泣き虫香里ちゃん
「えくっ…、ひっく、えうぅぅぅ〜……」
あの香里が泣いている。学年トップの頭と美貌。そして不良学生どもをなぎ倒して更生させてきたあの香里が…。
「美坂、泣くなって。笑ってるぞ? みんな…」
「だ、だって〜。今日はあたしの誕生日なのに、誰も何も言ってくれないんだもん。え、え、えうぅぅぅ〜」
北川がそう言って香里を介抱する。って、香里があんなふうに泣くところなんて1年前のあの雪の中以来だ。1年前は悲しみに満ち溢れていた涙だった…。だけど栞の病気が治ってからというもの、時々こう言う風に泣くことがある。大概は栞に、“お姉ちゃんとは口も聞きたくありません!!” なんて言われた時だ。でも今回のように泣きじゃくると言う風な感じはあの雪の中での出来事だけだったので、俺は正直驚いている。香里を見る。泣きじゃくると栞のようになるんだな? やっぱり…。姉妹の血は争えないな。俺はそう思った。
しかし何で今、こうして香里が泣きじゃくっているのか。それを話さなければならないだろう。そう、あれは昨日の昼…。
栞手製の弁当を、1年前、舞と佐祐理さんが使っていた屋上へと続く階段の踊り場で食べていると、栞がこんなことを言ってきた。
「祐一さん、明日お姉ちゃんの誕生日なんですけど、何か記念になるようなことをしませんか? 例えば……、そう! どっきりカメラのように驚かすとか…。例にして言えばそう言うことなんですけど…」
確かにおもしろい企画だ。だけどあの香里だぞ? うまく引っ掛かってくれるかどうか…。俺がそう言うと、
「大丈夫ですよ? 祐一さん。みんなでお姉ちゃんの誕生日の事を無視するんです。で、家に帰ってきたところで…。うふふっ。最近お姉ちゃん、家でもそわそわしてるし、あれはきっと誕生日が待ち遠しいんですよ。自分の誕生日のところに赤い丸なんて入れてましたし…」
そ、そうなのか? 学校内で“鋼鉄の女”と異名を持ち恐れられている香里でも、やっぱり可愛いところもあるもんなんだな。意外性にびっくりする俺。そんな俺に妹の栞は家での香里の生態をこと細かく教えてくれた。
まず以外に怖がり、泣き虫、ファンシーな物を集めるのが趣味とか…。う〜ん…、普段の香里とは正反対のような気がするんだけどなぁ〜。そう思った。だけど栞の真剣そうな目を見ているとあながち嘘でもあるまい。俺はそう思い直した。
「じゃあ、祐一さん。皆さんに言っておいてくれますか? 私は美汐ちゃんに言っておきますので」
「ああ、分かったよ。でも、実際香里がそんなものに引っ掛かるかどうかだなぁ?」
「大丈夫ですよ。祐一さん。家ではもう進行中ですから…。うふふっ」
そ、そうなのか? 俺がそう言うと、はいっ! と大きく頷く栞。ふ〜ん。まあ、おもしろそうだな。そう思って了承しておいた。
俺たちは高校3年生、もう卒業式も間近に迫っている。ちなみに大学はみんなと同じ近くの総合大学にした。結果も分かりほっと一息ついたところだ。舞と佐祐理さんもその大学に通っている。本来なら学習過程も終わって休んでもいいんだが、習慣と言うものは恐ろしい。2月に入っても毎日学校へと通っている。まあ、俺はこの雰囲気が好きなんだろうな。そう思っている。帰りに北川と名雪を誘って帰る。香里は“今日は後輩の勉強を見る約束があるから先に帰ってて”と言って早足で教室を出て行った。俺としては好都合だ。そう思い廊下を歩いていた北川と名雪に栞と昼に話していたことを話す。聞いていた北川は嫌そうな顔をしてこう言う。
「確かにおもしろそうな企画だが、何か騙しているようで嫌だぞ?」
「そう言うなって…。お前の気持ちも分かるがな……。でももう美坂家のほうでは進行中らしいぞ?」
「う〜ん。まあ、しょうがないか…」
俺はこう言って説得する。北川はしぶしぶ了承した。名雪は、
