妹みたいなお姉さん
「…祐一……、約束破った……」
俺の目の前、一人の少女が拗ねている。少女の名前は川澄舞。俺より1つ年上のお姉さんだ。でも、お姉さんと言うよりは妹と言う感じがするのは俺の間違いだろうか?…。現に今、拗ねて上目遣いでじぃ〜っと見つめてくる表情なんぞは、幼い妹がお兄ちゃんに遊んでもらえないときの拗ねた顔のようで……。
そう考えている俺の頭に、ぽかっ!! と舞のチョップが襲ってくる。
「痛てて…。何するんだ? 舞」
頭を抑えつつ舞のほうを見る俺。案の定と言うか何と言うか…、ぷぅ〜っと子供のように頬を膨らましている舞がいた。
「祐一がまた私のこと、子供扱いした……。これでも私、祐一より1つ年上のお姉さん。なのに祐一はいっつも私のこと、子供扱いしているように見える。そう……、この前のデートの時だって……」
そう、この前舞と佐祐理さんとデートをした。いつも3人で一緒に行く動物園だったんだが、この冬は例年にない大雪のために動物園も閉園になっていたんだ。佐祐理さんと“仕方ないですよね〜?”と言い合って、帰ろうとするとぎゅっと手袋越しの手で俺と佐祐理さんの手を掴む女の子がいる。後ろを振り返ると案の定、舞が寂しそうに立っていた。
「動物さん、見たい……」
「閉園って書いてあるでしょ? 舞…。また今度春になって桜が咲いてからにしようよ。ねっ?」
「でも…、動物さん…見たい…。ダメ? 祐一、佐祐理…」
上目遣いで、うるうる涙を滲ませながら言ってくる舞の顔は、近くの幼稚園児の女の子がお母さんに怒られてしゅんとなっている時の顔に似ている。って言うか瓜二つなんじゃないのか? と見間違うぐらいだ。でもこんなことを言うと泣き出してしまう可愛いお姉さんにきつく言うことも出来ず…、いつもある妥協点でカバーするんだ。
「佐祐理さんが美味しい牛丼作ってくれるのになぁ〜? ねえ、佐祐理さん?」
俺はそう言って佐祐理さんに目配せをする。知り合って2年目。佐祐理さんとは今では旧知の仲のようで、つうかあの仲になっていた。もともと人の良い佐祐理さんだ。仲良くなるにはそうは時間がかからなかったんだが…。
「せっかく佐祐理が美味しい牛丼作ってあげようかなぁ〜って思ってたのになぁ…。残念ですぅ…」
そう言って残念そうな顔をする佐祐理さん。俺にだけ見えるようにウインクしながらぺろっと舌を出す。その表情はすごく可愛かった。舞はと言うと?…。
「……牛丼……、食べたい……」
独り言のように呟いているし……。ハラペコ属性とでも言うのだろうか、急にお腹をさすりだす舞を見ながら俺たちは顔を見合わせて笑い出す。途端に不機嫌そうな顔になると…、“ぽかっ”と舞のチョップが襲ってきた。こう見えて意外とグルメな舞。帰りしな立ち寄ろうとした牛丼屋でも……、
「佐祐理の作った牛丼が食べたい…」
と言って俺の顔を恨めしそうに見る。はぁ〜。わがままと言うか何と言うか…。佐祐理さんのほうを見ると、
「ねえ舞。佐祐理、今日はお夕飯、外食にしようって祐一さんと話してたからお買い物とかしてないんだよ? おうちに帰っても何もないんだよ? だからここで食べて帰ろうよ。ねっ? ほら、舞の好きな特盛りもあるんだし……」
そう言って、すまなそうに舞のほうを見る。俺も…。
「そうだぞ舞。お前もたまには佐祐理さんの苦労を分かってだな…、もう少し協力しないとダメだぞ?」
そう言った。途端に舞の手刀が俺の脳天に、ずびしっ! と襲ってくる。“痛てーっ!”と頭を抑えつつ舞の顔を覗き見れば超不機嫌そうな顔だ。
「祐一…偉そう…。祐一に出来るのはカップそばか皿洗いだけ……。私はちゃんと佐祐理のお手伝いしてる…。だから私のほうが凄い…」
