映画を見よう

章之三あゆ&真琴


 そこは不思議な映画館。一人の老人がやっている映画館。お客は滅多にこないが趣味でやっているので問題はない。流す映画もお客好み。ホラーもあればギャグもある。ラブロマンスもあればシリアスも…。
“今日は忙しくなりそうじゃの…” 皺の入った顔で優しく微笑むと老人は今日流す2つの映画のフィルムを吟味していた。


「うぐぅ。どうして真琴ちゃんはいつも反対ばっかりするんだよ〜。こんなに面白そうな映画なのに〜…」
「あたしはこっちのほうがいいのよぅ! だいたいあゆあゆはあたしのお姉ちゃんなんだから、妹のあたしに譲ってくれてもいいんじゃないの?」
「ボクはあゆあゆじゃないよ〜!! うぐぅ〜!!」
 妹みたいなお子ちゃまが二人、映画館の前で睨み合っている。あゆと真琴…。俺の義理の従姉妹だ。というのも、あゆも真琴も身寄りがない、いわば独りぼっちの存在だった。叔母である秋子さんが、養子に迎えると言ったのは約1年前。同じ屋根の下、長く暮らしてきた身としては、これほど嬉しいことはなかったんだろう。養子に迎えることを二人に言ったときの顔は、1年経った今でも俺の脳裏に焼きついている。
 で、今日は真琴の誕生日。明日はあゆの誕生日。両方一緒にすれば効率的だと判断した俺は、こうして映画館に連れてきたのだが…。
「祐一君! 真琴ちゃんに何とか言ってよ〜!」
「祐一!! この分からず屋のあゆあゆに何とか言ってやりなさいよぅ!」
 同床異夢とは言ったもの、当然のことながら見たい映画も違って…。こうやってくすくす笑い合う奥様連中を尻目に言い争う始末になってしまった。これだったら最初から聞いておくべきだった…。後悔先に立たず…。今の俺の心中はそれだけだ。映画館の前、大きな看板には、今話題の映画2作品、どちらもテレビとかで大々的に予告をしていた作品だ。俺はどっちでもいいわけだが、あゆと真琴は、見たい映画が違うらしい。どっちがどっちを見たいんだ? 詳しく話を聞くと?
「ボクはこっちの映画が見たいんだよ〜。甘い青春のラブロマンス……。そして別れ。最後の汽車での別れのシーンは、祐一君だって“感動するなぁ〜。俺も見たいよなぁ〜” って言いながら目をうるうるさせて見てたじゃない? 祐一君。お願いだよ〜。ボクといっしょに映画見て〜?」
 なっ? み、見てたのか? ちょっと恥ずかしくなり頬をぽりぽり掻く俺。しかし恥ずかしい気持ちも去ることながら、あの映画は感動する内容だったよなぁ〜。俺も予告編をちらっと見たときから見たいなぁと思ってたし。封切から1ヶ月。ここに来るのをどれだけ待っていたことか…。
「真琴はこっち! こっちのほうが絶対面白いわっ! ギャグにエンターテインメントもいっぱいだし…。そんなラブラブしたものよりお腹の底から笑えるものの方がいいわよぅ…。祐一だってお笑いのほうが好きだってこの前真琴とテレビ見てるときに言ってたじゃないのよぅ!!」
 確かに…。お笑いのほうが俺は好きだし、現にこの前も真琴と一緒に見るのはお笑い番組ばかりだ。おかげで真琴といつも漫才みたいなコントみたいなことを毎日やらされてるけどな? 真琴は、“あたしは祐一と漫才師を目指すのよぅ!!” と言ってるが果たしていつまで続くやら…。しかし困ったなぁ…。うーんと考え込む俺。
「祐一君!!」
「祐一!!」
 あれこれ打開策を考えている俺に業を煮やしたのか、あゆと真琴は俺の手を掴んで引っ張り合う。口々に“真琴ちゃんはボクの妹なんだから妹はお姉ちゃんの言うことを聞かないといけないんだよ〜っ! うぐぅ〜!!” だの、“あゆあゆのほうこそあたしのお姉ちゃんなんだから妹に譲ってあげるって言う気にならないのっ? あぅ〜!!” だのと言いながら俺の手を掴んで引っ張り合う。腕が抜けそうだ。それにこれじゃあ一般市民の皆さんのいい晒し者じゃないか!! そう思った俺は二人の手を掴みある場所に連れて行く。と、突然ガタガタ震えだすあゆと真琴。
「いやだぁ〜。ま、まま真琴はこんなもの見たくない〜っ!!う、う、うわ〜〜ん」
「祐一君、ボクたちがお化け嫌いなの知っててこんなところに連れて来るなんて! 酷いよ〜っ!! 極悪人だよぉ〜っ!! うぐぅ〜〜〜っ!!」
 ホラー映画の看板の前、涙目になりながらぐぐぐぐぐっと前にも増して俺の顔を睨みつけるお子ちゃま2人組。これはさすがにやり過ぎたかな? そう思った俺はあの映画館のことを思い出す。そうだ、あそこだったら二人一緒に楽しめるかも…。安易ながらそう思った俺は、“ごめんな…。二人とも…。その代わりといっては何だけど今からいい映画館に連れてってやるから…。それで勘弁してくれ…” と謝るが、ご機嫌を相当損ねたのか、二人はぷぅ〜っと頬を膨らませて俺の顔を睨んでいた。ははははは、はぁ〜。未だに脹れっ面の二人の手を引くと、その映画館へと向かった。


  映画館の前まで来る。名雪や天野と来た時と同じ、古い映画館がそこにあった。中へ入ると、優しそうなおじいさんがいる。“こんにちは、おじいさん” と声を掛けると、“ああ、こんにちは。おや? 今日は3人かね?” と言ってにっこり微笑む。お客は少々込んでいるようだがそれでも普通の映画館よりは少ない。真琴が三人がけの椅子のところへ行き手を振る。あゆと一緒に真琴のいる席に行くと、急に辺りが暗くなってきた。
「わあ、今日は二本立てだって! どんなのかな? 祐一君、真琴ちゃん」
「真琴は面白い映画が見たいなぁ〜…。あぅ」
「おっ? お前の好きなギャグエンターテインメント物もあるぞ? 真琴」
 最初は、甘いラブロマンス。次はギャグエンターテインメント。まさに二人の見たいものだ。でも少々古いのか俺はどこかで見たような気がする。だけど不思議だなぁ? 何で俺たちの見たい映画が見られるんだ? 途中で買った菓子を頬張りながら、そんなことを思う。真琴とあゆも肉まんとたい焼きを頬張る。あれは脹れる二人に俺が買ってやったものだ。まあそのおかげで軍資金が3分の2にまで減らされてしまったんだけどな…。最も自分の意思だから仕方がないといえば仕方がないんだが…。北川にでもまたアルバイトを紹介してもらうかな? そう思いながら両手に二人の手の温もりを感じつつ、2つの映画を堪能する今日1月6日だった。


 その映画館は不思議な映画館。純粋な心を持つ人の見たいものや、やりたいことが映画になって見られるという、不思議な不思議な映画館…。老人は皺の入った顔を綻ばせると何やら呟いた。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声で…。

END