映画を見よう

章之九 相沢祐一


 そこは不思議な映画館。一人の老人がやっている映画館。お客は滅多にこないが趣味でやっているので問題はない。流す映画もお客好み。ホラーもあればギャグもある。ラブロマンスもあればシリアスも…。
“夏じゃしのぅ…。さて、困ったぞい。……まあ、これにするかの…” 少し困ったような顔でそう呟くと老人は今日流す映画のフィルムを映写室へと運び入れていた。


 今日8月1日は俺の誕生日だ。と言っても俺自身誕生日と聞かれてもあまり思い出がない。夏休みということもあったんだろうが、俺の両親がそんなに誕生日を祝うほうではなかったと言うのが正直なところだ。まあ、親は祝ってはくれなかったが、その代わりに夏休みは秋子さんや名雪が祝ってくれたのでそんなに寂しくはなかった。
 最もそれは8年も前のことではあるのだが…。8年前のつらい出来事から俺は夏休みと冬休み、それに春休みと休みと言う休みすべてを秋子さんのところで過ごすことを拒絶した。だから自分の誕生日にもそれほど愛着はわかなかったんだが、8年後の今はあの頃のような感覚が戻って来たのか胸がドキドキしている。
「祐一、今日は祐一のお誕生日だね?」
 朝、珍しく早起きの名雪がいつものようにイチゴジャムたっぷりのトーストを食べながら俺に向かいこう言う。“ああ、そうだな…” そう言うと席に着く俺。あゆと真琴は? と同じ同居人仲間を探すが見つからない。まだ寝てるのか…。そう思った。
「秋子さんは?」
「お母さんなら今日は仕事があるってさっき出て行ったよ? あっ、そうだ! 祐一にこれを渡してって…。お母さんからのプレゼントだって…。良かったね? 祐一……」
 いつものようにぽわぽわーんとした表情の名雪。イチゴジャムをいっぱい塗ったトーストを嬉しそうに頬張る名雪の顔はいつになく幸せそうだ。にしても秋子さんが? 何だろう…。そう思って受け取る。可愛い封筒だなぁ。そう思ってなるべく傷をつけないようにそ〜っとのりしろをはがしていく。はがし終わって中を覗くと、何かのチケットがあった。“なんだ? このチケット…” 改めてよく見てみる。映画のフリーパス? 団体用? んっ? 中からもう一枚手紙が…。え〜っとなになに……。
“祐一さん、お誕生日おめでとうございます。誕生日プレゼントなんにしようか迷ったんですけど、祐一さん、映画が好きそうだったのでこんな風な物にしてみました。わたしは生憎と今日もお仕事が入ってしまって一緒に行くことは出来ないんですけど、もしよろしかったら祐一さんのお友達でも誘って見に行ってくださいね? あと、今日は早く帰ります…。秋子”
 秋子さん……。やっぱり秋子さんにはかなわないな…。いつものポーズでにっこり微笑んでいる秋子さんを思い浮かべながら俺はそう思う。そう思っていると横から名雪が…。
「祐一、嬉しそうな顔〜」
 そう言って俺の顔をにこにこ顔で眺めている。急に気恥ずかしさを覚えた俺は名雪の両頬を抓んでタコ口にしてやる。“む〜っ! みみまみまみむむんまも〜っ! (う〜っ! いきなり何するんだよ〜っ!)” と言いながら非難の目を向けてくる名雪。後であゆや真琴に告げ口されてまた水瀬家シスターズに怒られるのが目に見えて分かっているのでほどほどのところで止めにしておいた。
「もう祐一なんて知らないっ! バカ〜っ!!」
 そう言いながらぽかぽか俺の胸を叩いてくる名雪。“わ、わわ、悪かったって!” そう言うと、ぷぅ〜っと頬を膨らませて上目遣いに俺の顔を睨んでくる名雪。その顔が子供のようで俺はまた“ぷぷっ”と噴き出してしまった。“何笑ってるんだよ〜っ!” そう言うとますます不機嫌そうな顔の名雪。まあここら辺が潮時か…。そう思って謝ろうと名雪のほうを見ると?…、
「祐一く〜ん? これはどういうことなのかなぁ〜?」
「祐一〜? 名雪お姉ちゃんにまた何かしたんでしょ〜?!」
 背後に声が聞こえる。振り返るといつの間にかあゆと真琴が俺の顔をぐぐぐっと睨んでいた。い、い、いつの間に? とは思ったが状況はかなりやばくなってきていることは非を見るより明らかだ。あああっ! また小遣いが減っていくのか? ってそんなことはどうでもいい! とりあえずは退散だ! とは思うものの…。
「逃がさないわよぅ〜!! さあ、きりきり白状してもらいましょうかっ?! 祐一!!」
 俺が逃げ出すことが分かっていたのか真琴に腕を掴まれていた。あゆも真琴とは逆のほうから腕を掴んで、“うぐぅ〜。逃げちゃダメだよ! 祐一君!!” と上目遣いに俺の顔を睨んでいる。ふと前を見ると、頬を風船のように膨らませて、しかも上目遣いで俺の顔をじ〜っと見遣る“水瀬家シスターズ”の長女・名雪…。その時諭吉さんと一葉さんと英世さんが羽を生やして俺の財布から飛んでいくような錯覚に襲われたことは言うまでもない。とほほほほーっ……。