ぷぅ〜っと頬を膨らましながらそう言ってくる舞。だけどお手伝いといっても佐祐理さんの料理の味見か、皿を並べるくらいだけだろ? そういうのはお手伝いとは言わないんだ! とは思ったが、こんなことを言うとこの妹のようなお姉さんはぐしゅぐしゅ泣いてしまうのでそれは言わないことにした。
「とにかく私のほうがお姉さん。分かった? 祐一…」
「分かったよ…。舞」
そう言うとまたぽかっ! と舞チョップが俺の頭にクリーンヒット。何でもいいがぽかぽか叩くのはやめてくれ! って言うか何で叩かれてるんだ? 俺…。舞の顔を見る。ぷぅ〜っと膨れた頬をますます膨らます。何だか針で突くと空気が抜けそうなくらいの勢いで膨らませている。怒ってるんだろうな。でも怒った顔も可愛いだなんてちょっと卑怯だと思った。
「何度も何度も言うようだけど、私のほうがお姉さん。だから祐一は私のことをこれから“舞お姉さん”って呼ぶこと…。分かった? 祐一……」
ずっと舞のことを“舞”と呼んでいた俺にとっていきなり“舞お姉さん”だなんて、慣れるのに時間が掛かる! そ、それに……、こんなこと、こっ恥ずかしくて呼べやしないじゃないか!! とは思ったが、ぷぅ〜と頬を膨らまして上目遣いで見つめてくる妹のようなお姉さんには何も言えず…。
「分かったよ…、舞……お姉さん」
と言った。俺の顔は多分真っ赤だろうな…。自分の顔が見えないから分からないが、火照った顔の感覚から今の状況が分かる。舞を見ると、何だか嬉しそうだ。佐祐理さんはいつものようににこにこ顔。この二人にはやっぱりかなわないな…。そう思った。
で、現在。俺が“舞お姉さん”と呼ばずに“舞”と呼んでしまったことに、舞は拗ねている。迂闊だったとは思う。だけど今までの感覚から、どうしても“お姉さん”とは呼べないわけで…。逆転の発想で俺のほうを“お兄ちゃん”と呼んだら…。とは思うが…。こんなことを言うと口を聞いてもらえなくなるかも知れないな。
ちなみに今日1月29日は舞の誕生日。前に舞と佐祐理さんのお使いで買い物に行ったときに、舞がショーウィンドウを羨ましそうに眺めていた洋服を買った。舞はおしゃれには無頓着かな? と思っていた俺だったが真剣に見つめる舞の顔を見て、“舞もやっぱり女の子なんだな…”と思った。
佐祐理さんと相談して内緒で舞の欲しがっていた洋服は買ってある。買ってあることにはあるんだが、この状況では…。はぁ〜。何度も何度も謝ってるのに…、全然許してくれない。ぷぅ〜っと頬を膨らましたまま、上目遣いで俺の顔を見つめたままだ。
「悪かったって…。そう膨れるなよ……。美味しそうな料理も並んでるんだしさ……」
「そうだよ? 舞…。祐一さんもこんなに謝ってるんだから…。ねっ?」
俺が謝ると佐祐理さんが横からフォローしてくれる。でも、依然舞は拗ねた表情のままだ。やけに重苦しい雰囲気が部屋の中に流れる。どれくらい時間が経ったんだろう。舞がおもむろに口を開いた。
「じゃあ、キスして?…。祐一」
「うん? ああ、キスね? キス…、キス……。って! えええ〜っ?! キキキ、キスぅ〜?!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう俺。さ、佐祐理さんの前だぞ?! 今までだって二人きりの時には何度もしてるじゃないか。そ、その…、マウストゥマウスで…。そ、それに人が見てる前でこういうことは普通はしないんだぞ? 日本人は…。まあ今では外国人みたく、どこでもしてるようだけど……。とにかくダメ!! ダメったらダメ!! 恥ずかしくて出来ないよ……。俺。