「がっかりさせるのはいやだけど…。でも、栞ちゃんはびっくりさせるだけだよね? それならわたしも賛成だよ?」
こう言ってにこっと微笑む。何とか了解は得た。後は栞のほうだけど大丈夫だろう。直感的に思った。校門前まで来ると栞と天野が待っていて一緒に帰ることにする。天野を見ると、うふふっと微笑んでいる。と言うことは天野も了承したんだな? そう思った。歩いていると栞が小声で、“あのこと言いました?”と聞いてきたので、俺は名雪たちのほうを見る。親指を立てる北川と、ニコニコ笑顔の名雪。その二人の反応を見たのか栞もにこっと微笑んだ。
栞たちと別れていつもの水瀬家に帰る。帰るときに名雪と話したんだが一応同じ居候仲間であるあゆと真琴にも言っておいたほうがいいな…、と言うことになり話すだけ話しておいた。全く面識のない真琴はちんぷんかんぷんだったが、栞との面識があるあゆは、
「うぐぅ〜。ボクはすぐに顔に出ちゃうから…。きっと香里さんが見たらばれちゃうと思うんだよ。心配だなぁ〜」
「大丈夫だよ…。あゆちゃん。もしばれそうになったら祐一かわたしでフォローしてあげるから…」
名雪はそう言って微笑む。あゆもにっこり微笑んで、うん! と大きく頷いた。真琴は終始はてな顔だ。お祝いするためにちょっとびっくりさせるんだと言ったら、大いにやる気を起こす。あのいたずら根性! が目を覚ましたんだろう。そう思った。
秋子さんにも一応話しておく。と言っても秋子さんの場合、すぐに了承されるに決まっているんだけど。
「了承」
やっぱり一秒だった……。
さて次の日。いよいよ香里の誕生日になる。作戦決行の日だ。名雪は卒業間近にもかかわらず部活で朝早くに出かけていった。俺も制服に着替えて部屋を出る。窓の外はまだ雪が降っている。でも、それももうすぐ終わりだろう。そう思い階段を下りた。
「おはようございます。祐一さん」
「おはよう、祐一君」
「おあおう、うういひー(おはよう、祐一ー)」
リビングに入ると秋子さんとあゆと真琴が、朝食を食べていた。俺も席に着く。秋子さんがコーヒーとパンを用意してくれた。ゆっくり咀嚼しながら食べる。いつものように秋子さんがオレンジ色のジャムを勧めてきたが、丁重に断わる。悲しそうな顔をしていた。一応何でも食べられる俺ではあるんだがあのジャムだけはどうにもダメだ。他のジャムは美味しいのに何であのジャムだけあんな味なんだろう。不思議に思った。
真琴とあゆと一緒に家を出る。ちなみに真琴は今、保育園のお手伝いをしていて、今度の4月からあゆも一緒にすることになった。今は研修期間らしい。って言ってもすぐに採用になるんだろうけど…。真琴は以外にも園児たちに人気があるらしい。まあ、見た目がお子ちゃまな真琴だ。園児たちには先生じゃなくてお姉ちゃん的な存在なんだろう。そう思う。
これにあゆが入るとますますお子ちゃま度が上がるなぁ〜。ぷぷぷっとあゆが入った状況を考えて、一人あゆと真琴が去っていた道を見て微笑む。
ひとしきり微笑んでまた歩く。あと1ヶ月もすれば雪も溶けるんだなぁ〜っと思いつつ辺りを見回した。雪はまだ辺り一面に降り積もっていて寒い。これが溶けて本格的に暖かくなるのは4月の半ばくらいからなんだろうな。そう思いながらまた歩き始めると、後ろのほうから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「相沢く〜ん」
立ち止まって振り返る。姿が見える。その姿は紛れもなく今日の主役、美坂香里その人だった。
「おはよう、香里。今日はえらくご機嫌だな」
「えっ? そう? 分かる?」
「不良中学生がまじめになって嬉しいんだろ? ああ、分かるよ。その気持ち。って、俺、北川と約束してるんだった。香里、悪いけど先に行かせてもらうな?」
