映画を見よう

章之八 倉田佐祐理


 そこは不思議な映画館。一人の老人がやっている映画館。お客は滅多にこないが趣味でやっているので問題はない。流す映画もお客好み。ホラーもあればギャグもある。ラブロマンスもあればシリアスも…。
“あのフィルムはどこじゃったかの?…、とあったあった…。これじゃこれじゃ…” 皺の入った顔でいかにも楽しげにそう言うと老人は今日流す映画のフィルムを映写機に設置していた。


「祐一…、もうすぐ佐祐理の誕生日…」
 舞が一言そう言う。今は昼休み。昨春、無事高校を卒業した舞と佐祐理さんは、今は近くの大学に通っている。来年は2回生に上がるらしい。まあ佐祐理さんは当たり前だけど、舞も上がれるなんてとこの前言ったら、ぐしゅぐしゅ泣いてしまい佐祐理さんから目玉をもらってしまった。で、今だ。大学と高校が近いせいか舞と佐祐理さんは昼休みになると、いつもうちの高校の屋上の廊下で弁当を広げている訳で…。
「う〜ん、どうするかなぁ〜。舞は何かいい案はあるのか?」
 そう言うと俺は佐祐理さんの作った美味しい弁当をもしゃもしゃ食べている舞に聞く。以外にグルメな舞。でもその舞でも“おいしい” と言って食べている。まあもっとも俺も、そのお相伴に預かっているわけだが…、ちなみに佐祐理さんは今、ここにはいない。何でも用事が出来たとかで出かけて行ったらしい。まあ、佐祐理さんがいないほうがこういう話はしやすいんだし、あの佐祐理さんのことだ。絶対…、
“佐祐理はそんなことしてもらわなくてもいいですよー。佐祐理のほうが何かしてあげたいですー。あははー”
 ってそう言いそうな気がする。佐祐理さんがいないときに決めてしまったほうが何かと好都合だ。そう思った。舞は相変わらずもしゃもしゃ弁当を食べながら何事か考え込んでいる。そう言えば、佐祐理さんの趣味って何なんだ? いっつも俺たちにばっかり気を使って、自分のことはほったらかしの佐祐理さん。たまには自分のことも考えてほしいと思う。そう思い、舞に聞くと……。
「……佐祐理は映画が好き……。この前も映画の予告編見て、“いつか見に行こうね〜?” って言ってた。冒険物とかそう言うのが好きらしい……」
 ふむふむ。映画か…。“確か舞も映画好きだったよな?” そう聞くと、“佐祐理ほどじゃない…” そう言う舞。顔を見ると何だか妙に照れていた。…って! そうか。舞も誕生日に映画に行ったんだっけ…。俺と…。確か動物モノだったよな、見た映画は…。でも、二人っきりで映画を見に行くなんて初めてなんじゃないのか? 改めてそう思うと途端に恥ずかしくなり俯く俺。いきなり、ずびしっ! と言う衝撃が脳天に来る。
「いってぇーっ!! い、いきなり何するんだ? 舞?」
 舞のほうを見ると、舞も顔が真っ赤だった。佐祐理さんがいれば、“あははー” といつものあの屈託のない笑顔でこのやり取りを見るんだろうなぁ〜。そんなことを考えつつ、びしびしと舞のチョップを脳天に受けている俺がいるのだった。


「で? 何でお前たちまでいるんだ?」
 佐祐理さんの誕生日当日…。いつもの面々に向かい少々引きつった笑みを零しながらそう言う俺。名雪がみんなを代表してこう言う。
「だってわたしたちだっていろいろ倉田先輩にはお世話になってるし、それに今日はお休みなんだし、祐一ばっかり面白い映画を見るなんてちょっと悔しいし…。そ、それにそれに…、ごにょごにょごにょ
 ちょっと最後のほうが聞き取りにくかったが、そんなことを言うと、う〜っとこっちを上目遣いに睨む名雪。あゆや真琴や栞まで同じように睨んでいる。香里は北川と一緒にこっちを微笑ましそうに見つめているし…、佐祐理さんは舞と映画の話で盛り上がっている。ちなみに映画のことは舞から聞いたんだそうだ…。俺の知らないところで話は進んでいるんだな〜と思いつつ、“天野〜、助けてくれ〜” と唯一の味方であろう天野に助けを求めてみるが…。
「そったらこと知らねえべさぁ〜。うふふふふぅ〜」
 何か意地悪っぽく微笑みながら俺の苦手な北海道弁で言う天野。誰も俺の味方をしてくれるやつはいない。悲しいなぁ〜。しくしくしく…。心の中で滂沱の涙を流す俺がいるのだった。やがて古びた映画館が見えてくる。ここは天野からこっち、いろいろとお世話になってる映画館だ。佐祐理さんは来るのは初めてだったのか、“ふぇ〜、すごくいい雰囲気の映画館ですねー” そう言うとにっこり太陽のような笑顔を見せる。まあ噂は舞から聞いて知っていたんだろうな…。でなきゃ、あんなに喜ばないと思うし…。俺はそう思った。
 中へと入ると、いつものように映写機の手入れをするおじいさんに会う。俺たちの顔を見ると、
「おや? 今日は団体さんかね? こりゃ忙しくなりそうじゃわい。ほっほっほっ…」
 いつもの皺の入った優しい笑みをこっちに向けてくる。“じゃあ始めますでな? 空いてる席に座って下されや…” そう言うとおじいさんは映写室へと消えていった。
 5月5日。初夏の陽気に浮かれるかのように木漏れ日から優しい陽の光が差している。そんな木漏れ日の下の映画館の中、いつものにっこり笑顔な佐祐理さん。みんなと顔を見合わせてお互いに心の中で、“誕生日おめでとう。佐祐理さん” と言う今日はここにいるみんなのお姉さん、佐祐理さんの誕生日だ。


 その映画館は不思議な映画館。純粋な心を持つ人の見たいものや、やりたいことが映画になって見られるという、不思議な不思議な映画館…。老人は皺の入った顔を綻ばせると何やら呟いた。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声で…。

END