二人分の幸せな一日
突然だが俺こと相沢祐一は非常に悩んでいる。と言うのも今日は真琴の、明日はあゆの誕生日だからだ。今年は秋子さんの意向で誕生日を一緒にしようということになった。秋子さんの仕事の都合でどうしても別々には出来ないらしいのだが…。
「な、何でこの真琴様があゆあゆと一緒の誕生日にしなくちゃいけないのよぅ〜!! あゆあゆがあたしの誕生日にしたらいいのよぅ〜!」
「うぐぅ〜…。仕方ないよ〜。真琴ちゃん…。 秋子さんお仕事なんだからさ…。って、ボクはあゆあゆじゃないよ〜。ひどいやひどいや真琴ちゃん……。うぐぅ〜!!」
去年誕生日を間違えられて悔しい思いをした真琴は、こう言うとぐぐぐっとあゆの方を睨みつけている。あゆは涙目になりながら、真琴の顔を上目遣いで見つめてこう言った。一応ではあるが、あゆのほうがお姉さん的な立場なので、いつも真琴のわがままを聞いている。おかげで真琴のわがままは前にもまして酷くなった…。が、元来お子ちゃまな真琴のことだ。名雪や秋子さんに言われると“しゅん”としょげてしまうんだけどな…。
でも、何だかんだ言っている割には結構あゆと一緒に出かけたり漫画を一緒に見てたりと、まあ仲がいいんだか悪いんだか分かりゃしない。寂しがり屋なんだろうな。真琴は……。俺はそう思った。
で、現在1月6日、午後2時30分を少し過ぎたばかり…。俺はこうして街の一角にあるファンシーな店の前に立っている。ちなみに誕生日会は明日、あゆの誕生日にすることになった。真琴は不満そうな顔をしていたがこればかりはしょうがない。秋子さんに優しく諭されている真琴を遠目で見て俺は…、
“ごめんな。真琴。今度はお前の誕生日にしてやるからな…”
と、寂しそうに頷く真琴に心の中でそう言った。
で、現在ファンシーショップの前に立っている俺。中を覗くと女の子やカップルなどがわんさかといた。こんなところに男一人で入るなどということは、一種異様だ。と言うか万死に値するんじゃないのか? ええっ? …とは思ってもここは北海道の田舎町。他に女の子向きのお店があるわけでもないし…。と、店の前のベンチに座ってロダンの“考える人”のように考えていると、遠くから俺を呼ぶ声がした。
「祐一さ〜ん」
声がしたほうに振り向くと、栞と天野がこっちに歩いてくるのが見える。栞と天野…。珍しい組み合わせのように見えるかもしれないが当の本人たちにしてみればさほど珍しくもない様子だ。最近では仲良く弁当をつつきあったりしている光景をちょくちょく目にするし…。まあ、お子ちゃまな栞とおばさんくさい天野は似たり寄ったりと言う関係で…。今では仲のいい友達だ。でも似たり寄ったりと言うよりは…、わがままでおませな幼稚園児を持った、やけに所帯じみた30代の母親と言う風に見えるんだけど…。簡単に言えばお子ちゃまとおばさんかな?…。ははは…。と一人で合点したように頷いていると?