「で? 名雪たちはともかく、何で香里や北川、栞や天野、舞や佐祐理さんたちまでいるんだ?」
 いつもの面子を目の前に俺は横のぽわぽわ〜んとした名雪にそう聞く。うにゅ? と一呼吸置くといつもの笑顔でこう言った。
「だって、今日は祐一のお誕生日でしょ? お誕生日はみんなでお祝いしてあげたほうがいいと思うんだよ〜。だから、祐一が着替えに行ってる時にわたしがみんなに連絡したんだよ?」
 ま、まあそうかもしれないが…。って俺名雪のペースに引き込まれてる? 近くにいた香里先生に聞くと?
「ええ、そうね? 完璧引き込まれてるわよ?…」
 うんうん頷きながら、どことなく俺が困ってるのを楽しんでいるかのごとくそう言う香里先生。見ると名雪以外全員がうんうん頷いていた。いつもは助けてくれる佐祐理さんまでもがうんうん頷いている。悲しいなぁ〜、悲しいったら悲しいなぁ〜。誰も俺の味方をしてくれる人はなし…。とこう言ってる間に町の大きな映画館へ到着する。
「結構込んでますね〜。祐一さん?」
「ああ、そうだね? 佐祐理さん…。でも困ったな…。このチケット、使えるのが今日までらしいよ?」
 佐祐理さんと舞と映画館の前のベンチ、チケットの裏の日付を見つつ話をする。チケットの有効日は今日までらしかった。ちなみにあゆと真琴と栞は“お腹がすいたよ〜” とか何とか言ってたい焼きやら肉まんやらアイスクリームなんかを買いにいっている。栞はともかく、あゆと真琴の財布は俺だ。はぁ〜っと一つため息。名雪たちは、映画館の空席状況を見るために行ってここにはいない。舞が俺の手にあるチケットをじ〜っと見つめていた。
「ふぅ〜、どこも込んでていっぱいだったぜ…」
「こっちもでした。せっかく相沢さんの誕生日だって言うのに…。非常に残念です」
 北川と天野がそう言って、首をすくめる。名雪たちも戻ってきて北川たちと同じように首をすくめていた。ふぅ〜っと一つ大きなため息。さてどうしようか…。今更中止だなんて言ったら自称映画評論家の栞に何を言われるかわからんし…。って言うか、また俺の苦手な北海道弁で文句を言われるとかなわん。
「どんな文句なんだべ?」
「ああ、そうだな。例えば、スーパーのアイスクリーム全部買い占めてくださいっ! とか、日本で一番美味しいアイスクリームを探してきてください! とか…って、ええええっ?!」
 目の前には泣きべそをかいている栞。いつの間に戻ってきたんだ? って言うか、い、今俺の苦手な北海道弁使ってなかった? ってまたか? またなのか? 俺の大きな独り言はっ? むぅ〜っとむくれている栞にそう尋ねてみると?
「そったらもんだべさ? 祐ちゃんは…。って?! いくらあたしがアイスクリームが好きだからって、そったらこと言う訳ねえっしょや!! そったらこと思う祐ちゃん嫌いだべ!!」
 ぐはっ! 俺の苦手な北海道弁がそのまま出てきてるしっ! しかも名前が祐ちゃんになってるしっ!! 言われるまでもなくここは北海道。方言が出ても不思議じゃないんだ…。でもこんなところで使われるとは思っても見なかったぞ…。大体なんで栞が…、と考えてそこで気がついた。天野だ…。天野のほうを見るとぷぷっと笑っている。ハメられた…。とは思ったが、どうにもこうにも周りは北海道人ばかり。思わず“うぐぅ〜” と言ってしまいあゆからまた睨まれたことはいうまでもなかった。
「……う〜ん。…あっ! そうだ祐一!! あの映画館は?」
 みんなで考え込むこと数刻。突然何かを思い出したかのように真琴がこう言った。あの映画館? うん? ……あっ! そうだ! あの映画館ならすいてるかもしれない。思い出した真琴は得意げに“ふふふ〜ん” と言うような顔だ。まあ正直真琴ごときに言われて気付くようではなぁ〜とは思ったが、誰も気づかなかったのでここは褒めてやろう。そう思った。


