨んでいた。多分俺の考えていることが分かったんだろう…。
「私が見たい映画はアニメなんかじゃありませんよ〜だ! 大体私はもうすぐ17歳になるんですよっ!! 分かってますかっ? 祐一さんっ!! 私はそんなアニメを見るような歳じゃありませんっ!! 私が見たいのは…」
 栞の映画評論が始まる。ドラマはほとんど見ているという栞は映画にもうるさい。キャスティングがどうとか、脚本がどうとか、俺にはちんぷんかんぷんだった。適当に相槌を打ちながら栞の顔を見る。
 …嬉しそうに喋っていた。俺はそんな栞を見ながら、“よかったな…。栞…” 心の中でそう思った。


 その日の帰り道、いつもの水瀬家に帰る。しかし今日は精神的にも肉体的にも疲れた。5時限目は体育、男子はバスケットボールだった。しかも北川が…、
「相沢! 勝負だ!」
 そんなことを言ってくる。こいつは香里と俺が仲良くしているのが気に食わないらしい。だからこんなしょうもない勝負を毎回挑んで来る。俺から見ればまるで子供だ。だが売られたケンカは買うものだと、昔から言われている。俺は言った。
「ああ、いいだろう。北川…。で? 何を賭ける?」
「ふっ…。いい度胸だな、相沢…。まあ定番だが負けたやつは明日の学食を奢る……。で、どうだ?」
「それでいい…」
「相沢……、後で吠え面かくなよ…。ふっふっふっ…」
 まあ、試合は日を見るより明らかだった。当然俺の方のチームの勝ち…。北川は悔しそうに俺の顔を睨んでいた。それはいいんだが、普段使っていない筋肉を使ったものだから、筋肉が張って痛い。こんなところをあゆにタックルされたら即死だろう…。俺はそう思った。
 6時限目は俺の苦手な英語だ…。ほとんどの教科はこなせるが、ことに、この英語と言うやつだけは分からない。…外人と言うだけでびびってしまう。そこへくると我が香里先生はスラスラもんだ。はぁ、さすがは学年トップというだけのことはある。感心しながらその横顔を見ていた。


 と、そんなこんなで、疲労困憊で今水瀬家のほうに帰っていると言うわけだ。ちなみに名雪は今日も部活だ。ここ北海道は今日も雪。…こんな雪の中でも部活をするのか? と、ふと疑問に思ってしまう。
 そんなくだらないことを考えている途中で、ふと欲しいCDのことを思い出す、早速CD屋に立ち寄ってCDを買う。意気揚揚と水瀬家に帰っていると後ろから誰かに制服を掴まれる。んんっ? 誰だ? と後ろを振り向くと…、舞が一人で立っていた。
「祐一……。今帰り?」
「んっ? あ、ああ…。って、今日はお前一人か?」
「うん……。佐祐理は今日から実家に帰ってる……。だから今日は私一人…」
 ちょっと寂しそうに俺の顔を見る舞…。買い物をしていたんだろうか…。スーパーの袋を手にぶら下げていた。って、舞が料理なんてな…。以前、秋子さんに料理を教わりにきた舞…。でも、ありゃ最悪だった。うまくなったと言えば切るものばっかりで……。
「ぐしゅ…、酷い。祐一…。私だってカレーくらいなら出来るようになったのに…。ぐしゅぐしゅ…」
「なんで泣いてるんだっ? って、また俺……」
「ぐしゅぐしゅ…。祐一…。独り言呟いてた…。私だってあれから練習したのに…。ぐしゅぐしゅぐしゅ…」
 奥様連中を尻目に、舞が買い物客でごった返す道の真ん中で泣き出してしまう。って、またか……。またなのか? 何度同じことを繰り返したら気が済むんだ…。俺はっ!!
 って! 舞も何もそんなところで泣かなくてもいいだろうに…。子供のような舞の手を引くと、俺は駆け出す。奥様連中が何かひそひそと舞の手を引いて走る俺の顔を見ながら話していた……。
 舞の手を引いて、公園へとやってくる…。ベンチに腰掛けた。舞を見るとまだ泣いていたんだろうか、赤い目をしてこっちを睨んでくる。多分俺が独り言で呟いていたことに怒っているんだろう…。
「なあ、舞…。俺が悪かったよ…。許してくれ……」
 と頭を下げてみるが、効果は全然なし…。舞は俺の顔を拗ねた表情で見つめていた。子供のような表情に内心“ぷっ!” と噴き出しそうになるが、それが元でまた泣かれると非常に厄介なので、顔には出さないでおいた。
 しばらくして、やっと泣き止んだ舞が俺の顔をじ〜っと見つめてこう尋ねてくる。
「祐一…、明日…何の日か知ってる?」
「へっ? 明日か? 明日は……。明日は……。う〜んと……」
 明日は明日だよな? 何の変哲もない普通の日曜日だ…。と、舞の方に目をやると…。
「うううっ…。ぐしゅぐしゅぐしゅ…。明日は私の誕生日…。祐一…忘れたの?」
 舞がこれ以上ないという悲しい瞳で、俺の顔を上目遣いで見つめていた。…忘れていた。完璧に…。これと言っていいほどに忘れていた。舞は俺の顔を寂しそうに見つめている。まるでうさぎのように…。
 うさぎは寂しすぎると死んでしまうということをどこかの本で読んだ。今の舞が全くそれだ。相変わらず、ぐしゅぐしゅ泣いている舞に俺は言う。
「舞…。すまなかったよ…。許してくれ…。その代わりにお前の好きな所に連れて行ってやるから…。なっ?」
「……ほんと?……」
「ああ…、本当だ。だからお前ももう泣き止め…。なっ?」
 俺がそう言うと舞はこくりと頷いた。顔を見てみる。何だか嬉しそうだった。デートの日にちも明日に決まりほっと息をつく。って、誰かと約束していたような……。まあ、いっか…。俺はそう思った。
 今にして思えば何であの時に栞との約束を思い出せなかったのか…。今となってはさっぱりだった…。