手を顔に合わせる。驚いた表情の香里。突っ込まれるとボロが出てきそうだったので話を早々に切り上げて走り出した。後ろから香里が何か言っていたけど気にしないでおこう。
一足先に学校に到着する。北川を探すとぼ〜っと廊下の窓にもたれて陸上部の練習なんかを見ていた。呼び止めると一瞬ビクッとなって、
「な、何だ相沢か…。美坂かと思ってびっくりしたぜ」
「おお、北川。今日は香里にはあまり近づかないほうがいいと思うぞ? さっきいつものところで香里に会ってな…。何か言いたそうな目をしながら見つめてたぞ。あれは相当家でも誕生日のことはタブーになってるな…、絶対……」
「栞ちゃんの言ってたことはあながちウソじゃなかったんだな? で? どうする? 相沢。どこかに隠れるか?」
う〜んとしばし熟考。隠れるにしてもいいところはないし、かといって、見つかって痛い目を見るものもっと嫌だ。そう思って、ふといい案が浮かぶ。そのことを北川に告げると…、
「ああ、俺はそれでいいぜ? でも相手はあの百戦錬磨の美坂だぞ? 学校にいないとなるとあちこち探したり水瀬に聞いたりすると思うんだ。水瀬にも一応言っておいたほうがいいんじゃないのか?」
「そうだな。じゃあ俺がそれは伝えておく」
俺たちはそう言って別れようとする。が……。
「あらぁ、二人して何の相談なのかしらぁ〜。最近家であたしだけのけ者にしてこそこそ何かやってるのよねぇ〜。それに今日ここにくるときに相沢君にあったら、あたしのこと何だか避けてるように感じたのよねぇ〜。相沢君。何かあたしに隠してる?」
そこにはふつふつと怒りのオーラを出しつつ、戦乙女・香里お嬢様が腕組みをしながら立っていた。顔を見ると怒スジを浮かべている。
「い、い、いや。俺は何も…、なぁ? 北川?」
「あ? ああ。そ、そうだ相沢。約束あったんだっけ? 早く行こうぜ? じゃ、じゃあな。美坂」
北川の機転が利いたのか、呆気に取られる香里。その隙に逃げ出す俺たち。
「あっ? こ、こら。待ちなさいよー!!」
全速力で追っかけてくるが、男子の走力と女子の走力とでは雲泥の差だ。俺たちはとうとう香里の追撃を振り切り、近くの公園で一息つく。
「ふぅ、ふぅ…。何とか巻いたか。でも名雪には言えなかったな。…まあ、あいつには用心のために最終兵器を持たせてあるから大丈夫だろ?」
「はぁ、はぁ、そ、そうだな。って、最終兵器って例のあれか? 相沢」
「ああ、護身用に秋子さんが持たせてあるんだ。って言うか俺も持ってるぞ?」
そう言って鞄を開けようとする俺。北川は顔を青くしながら、ふるふると首を振る。前に一回秋子さんに勧められて、酷い目にあってる北川なのでそれは仕方がないのだろう。そう思った。
「で、どうする? 相沢。じきにここも知られるぞ? 俺の家っても、ここからじゃちっと遠いしな…」
「水瀬家に行こうと思ってもなぁ〜。ここからじゃ微妙に遠いし…」
そう思って、ふといい案が浮かぶ。真琴とあゆが行っている保育園だ。あそこなら隠れるところもいっぱいあるし、それより何より戦乙女の目も誤魔化せる。そう思い俺は北川に提案する。すると…。
「う〜ん。保育園ねぇ〜。真琴ちゃんと月宮さんはいいとして、園長先生になんて言って許しをもらうかだな。ほら、最近物騒だろ? どこも防犯には力を入れてるみたいだしな」
「まあ、確かにな。…そしたら秋子さんに電話して了解とってもらうってのはどうだろう」
「おお、その手があったなぁ」
手をぽんと叩いて北川はそう言う。一緒に公衆電話に向かう。で、案の定秋子さんから一秒で了承をもらい、早速保育園へ行こうとすると…。
「はあ、はあ、はあ…。や、やっと見つけたわ…。相沢君、北川君。覚悟は…って? ま、また逃げたわねーっ!!」
「おい。相沢。何だか俺、美坂が可哀想になってきたぞ…」
