映画を見よう

章之二水瀬名雪


 そこは不思議な映画館。一人の老人がやっている映画館。お客は滅多にこないが趣味でやっているので問題はない。流す映画もお客好み。ホラーもあればギャグもある。ラブロマンスもあればシリアスも…。
“さて、今日はどんな映画を流すかの…” 皺の入った顔で優しく微笑むと老人は今日流す1つの映画のフィルムを探していた。


「祐一さん、わたしのお得意様からまた映画のチケットを頂きまして…」
 秋子さんがチケットを見せながらそんなことを言う。この前ももらって、そのときは天野と一緒に甘いラブロマンス物を見た(と言うか見せられた)んだけどな。映画館から出てくるときにはヒロインのように目を輝かせていたし…。そんな天野の顔を見て、“今までおばさんくさいって言って悪かった。天野も年相応の女の子なんだよな…” と心の中で謝った。
「いいんですか? 本当に…」
「ええ、別にかまいませんよ? ああ、でも気をつけてくださいね? そのチケット今週いっぱいまでだから…」
 チケットを見る。確かに今週いっぱいまでだ。お礼を言ってそのチケットを受け取る。秋子さんはにっこり微笑んでいた。自室に戻るとさっきもらったチケットを広げてみる。う〜ん、何か分からないがここって前に天野と一緒に行った古びた映画館だよな? 確かあの時は、天野のリクエストで“ラブロマンス物”を見させてもらったんだが…。他のお客さんたちも、普通なら異論の一つも出るものだけどにっこり微笑んでいたし…。う〜ん。あれはなんだったんだろう…。しばし熟考。まあ、いいかな? 考えてても始まらんし…、それにいけば何とかなるだろ…。そう思い用意をする。
 あゆと真琴は今、テレビのバラエティー番組に夢中だ。あれじゃ行こうと言っても、“邪魔しないでよっ!!”って言いながらぐぐぐっと睨まれるのがオチだろう。まあ、今日はあいつらはパスだ。それに今日は名雪の誕生日だしな? 二人で出かけるのもいいだろう。プレゼントはあゆと真琴と一緒に買ったものがあるからそれを夜の誕生日会のときにでも渡せばいいし…。うん! そう考えて名雪の部屋へと向かう。ちなみに名雪は来春には卒業して俺と同じ大学へ進学することが決まっている。今年の冬は勉強に明け暮れなければならない。しかも名雪は陸上部のアドバイザーとなっているので、多忙を極めている。だからじゃないが、こういうゆっくりしたときにどこかに行って、楽しませてあげられればいいなと思っている。幸いなことに秋子さんにもらった映画のチケットがあるので今回は映画だな? そう思った。
「うん! わかったよ。じゃあちょっと用意するから待っててね?」
 にっこり微笑んだ名雪。従姉妹贔屓するわけではないが、やっぱり可愛いと思う。うん。“じゃあ、下で待ってるぞー” そう言うと、“わかったよー” と名雪の声。しばらく待つ。といっても名雪のことだ。2、30分はかかるだろうな。そう思って居間で自家製のコーヒーを淹れて飲む。ちなみにこのコーヒーも秋子さんのお手製らしい。“さすがは…” そう思いながら飲んでいるとコートを羽織った名雪が降りてくる。
「準備できたよー? 祐一」
「んっ? あ、ああ。じゃあ、行くとしますか…」
 にこにこ笑顔でそう言う名雪にちょっと気恥ずかしさを覚える。頬をぽりぽり掻くとコーヒーを一気にあおった。家を出る。…そういえば舞も動物は好きだったよな? でも、無類のネコ好きの名雪には勝てまい。何せ部屋の中はネコグッズでいっぱいなんだから。そしてネコアレルギーと言うちょっと可哀想な面もある。そう思いながら歩いていると名雪が、ちょっとご機嫌斜めな顔でこっちを睨んでいた。
「祐一。今、他の女の子のこと考えてたでしょ? 今日はわたしが主役なんだよ〜っ。それなのに…。もう、祐一なんて知らないっ!」
「えっ? あっ? へっ?」
 しどろもどろになる俺。そんな俺をぐぐぐっと睨んでいた名雪はぷいっと横を向く。脹れていた。顔が可愛いからそんな顔も余計に可愛いんだが…。“イチゴクレープ奢ってやるから” こう言うと、“イチゴサンデーもつけてくれる?” 脹れた顔でこう言う名雪。まあお決まりだが、俺は、“分かったよ…” こう言った。今までの脹れっ面はどこへやら、名雪はにっこり微笑む。まあこれが俺たちの仲直りの仕方だ…。
 北海道は今日も雪。途中で名雪が手を繋いできたので、俺もしっかり繋ぎ返した。滑りやすいので気をつけながらてくてくと雪道を歩く。他愛ない話なんかもしながら歩く。やがて大通りへと出た。目指す映画館はこの道をまっすぐ行った突き当りの古い建物だ。


 映画館の前まで来る。天野ときたときと同じ、古い映画館がそこにあった。中へ入ると、優しそうなおじいさんがいる。“こんにちは” と声を掛けると、“ああ、こんにちは” と挨拶してくれた。お客は以前にも増してまばらだ。好きなところに座ってもいいよ…。ということなので中央からやや上のよく見える席に座った。
「どんな映画なんだろうね? ネコさんのいっぱい出てくる映画だったら嬉しいなぁ。ねぇ〜、祐一〜。……ありがとね?」
「お、お礼を言うんだったら秋子さんに言ってくれ。このチケットは秋子さんが用意してくれたんだしな?」
「あっ、そうだね? …でも、祐一にも感謝だよ?」
 名雪は映画の幕を見ながらにっこり笑顔でそう言った。“もうすぐ開演時間だぞ? 名雪” そう静かに言うと、“うん、そうだね?”と可愛く微笑む我が従姉妹。深深と雪の降る12月23日、今日は名雪の誕生日だ。


 その映画館は不思議な映画館。純粋な心を持つ人の見たいものや、やりたいことが映画になって見られるという、不思議な不思議な映画館…。老人は皺の入った顔を綻ばせると何やら呟いた。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声で…。

END