 で、今現在…。俺は非常に困っていた。うう〜っと俺の顔を涙目になりながら上目遣いで見つめてくる栞。
“先約は私なんですぅ!! お姉さんは引っ込んでくださいっ!!” とでも言わんばかりな目で舞の方をぐぐぐっと睨む。舞も舞で…、
“私の方が長い付き合い…。あなたの方こそ引っ込んで…” とこれまた栞の方を睨んでいる。
 ぷぅ〜っと頬を膨らましてお互いの顔と、俺の顔を交互に見つめる栞と舞。まるで氷と炎だ。これじゃあ埒があかない。そう思った俺は…、
「なあ、二人とも…。ここは、穏便に…すまして…頂きたいと…そう……思っているんですけど?…。ねえ?」
 そう言った途端に、涙をいっぱい溜めて俺の顔を睨む栞と舞…。表面張力で今にも零れ落ちそうだった…。その二人を前に急に敬語になる俺。はぁ〜、と俺はため息をついた。穏便にはすませたい。だがそうなると3人で行動することになる。
 栞も舞もちょっと(と言うかかなり)わがままな部分があるので、3人一緒というのは無理だろう。俺は思った。
「だいたい祐一さんは優柔不断すぎますっ!! 一体誰のことが好きなんです? 私ですか? それともお姉ちゃんですか? それとも…、ここにいる分からず屋のお姉さんですか?」
 栞はそんなことを言って俺に迫ってくる。ぷぅ〜っと頬を膨らませて上目遣いで見つめてくる表情はとても可愛らしかった。香里がシスコンになるのは無理もないのだろうな…。たじたじになりながら俺は言おうとする。
「だ、だからね…。栞…。俺はその…。み、みんな大好きなんだよ?」
 苦し紛れにそう言って、そ〜っと栞の顔を覗き見る…。栞はにっこり微笑んで…。
「じゃあ、誰のことが一番好きなんかい?」
 と、そう言った。んっ? い…、今、俺の苦手な北海道弁を使っていなかったか? 栞に尋ねてみる。…が、栞は微笑んだままだった。舞はと言うと…。
「……私のことが一番好きだって言って…。お願い…、祐ちゃん…」
 そう呟いて、こっちを上目遣いで見つめてくる。って、舞? い、今、天野みたいな口調で“祐ちゃん”って言わなかったか? そう尋ねてみるが舞も微笑んだままだった。異様に重苦しい雰囲気が作り出される。俺は…、
「ふ、二人とも…。そんなに俺のこと…、見つめないで欲しいなぁ〜…」
 顔には冷や汗がたらり。上目遣いで見つめてくる。…いや、睨んでくる二人を前に愛想笑いを一つ…。それがよっぽど鶏冠にきたんだろう。気がつくと、頬を蛙のように膨らまして、目を半眼にして俺の顔を睨む栞と舞。
 顔が可愛いだけにそんな顔も非常に可愛い。が、ここは逃げるべきだろう…。と思い、後ずさるが……、
「「祐ちゃん!! どこさ行くんだべっ!!」」
「ぐはっ!!」
 思わずすっ転んでしまいそうになるが、体勢を立て直す。見ると目にいっぱい涙を溜めた栞と舞が俺を寂しそうに見つめていた。栞がおもむろに口を開く。
「祐ちゃん、酷いんだべさ…。あたしもこのお姉ちゃんも祐ちゃんのこと、大好きなんだべ? なのに、なのに…。そのあたしたちをほったらかしにして、どこさ行くんかい? まさか…、二人とも、もういらねって…。なげるんだべな? 祐ちゃん。そったら…、そったら祐ちゃん…。う、うう、うえ〜ん」
「酷いべ…。祐ちゃん…。あたしもこの子も祐ちゃんのこと、大好きなのに…。そったらあたしたちをなげていく祐ちゃん…。酷いベさ…。……ぐしゅぐしゅぐしゅ……」
 天野のような喋り方をして、涙を流しながら捨てられた子犬のように俺の顔を見つめてくる栞と舞。うっ!! その顔は反則じゃないか? 俺は思った。
「だーっ!! 栞も舞も泣かないでくれーっ!! って言うか、北海道弁はやめてくれーっ!!」
「「じゃああたしの言うこと、何でも聞いてくれる?」」
 そ、それは…。と俺は思わず言い淀んだ。栞と舞は涙をふきふき俺の顔を見つめてくる。その顔はとても可愛らしく……、俺は素直に首を縦に振るしかなかった…。