「言うなよ北川…。俺だって同じなんだからさ。でも栞との約束もあるし仕方のないことなんだ」
そう言いあいながら保育園へと向かう俺たち。途中まで戦乙女が憤怒の形相で追いかけてきていたが何とか振り切った。地団駄を踏んで悔しがる香里の姿を走りながら遠くで見つつ、“これじゃあ、祝う前にいじめてるような感じじゃないか? 栞…” 俺は思った。
保育園に到着する。真琴とあゆはと見ると庭で園児たちと砂遊びをしていた。園長先生に会って事情を話すと…、
「まあ、あなたたちが秋子が言ってた子たちね? うちは大歓迎よ。ボランティアはいい経験だからね? それに真琴ちゃんとあゆちゃんも喜ぶと思うよ? あっ、でもこのことは二人には内緒にしてあるから…。ねっ?」
と言いながら微笑ましそうに俺たち(特に俺)の顔を見つめる。北川は、
「いやあ、もてる男はつらいねぇ〜。へへへっ」
と鼻を擦って俺の顔をまじまじと見ながら、そんなことを言ってくる。顔から火が出た。“みんなに紹介しますか…” そう言って先生は俺たちを連れて、園庭に出る。手を叩きながら、“みんなー、ちょっと先生のほうに向いてー” と大きな声で言った。遊んでいた園児たちがいっせいにこちらへ向く。当然真琴たちも…。
「えーっと、今日一日だけみんなと遊んでくれるお兄さんです。じゃあ、自己紹介して?」
園長先生が言う。簡単に自己紹介を済ませると、途端に園児たちから拍手が沸いた。な、何でだ? 真琴とあゆを見るとはてな顔になりつつも、園児たちと同じように拍手をしている。その仕草が余りに滑稽で俺たちは顔を見合わせて、ぷっ! と吹き出してしまった。
「おつかれさま…。これ、少ないけど今日のお礼よ?」
「あっ、べ、別に俺たちは…。な、なあ、相沢?」
「そ、そうですよ。園長先生。逆に俺たちのほうがお礼しなくちゃいけないのに…」
夕暮れ。園庭の前では園長先生が俺たちに金一封を渡そうとしている。丁重に断りを入れようとしていた俺たちに対して園長先生は諭すようにこう言う…。
「こーら。君たち。そんな遠慮ばかりしてると、遠慮星人になっちゃうぞ? って冗談だけど…。まあ、話はぜ〜んぶ秋子から聞いてるわ…。いい子たちねぇ。栞ちゃんって言う子も、君たちも。…これは香里さんへの誕生祝いだ〜っと思って受け取っておきなさいな…。あっ、真琴ちゃんとあゆちゃんも。今日のお給金。また明日もよろしくね?」
「うん。ボク、明日も頑張るね?」
「真琴もがんばるっ!!」
うんと大きく頷く二人。園長先生はそんな二人を優しく見つめていた。保育園の門を過ぎて大きく緩やかな勾配の坂道を登りきったところでもう一度保育園を振り返る。園長先生はまだ手を振っていた。
「なあ、相沢。プレゼント何にした?」
「ああ? 俺か? 俺は手頃なところでネックレスにしたよ……。そう言うお前は? 仮にも彼女なんだから高価なもんなんだろ?」
帰り道。まだプレゼントの決まっていないあゆと真琴に付き合って、商店街の一角にあるファンシーショップの前で俺は北川にそう尋ねる。ちなみにプレゼントは昨日の夕方名雪と学校の帰りに買っておいた。“香里に似合いそうだね?” 名雪はそう言いながら微笑んでいたことを思い出す。言い忘れていたが香里と北川は付き合っている。いわば恋人と言う関係だ。
「なっ? お、俺か? 俺はまあ、ど、どこにでもある極々普通の指輪だよ…」
慌てながらそう言ってくる北川。そんな北川が妙に面白くて、“ぷっ”っと吹き出してしまう。北川を見ると恥ずかしそうに頬をぽりぽり掻いていた。前を見るとあゆと真琴が嬉しそうに店から出てきていた。
「いいのがあったよ? 祐一君!」
「真琴が選んだんだからね? あゆあゆはただ見てただけなんだからっ!」
「うぐぅ〜!! ボクだって真琴ちゃんが“これがいいかなぁ?” って悩んでるときにこっちのほうがいいよって言ってたんだから〜。ずるいやずるいや真琴ちゃん。うぐぅ〜」