多分頬が真っ赤になってるんだろうな、俺……。首を横に振りつつそう思った。舞のほうを見ると…、じ〜っと恨めしそうに俺の顔を睨んでいる。と、何かいいことでも思いついたんだろうか。睨むのをやめるとこう言ってくる。
「実力行使……」
じりじり俺のほうににじり寄ってくる舞。逃げようとは思ったがここは六畳一間のアパート。逃げられる範囲は限られてくる。佐祐理さんに助けを求めるも、にこにこ微笑むだけで……。とうとう、壁際まで追い詰められる。と、途端に今までじりじり寄っていた舞の動きが止む。ど、どうしたんだ? そう思って瞑っていた眼を開けて舞の顔を見ると?…。
「祐一…、私のこと…嫌い?」
そう言って、涙目になる。涙目の舞は、まるで小さい妹がお兄ちゃんに遊んでもらえないような時のような感じだ。そんな舞の顔は、とてもお姉さんとは呼べない。一つ年上でも、まるで妹のように思えてきてしまう。と、そんなことを考えていると、
「ぐしゅ…」
とうとう泣き出してしまう舞。ぽろぽろと大粒の涙が頬に流れ落ちる。佐祐理さんは、ちょっと怒った顔になると。
「もう、祐一さん! ダメじゃないですか! 舞を泣かしたりして…。祐一さん! 舞を泣かした罰です。舞とキスすること!! いいですね? 佐祐理が見てても見ていなくても、いえ、誰が見ていてもキスできるようにならなくちゃいけません! これからはこういう大胆さも祐一さんには必要ですっ!」
お姉さんが弟に言うような口ぶりで言う佐祐理さん。実際お姉さんなんだからこう言われても仕方がないのだろう…。でも、佐祐理さん? 何だか楽しんでませんか? 怒ってるわりには口元が緩んでるし……。俺がそう言うと?
「な、何を言ってるんですか! ゆゆゆ、祐一さん! さ、さささ佐祐理は慌てた祐一さんの行動が面白いなぁ〜とか、ドキドキさせちゃお(はぁと)とか思ってませんよ? 別に佐祐理は…。そ、そんなことより舞です!! 祐一さん!!」
何かうまくごまかされたような感じがするが、そんなことはどうでもいいんだ! ぷぅ〜っと頬を膨らましている佐祐理さんを横目に、いまだにぐしゅぐしゅ泣いている舞のほうを見る。うさぎのような赤い目をして悲しげにこちらを見つめていた。
「だーっ! もう分かった! 分かったから! キスするから!! だからそんな悲しそうな目で俺を見つめないでくれー!!」
佐祐理さんのジト目と舞の悲しそうな目に負けてそう言ってしまう俺……。ぐしゅぐしゅ言いながらも微笑む妹のようなお姉さん。まあ、そんなところが好きになったんだよな…。俺は…。そう思い抱き寄せると、ちゅっ。…と、軽く唇を重ねた。
妹みたいに甘えん坊でわがままで、そのくせ泣き虫で…。でも可愛い俺の彼女。そして、可愛くてちょっとイタズラ好きで、でもとっても優しいお姉さん。これから、いろいろなことがあるかもしれない。でも3人なら、乗り越えていける。どんな苦労も…。にっこり微笑みながらケーキを準備している佐祐理さん。そして素直で可愛い俺の彼女、舞…。いや、今日だけはこう呼ぼう。“舞お姉さん”って……。
END
おまけ
キスをした後、急に恥ずかしくなってしまう俺たち。お互いの顔が見られずに俯いてしまう。佐祐理さんはいつにも増してニコニコ顔でケーキをお皿に並べている。…って? 佐祐理さん? その机の上に置いてあるカメラ付き携帯っていうのは、いったい何なのでございましょうか? 恐る恐るそう聞くと?…。
「ああ、これですか? こ・れ・は…、佐祐理の一生の宝物ですよ〜。あははー」
そう言ってにっこり微笑む佐祐理さん。…もう一生佐祐理さんには逆らえないや。あはははは…、はぁ〜…。微笑む佐祐理さんと、もう立ち直ったのか黙々とケーキを食べる俺の彼女の誕生日…。そう、1月29日、舞お姉さんの誕生日だった…。
TRUE END?