「えぅ〜…。祐一さん! 私はお子ちゃまじゃないって何度も言ってるじゃないですか!! それなのに〜。ううっ…。そんなこと言う人嫌いですっ!! むぅ〜。ぷんぷん!!」
「相沢さん。それってあんまりではありませんか? 千歩譲って私がおばさん? だとしましょう。でも…、私に幼稚園の子供がいるわけないじゃないですか…。そ、そんな…、そんな酷なことはないでしょう…。うううっ…」
い、いや、俺は見たままを……。って、これは俺の心の声であって……。涙目でぐぐぐっと俺を睨む栞と天野。ひょ、ひょっとしてまた俺、声に出してたの? そう聞くとこくんと頷く二人。ははっ、ははは…。はぁ〜…。これで確実に二千円が飛ぶのか…。笑うしかなかった…。まあ、両親からお年玉と称して2万円ほど年末に貰ってるし(郵便で送られてきた)、秋子さんからもお年玉を貰った。その他母さんの親戚からもいくらか貰っているので相当額はある。当面の財政は明るいだろう。誰かさんたちに奢らされなければな……。
“くちゅん”
と言うくしゃみの声がどこからか聞こえたような気がして見回してみる。横を見ると、案の定栞がくしゃみをしていた……。去年はいろいろ奢らされたからなぁ〜。お金が湯水のように無くなってしまったよ。全く…。栞とは別の幻聴は多分…、水瀬家シスターズと、舞なんだろうなぁ〜。そう思ってぐすぐす鼻を鳴らす栞を見つめていた。
「で? 祐一さんは何を一人で悩んでいるんです?」
「ああ…。実はな?」
ファンシーショップのベンチ。ホットの缶紅茶を二人に手渡すと、栞がおいしそうに飲みながら俺にそう聞いた。俺は二人に説明をする。“ああ、そのことですか…”とでも言わんばかりな二人。“分かってるんなら手伝ってくれよ…” とお願いしてみた。すると……、
「私なら別にいいですよ? 先月の誕生日に相沢さんにはお世話になりましたからね?」
天野はそう言ってぽっと頬を赤らめる。あの〜。天野さん? 何やら俺の隣で強烈な黒い波動を感じるんですけど?……。天野の方を見る。聞いちゃいない。もう自分の世界に入り込んでしまっているみたいだ。もう一方の方を恐る恐る振り返ると…。
「……どういうことですか?…。祐一さん。説明…、してくれますよね?」
まるで香里のような栞が俺の顔を見てにやりと微笑んでいた…。顔には暑くもないのに(と言うか寒いのに)汗がたらたら落ちる。栞…、2年前のお前はどこに行ったんだい? あの儚げに俺を見つめていたお前は…。そう思っていると…。
「まあ、いいです。祐一さんには私の誕生日に思いっきり甘えさせて頂きますから…。覚悟しておいて下さいね? ふふふっ…」
笑った栞の顔がまるであの戦乙女の顔のようで…。あの戦乙女・香里の妹なんだよな。栞って…。と、当然のことを今さらながら考えさせられる俺、睨みつける目に少々ビビリながらこくんと首だけを縦に振った…。
「じゃあ行きましょう? 祐一さん」
そう言って手を差し出す栞。顔を見れば、いつものニコニコ顔に戻っていた。いったいあれは何だったんだ?
「ありがとう。栞、天野。おかげで助かったよ……」
「いえ、どういたしましてです。でも、これであゆさんたちが喜んでくれるかどうかが問題ですけどね?」
「そうですね…。もうちょっと高価なものにしたほうがよろしいのではないですか?」
「いやぁ。あんまり高価なもんにしても無くされるのがオチだからな…。こういうもんでいいんだ」
プレゼントを栞と天野と一緒に選び買ってきた。お金は二人分合わせてちょうど一万ほど…。かなり安い買い物だったがまあいいか…。気にいってくれると思うし…。そう思い、手伝ってくれた二人にお礼の言葉を言って道を別れる。手を振ると振り返してくれた。
さてとっと…、残り余ったお金で肉まんとたい焼きでも買って帰るかな?…。そう思い、商店街の方に足を向ける俺。陽は沈み夕闇が迫るいい時間だ。二人の微笑んだ顔が、一瞬夕焼けの中に見えたような感じがした…。
次の日になる。今日はあゆの誕生日。そしてあゆと真琴の誕生日会をする日だ。目が覚める。今日も寒い。さっさと服に着替えると部屋を出る。あゆと真琴の部屋を遠目に見るとまだ眠っているのか、し〜んと静まり返っていた。物音一つ聞こえてこない。まあ、昨日は昨日で俺のプレゼントのことで盛り上がっていたんだし、まあ、いいか…。そう思い、いつものようにリビングルームに行くと?