「ロマンティックでしたねー。祐一さん…。舞お姉さん…」
「うん……、最後の台詞が感動的だった……。…さあ、次は私の番。動物園…、行く……」
 どういう訳かあの後、妙な連帯感が出来たのか栞と舞はすっかり仲良くなってしまった。香里以外にお姉ちゃん的存在がいなかった栞にはよかったんじゃないかと思う。舞も舞で佐祐理さんしか友達がいなかったんだから、これはこれでいいだろう…。しかしな……、
 両腕に体を寄せるのはどうかと思うぞ? これじゃ、遊び人のお兄さんにしか見えないじゃないか! 現にあちらこちらで……、
「やーねー、あの男の子。女の子二人を両腕に抱きしめちゃって……」
 とか言う奥様連中の揶揄が聞こえてくる。抱きしめられてるのはこっちなんだっ!! と言いたいが、また泣かれると、更にやばくなるので我慢することにした。奥様連中はそれでいいんだが…、
「あの野郎…。どこの誰だ? 今度一人でいたらリンチだ…」
 物騒な言葉も聞こえてくる。そ〜っと、その方向を見てみると、怖いお兄さんたちが恨みや憎しみや羨望と言ったような視線で俺の顔をじ〜っと見遣っていた。
 これからは、夜は一人で出歩かないようにしよう。そんなことを思う栞と舞の誕生日の間の日曜日だった…。

おわり

おまけ

 次の日の昼休み…。
「相沢君…。ちょっとこっちにいらっしゃいな…」
 香里が熊をも倒すと言われる伝説のメリケンサックをつけて、ぷるぷると手を震わせながらにこにこと笑みを浮かべてこっちを見ていた…。その横から…、
「あははー。祐一さん…。早く来て下さい〜」
 佐祐理さんも、ステッキを持ってにこやかに笑っている。……額に怒スジを浮かべながら……。佐祐理さんの持つステッキがぴくぴくと動いていた…。
「ま、待てっ! 香里…。佐祐理さんも、ちょっと待ってよ……。これには深〜い訳が……」
「何が深〜い訳よ!! 栞が言ってたわ! “今日は祐一さんに泣かされました” って…。相沢君…。あたしの妹を泣かすとはいい度胸ね…」
 香里は半眼で、俺の顔を睨む。急に怖くなった俺は、優しい佐祐理さんに助けを請う。怒スジは浮かんでいても佐祐理さんは助けてくれる。そう信じて…。だが…、
「許しませんよー♪」
 そう言うと佐祐理さんはにっこり微笑んで、ギロッとこっちを睨む…。その時、俺の脳裏に走馬灯が一瞬見えたことは言うまでもない。“栞〜!! 舞〜!! 何でだ〜っ!!” 心の中で俺はそう絶叫していた。
 土下座までして必死で誤解を解こうとする俺…。そんな俺を横目で睨みながら香里と佐祐理さんがこう言う……。
「「問答無用……(ですね……♪)」」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
 必死の命乞いも虚しく、俺は人間兵器と魔女っ娘に追いかけられた…。必死で逃げる俺をクラスの男子…、いいや、学校の男子全員が“ざまぁ見やがれ!!”と言う目で逃げる俺を見ている。女子も少なからず同じような目をしていた。教師までもが同じような目をしていた。
 その中心にいる男、北川は……。
「相沢……、グットラック…」
 そう言うと、十字を切っていた。くっそ〜っ!! お、お、俺には味方はいないのか〜っ?! ……人生の挫折を味わったある寒い冬の日の昼休みだった。

ほんとにおわり