映画を見よう

章之七 北川潤


 そこは不思議な映画館。一人の老人がやっている映画館。お客は滅多にこないが趣味でやっているので問題はない。流す映画もお客好み。ホラーもあればギャグもある。ラブロマンスもあればシリアスも…。
“確か今日放映する映画のフィルムはこれじゃったの…” 幾重にも皺の入った顔で老人はにっこり微笑むと今日流す映画のフィルムをチェックしていた。


「相沢君、名雪…。ちょっと相談があるんだけど…。聞いてくれる?」
 麗らかな4月中旬のある朝、いつものように名雪を叩き起こして学校へと向かい教室に入りほっと一息ついていると香里がこう言ってくる。どうしたんだ? と名雪と顔を見合わせて、不思議そうに香里の顔を見る。才色兼備、容姿端麗で後輩からの信頼の厚い香里。そんな香里がぽっと頬を赤らめてそんなことを聞いてくるんだ。どうしたんだ? 一体…。と思ってはっと気がついた。名雪を見ると分かっていたんだろう、嬉しそうに“うふふっ”と微笑みながら香里の顔を見つめている。当然のことながら香里は赤い顔をしながら俯いた。
「あの…、あのね? ほら、今日って北川君の誕生日じゃない? だ、だからね? お、お返しがしたいな〜って……。べ、別に恋人同士だからとかそんな理由じゃないのよ? ほ、ほほ本当よ? た、ただ彼にはいろいろお世話になってるし…」
 ますます俯き加減になりながらこう言う香里。“今さら何を言ってるんだ?…” そう思い名雪と顔を見合わせて微笑み合いながら香里の顔を見ると不機嫌そうに頬を膨らませていた。それが栞と同じような顔だったのでまた名雪と顔を見合わせて“うふふっ”と微笑み合った。
「な、何よ! そんなにあたしが彼の誕生日のことを聞いたらおかしいわけ?」
「い、いや。膨れた顔があまりに栞の膨れた顔にそっくりだったんで、ついなぁ〜…」
 俺はそう言う。名雪も“あまりに栞ちゃんとそっくりなものだったから…” と言って未だに微笑みながら香里の顔を見つめている。“あ、当たり前でしょ? 姉妹なんだからっ!” そう言うとますます頬をぷぅ〜っと膨らませる香里。その顔は、“そんなこと言う人、嫌いですっ!” と言ってむくれている栞の顔にそっくりだった。
 ちなみに俺たちは大学生になった。まあ、紆余曲折あってここ北海道に残ることにした俺。今はあゆや真琴とともに水瀬家に居候中だ。ちなみに言うと香里と北川も俺と名雪と同じ大学だ。“美坂チーム全員か…” 北川が合格発表時にそんなことを言って、大笑いしたもんだったよな? あれから2ヶ月か……。全くもって月日の経つのは早いもんだ。でも…、なるほどな? そうじゃないかとは薄々は思っていたんだが見事に的中するとはなぁ…。確か香里の誕生日は、栞に香里の好きな映画を教えてもらって、北川に教えたんだよな? 北川は香里を誘って映画に行くって言ってたんだっけか? 次の日の香里の嬉しそうな顔ときたら…。今だにその顔を思い出しては……。って、横を見ると、香里がこっちを恨めしそうに睨んでいた。
「プレゼントは何か決めてるの? 香里は…」
 いつものぽわぽわ〜んな表情で言う名雪。その顔によほど鶏冠に来たんだろう。香里はぶりぶり怒ってこう言う。
「だからそれを悩んでるから二人に聞いてるんじゃない! もう、名雪は……」
 ぷぅ〜っと頬を膨らませる香里。その顔が妙に栞に似ていて、俺は心の中で微笑む。横を見ると名雪が…、“そんなに怒らなくてもいいと思うんだけどなぁ〜…” と小声で香里に文句を言っている。まあ、俺もそう思う。そうは思うんだが、香里の気持ちも分かるんだよな? やっぱり…。誕生日プレゼントはいつも悩みの種なんだ。今回は映画で何とか喜んでくれてたみたいだったけど、今年の冬はさてどうするか……。そんな状態だ。…男の俺でさえそうなんだ。女の子なんかは特に悩むんだろうな…。そう思った。
「北川君が香里にしてくれたときと同じように、映画に誘うって言うのはどうかな?」
「それも考えたんだけどね? なんか二番煎じみたいじゃない?」
 “そうか? 俺はいいと思うけどな? 北川だってお前に誘われて嫌なことなんてないと思うんだが…” と、そう言って香里の顔を見ると…。
「まあ意見として聞いておくわ…。ありがとう。相沢君、名雪」
 そう言ってにっこり微笑む香里。その笑顔を見ながら、北川もつくづく幸せ者だよなぁ〜っと思う俺と名雪だった。


 放課後、あたしは結局彼を誘って相沢君たちの言っていた映画館の前に立っていた。他のところもいろいろ考えたんだけど、結局ここが一番いいなぁ〜って思ったわけで…。彼・北川君の顔を見ると、“やっぱりな…”って言うような顔をしている。“失礼しちゃうわね! これでも午後の講義中一生懸命考えた結果のことなんだから!” ぷぅ〜っと頬を膨らませてあたしはこう言うと彼の顔を見る。彼はちょっと困った顔をしてこう言うの。
「わ、悪かったって! でも俺もこの映画館、何かレトロチックで好きだな…」
 って…。にっこり微笑むその顔に膨らませていた頬も緩んでしまう。卑怯だわ! とは思うけど、彼のこの顔を見るとこっちまで笑顔になってしまう。それだけ好きってことなのかしら? そう思った。手を繋いで中へと入るとおじいさんが一人、古めかしい映写機の調子を確かめていた。“こんにちは” と挨拶をすると?
「ああ、こんにちは。って、君たちは先月うちに来てくれた人じゃなかったかね?」
 と少々驚いた声でこう言う。“ええ、そうですけど…。何かご都合でもお悪いのですか?” そう言うと、“いや、そう言うわけじゃないんじゃよ…。ただ、君たちのような若い者がこういう古い映画館に来るなんてことは滅多にないことですのでな?” そう言うとにっこり微笑むおじいさん。あたしと北川君は顔を見合わせると、“ぷっ!” と吹いてしまう。
「じゃあそろそろ始めますでな。お好きなところに座ってくだされや…」
 そう言うと緩んだ頬をさらに緩ませておじいさんはにっこり微笑むと映写室へと消えていった…。


 その映画館は不思議な映画館。純粋な心を持つ人の見たいものや、やりたいことが映画になって見られるという、不思議な不思議な映画館…。老人は皺の入った顔を綻ばせると何やら呟いた。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声で…。

END