「おはよ。祐一」
一瞬これは夢か? と疑ってしまう。あの爆睡眠り姫がちゃんとした格好で起きていたからだ。ど、どどどどういうことだ?! 今日は大雪か? それともブリザードでも来るのか? そう考えていると名雪は、
「今日は大雪は降らないけど雪は降るよ? でもブリザードは来ないと思うよ〜? ここ、南極じゃないんだし…」
と言ってくすくす笑ってくる。ボケをボケで返されると、ちょっとと言うかかなりつらいものがあるよな? うん…。にっこり微笑む名雪を見ながら俺はそう思った。秋子さんが台所から出てくる。
「あら、おはようございます。祐一さん」
「あっ、おはようございます」
朝ご飯を食べる。言わずもがな秋子さんの料理はどれもこれも美味い。ただ…、テーブルの真ん中に置かれた例のオレンジ色のジャムには閉口した。ご飯を食べ終えほっと一息つく。昨日ははしゃぎすぎたんだろう、あゆたちはまだ寝ている。降りてくる気配がしなかった。まあその方が好都合だけどな。そう思った。
俺のほうを見てにっこり微笑む秋子さん。そんな叔母の顔を見て、“ああ、今日も忙しくも楽しい一日が始まるのか…” そう思った。料理は昨日のうちに秋子さんが用意してくれていたんだろう…。下準備は出来ていた。
早速調理に取り掛かる秋子さん。俺は部屋の飾り付けやら何か…。名雪は秋子さんのお手伝い、それと皿をテーブルに並べている。んっ? 何か皿の数が多くないか? 不審に思い名雪に聞くと?…。
「うん、香里たちや川澄先輩たちや美汐ちゃんも呼んで盛大にお祝いしてあげようかなぁって思ったんだよ?」
ニコニコ顔でこう言う。また俺に一言もなく勝手に…。とは思うが、まあ、あゆも真琴も寂しがり屋だからな。これはこれでよかったのかも知れない…。そう思って仲良く給仕をする二人を見つめていた。
お昼時になる。ちなみにあゆと真琴は起きている。と言ってもリビングルームに入れさせないように二階で待機してもらっている。わくわくようなした二人の顔が目に浮かぶ。今、秋子さんが新しい洋服を持ってあゆたちの部屋に行っているところだ。……飾り付けは、っと…。見回してみる。うん、我ながらうまく出来たもんだ…。そう感慨深げに思ってると…。ピンポーン。とチャイムの音…。
ガチャっと玄関の扉を開けるとおなじみの面子がにこにこ顔で立っていた。
「今日はお招き頂きましてありがとうございます〜。あはは〜」
みんなを代表して佐祐理さんがそう言う。名雪が…、
「こっちこそわたしの思いつきでみんなの時間潰しちゃって…。ごめんね?」
「何言ってるの…。あゆちゃんと真琴ちゃんは栞のいいお友達なんだしさ? 逆にあたしたちの方が悪いわ。いろいろ大変だったでしょ? あっ、そうだ。これ、うちのお母さんから…。はぁ〜…。栞?…」
香里がため息を吐きつつそう言って、栞に目配せする。栞は嬉しそうに持っていた袋から箱を取り出した。中を開けると…、
「ア、アイスクリーム?」
「そうですよ? 祐一さん。暖かいお部屋の中で食べる冷たいアイスクリームはまた格別なんです。お母さんに無理を言って作ってもらいました。うちのお母さんの作るアイスは本当に美味しいんですからね〜。ねぇ〜、お姉ちゃん。うふふふふふっ…」
栞はそう言ってにっこり微笑む。香里の顔をうかがうと、案の定げんなりした顔になっていた。多分栞が母親にねだって作らせたんだろうなぁ〜。そう思いながら手作りアイスのことを、身振り手振りを加えて嬉しそうに話す栞の顔を見ていた。
あゆと真琴…。今日の主役を呼びに俺は2階へと上がる。こんこん…と部屋をノックする。が、何も聞こえてこない。
「おーい。開けるぞ〜?」
一言言って扉を開けた。そこには…。
「うぐぅ〜。ボク何だか恥ずかしいよ〜…。祐一君、おかしく…ない?」
「真琴もだよぅ…。さっき声が聞こえてたけど、やっぱり美汐もいるんでしょ? 祐一…」
お揃いのワンピース。頭のカチューシャとリボンは外してあるため、何だか俺の知らない別の女の子の姉妹がそこにいるかのように見えた。でも……、恥ずかしそうに上目遣いに俺を見つめてくる顔はあゆと真琴の顔そのもので…。不安げな二人の頭をくしゃっと一撫ですると…、
「全然おかしくないさ…。似合ってて可愛いよ。…俺の知らない可愛い女の子が二人もいてびっくりしたよ…。さあ、行こう? みんなが今日の主役を首を長くして待ってるんだからな?…」
そう言って二人の顔を見る。にっこり笑った笑顔は今までで一番可愛くに見えた。髪形を変えるだけで印象も雰囲気も全く違う。女の子と言うのは不思議だな…。そう思った。心の中で俺は言う。
「あゆ、真琴…。誕生日おめでとう……」
と…。部屋の扉を開ける。北海道は今日も雪。でもこの家だけは春の暖かさが感じられた。階段を降りリビングルームの前まで来る。中では今か今かとクラッカーを持った秋子さんたちが待っているんだろう。そんな楽しいあゆと真琴の誕生日会が、今始まろうとしていた……。
END