こう言い合う真琴とあゆ。いつもどおり喧嘩が始まって、結局最後は俺のところにくるのか…。はぁ〜。また肉まんとたい焼きを買わされるんだ…。財布の小銭を確かめつつ横を見ると、北川が笑っていた。
今日はあたしの誕生日。今年で18歳になる。いつもなら北川君あたりから”おめでとう”の一言があるのに。今年に限って全然ない。というか相沢君と逃げていってしまった。栞は栞であたしに隠れて、こそこそ何かやってるし。何なの? 今日の昼は昼で相沢君たちに事の真意を聞こうと思ったのに、あたしの顔を見るなり、すたこらさっさーって逃げちゃうし…。
いつもとは何かが違う。って言うか違い過ぎてる。そう思いながら今、家へと帰ってる途中。途中で、北川君の態度に腹が立ってくる。自分の彼女の誕生日を忘れているのじゃないかしら? ……そ、そうよ! 絶対そう! そうとしか考えられないわっ!! あああっ!! 何かむしゃくしゃしてきたわ。栞は栞で隠し事をしてるようだし…。名雪たちも昨日からおかしいのよね…。どうもみんなしてあたしをのけ者にしてるように見えるんだけど…。って言うか絶対のけ者にしてるわ。そう思った。
もうすぐ卒業なのに、高校生活も後僅かだって言うのに…。これじゃああんまりだわ…。そう思うと胸が締め付けられるようにきゅんとなる。涙が溢れてきそうになる。でもぐっと涙をこらえるとあたしは家路を急いだ。とぼとぼと帰る道。また雪が降ってきたみたい。どおりで寒いわけだわ。そう思った。と、美味しそうなケーキ屋さんの前を通りかかる。…どうせ誰も祝ってくれないんだ。自分でお祝いしよう…。そう思ってショートケーキを1個買う。何て惨めなんだろう…。そう思いながら家へと向かった。
「祐一さん、北川さん、皆さんも。お姉ちゃんが帰ってきたらクラッカーを鳴らしてくださいね?」
私はそう言ってお姉ちゃんを待っている。ケーキは秋子さんとあゆさんと真琴ちゃんが作ってくれた。料理は倉田先輩や美汐ちゃんと一緒に作った。、お部屋の飾りつけは、祐一さんと北川さんにやってもらった。うん、どれもこれも完璧だ。そう思った。後はお姉ちゃんが帰ってくるだけ…。でもお姉ちゃんには酷いことをしたと思ってる。だから帰ってきたら盛大に祝ってあげよう。これとないほど盛大に…。私はそう思った。
そうしている間にガチャっと玄関の鍵が開く音。とことこと足音が近くなる。リビングに入ってくる。今だ!!
“パーン、パパパパーン”
一斉にクラッカーを鳴らし、そして…。
「お姉ちゃん(香里・美坂・美坂さん・香里さん)お誕生日おめでとう!!」
みんなでこう言った。びっくりしたような顔のお姉ちゃん。呆気にとられると言うほうが想像が付くのではないだろうか。そんな顔をしていた。
「な、何よ? みんなして内緒でコソコソやってたのって、あたしの、あたしの誕生日を祝ってくれるための?……」
そう言うとへなへなへなと座り込んでしまう。お姉ちゃんを見る。涙が溢れてきていた。
「……バカ……」
一言そう言って沈黙するお姉ちゃん。その顔は涙でいっぱいだった…。
「えくっ…、ひっく、えうぅぅぅ〜……」
「美坂、もう泣くなって。笑ってるぞ? みんな…」
「だ、だって〜。今日はあたしの誕生日なのに、誰も何も言ってくれなくて、すっごく寂しかったんだもん。え、え、えうぅぅぅ〜」
美坂はさっきからこの調子だ。まあ、よほどびっくりしたんだろうけどさ。でもさ、そんな顔をしてるとせっかくのかわいい顔が台無しだぜ? そう思い俺は何も言わずハンカチを出してやる。ハンカチを手に取り、ぐすぐすと涙を拭いている彼女を見ながら俺は、
“美坂、誕生日おめでとうな?”
そう心の中で言った。春まだ遠い3月1日。今日は俺の彼女、美坂香里の18歳の誕生日だ。
END