「おや、まあ今日は団体さんかの?」
「ええ、そんなところです。あ、あの、席…、あいてます?」
「ああ、あいとるで。どこでもええからの…。好きに座って下されや…」
 いつものようにおじいさんがにっこり微笑んで俺たちのほうを見てこう言った。佐祐理さんの誕生日の時以来かな? ここに来るのは…。古い造りの映画館。館主のおじいさんとともに中へ入る。ちなみに真琴は俺に褒められたのが嬉しいのか、ご機嫌な様子だ。でもそれはこの言葉を聞いてから一変してしまった…。“すこし怖いものを放映しとるんじゃが…。それでもええかの?” そう言って少し困った顔になるおじいさん。俺は全然平気だが…、と思って辺りを見てみると、案の定こそこそと逃げ出そうとしてるあゆと真琴と…、名雪もか? 逃げる水瀬家シスターズの手をむんずと掴んで館内へと入る俺。
“だお〜、わたしはこんなの見たくないお〜っ!!” とは名雪。“あぅ〜。面白いのが真琴はいいよぅ〜” とは真琴。“うぐぅ〜、ボクが怖がりだって言うこと、祐一君分かってるでしょ〜。なのにどうして〜? 祐一君イジワルだよ〜っ!! うぐぅ〜!” とはあゆ。三者三様にそんなことを言ってはうるうる涙を溜めてじたばた暴れる水瀬家シスターズ。少しと言うかかなり可哀想な気もしたがここで引き下がっては後で北川に何を言われるか分かったもんじゃない。現にこの間もからかわれたばっかりなんだ。そんなことを0.01秒で考えて俺はこう言う。
「いいのかぁ〜? このまま帰って。帰ってる途中でお化けに捕まるかも知れないぞ〜? まあ俺は一向に構わんけどなぁ〜?」
 そう言ってちょっと脅しを掛けてみる俺。自分でもイジワルだなぁとは思ったが…。やっぱり映画は大勢で見たほうが楽しいからな? そう考えててふと、栞は怖いんだろうか? などと考えて栞のほうを見てみると……。
「う、うえぇぇぇ〜、こ、怖そうですぅ〜」
 そんなことを言いつつ香里に抱きついていた。抱きついてはいたんだが、肝心の香里も、“あ、あたしもこう言うのはダメ〜っ!!” とそんなことを言うと北川に抱きついていた。最終兵器とも言われ、巷で恐れられている香里先生にもやっぱり怖いものがあるんだな? そう思った。
 そういや舞は? って舞は大丈夫だろう…。何せ本物と戦ってたんだし……。と舞と佐祐理さんが座った席のほうのの席を見ると?
「佐祐理…。お化け、怖い…。ぐしゅ…」
「あははー、舞ったら…。そんな見る前から怖がってたらこの作品を作った人たちに失礼だよ? ほら、祐一さんだって困った顔してるし……」
 い、いや佐祐理さん? 俺は困ってるんじゃなくて驚いてるだけであって…。まあいいか。ってそういや天野は? と周りを見渡してみると、
「どうかしたんかい? 祐ちゃん? うふふふふっ……」
 俺のすぐ後ろの席で不気味に微笑んでる天野…。って言うか北海道弁でまた言わないでくれ。頼むから…。微笑む天野の顔がある意味映画より怖そうだと思った今日8月1日は、俺の誕生日だ。…ちなみに映画はと言うと、ちょっぴり怖くてちょっぴり悲しい、でも笑わせてくれるところは笑わせてくれるなかなか面白い作品だったことを付け加えておこう…。


 その映画館は不思議な映画館。純粋な心を持つ人の見たいものや、やりたいことが映画になって見られるという、不思議な不思議な映画館…。老人は皺の入った顔を綻ばせると何やら呟いた。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声で…。

END