私は雨の中、ずぶ濡れになりながら、一人泣いていた…。
「すまない、舞…。もう俺のことは忘れてくれ…」
 そう言った祐一の顔が忘れられない…。祐一は真剣だった。私の大切な人…、私の大好きだった人…、そして、私が愛した人…、その人がまた私から離れていってしまう…。そう、あの夏の日のように…。私は一人泣いていた…。


舞の想い、あゆの願い


「祐一…、話があるの…」
 私はそう言った。夏の暑い日差しの中…、今年から大学生になった私は、祐一と駅前で待ち合わせていた。私から祐一に会いたいって電話をしたから…。夏のシンボル、入道雲がもくもくと湧き立っていた。午後からスコールがあるかもしれないと今朝の天気予報で言っていた。
 大きな入道雲が近づいてきているような気配だった。天気予報は当たっているかもしれない…。私達はとりあえず喫茶店に入った。
「祐一…、私は祐一のことが好き。祐一と一緒にいたい…。そして…、いつか…」
 私はそう言った。
「ま、舞…、今なんて言ったんだ?……」
「祐一と一緒にいたい…って言った…」
 私はいつになく真剣な表情でそう言った。にわかに曇った空からは、今にも雨が降り出そうとしていた。祐一は、静かだった。だけど明らかに祐一は動揺していた。祐一の目が真剣だった…。私は、祐一の言葉を待った…。そう、祐一と一緒に遊んだ子供の頃のように…。
 やがて、静かに祐一は言った…。
「舞……、俺は舞のことが好きだよ…。一途に俺のことを思ってくれていることは嬉しかった…。…だけど、だけど俺には舞よりもっと好きな子がいたんだ。約束…、遠い遠い昔に忘れかけていた約束…、いや、忘れようとしていた約束…。…俺はその子と約束していたんだ…。“ボクのこと忘れないで下さい。そして、ボクのこと好きでいてください”って…。でも…。もう、会うことなんて出来ないと思っていた…。俺の記憶の中の悲しい思い出が、また蘇るから…。だけど…、だけどその子は生きていたんだ…。俺は嬉しかった。また、あの可愛い笑顔が見られるんだって…。そして、あの約束を果たさなくちゃいけないって…。……その子の名前…、月宮あゆって言うんだ…。……舞にも、いずれは話さなくちゃって思ってたんだ…。ごめん、舞…。お前との約束は、守れないよ……」
「祐一……」
 祐一は、言い終わってから黙ったままだった。そして、
「ごめん…、舞。俺、もう行くから……。あゆが待ってる……」
 そう言って祐一は、傘を差して足早に店を出ていった。私は一瞬、この時を逃したら祐一にはもう二度と会えないかもしれない…、そう思った。私は、祐一の後を追って店を飛び出した。曇った空から、雨が降り出した。私は傘を差して歩いている祐一の背中にしがみついた。
 私がしがみついた拍子に、祐一の差していた傘が手から落ちてひっくり返った…。
「待って!! 祐一…。私…、私は、祐一のことが好き…。祐一、お願い…、お願いだからもう一度、私の方に振り向いて…。私のこと、好きだって言って……お願い…祐一…」
「駄目だよ…、舞……。舞がどんなに頑張っても、俺は、俺はもう…」
 祐一は下を向いて、ぽつり、そんなことを言った。そして、静かに首を横に振った…。
 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。
 本格的に雨が降ってきた。ひっくり返った傘には、もう雨が溜まってきていた。急いで店に駆け込む人達…。そんな人達を見ながら、私は祐一にしがみついている。祐一も動こうとはしなかった。やがて雨は、激しく地面を叩きつけていた…。どれくらい経ったのだろう…。
「……すまない、舞…。もう俺のことは忘れてくれ…」
 そう言って祐一は私を振りほどくと、傘も手に取らず夏の雨の中に消えていった…。私は、目の前が真っ暗になった。私の好きだった人がどこかに行ってしまう。それは大切な、本当に大切なものを無くしてしまったような…、そういう感じだった。私は…、
「祐一!! 私は、祐一のことが好きだから!! ずっと、ずっと…、祐一のこと、愛しているから!! 私は…、私は……、祐一のこと、大好きだから!! だから、だから!! 私…、祐一が振り向いてくれるまで、待ってる!!! 待ってるから……」
 そう叫んだ。もう、祐一の姿は見えない。聞こえているのかさえ分からなかった。それでも、私は大声で叫んだ…。雨に濡れながら……。自分の好きだった人に、もうこの声が届かないって分かっていても、私はそう叫んでいた…。いや、叫ばずにはいられなかった…。
 膝をついた…。手をついた…。悲しかった…。耐えられなかった…。私は、雨で濡れた自分の顔をぬぐった。自分の目から、冷たい何かが雨と一緒に流れ落ちるのに気付いた。それに心が何かで締め付けられる。そして……、私は気がついた。
 この流れ落ちるものは…、私の涙…、そして締め付けられるこの思いは…、自分が悲しくて泣いているんだと…。


 俺は走った。遠くから舞の声が聞こえていた。だけど、俺は振り返ることが出来なかった。舞と一緒に遊んだ遠い夏の夕暮れ…、舞と再会した夜の学校…。俺は舞のことが好きだった。舞も俺のことを好きだと言ってくれた。だけど俺は、舞の気持ちに応えてやることは出来なかった…。
 なぜなら、俺には約束の女の子がいたから…。ずっと、ずっとその子は俺が来るのを待っていた。風の日も、雨の日も、そして、雪の日も…。7年間も、暗い暗い病室の中で俺が来るのを夢見て…。
 俺は、その子との思い出を忘れかけていた。またあのつらい出来事を思い出すから…。そう、俺は無力だった。だから…、その子が、月宮あゆという女の子が生きている。
 そのことが分かって…、またあの可愛い笑顔が見られることが分かっただけで、俺は嬉しかった…。俺は…、走った…。舞を…、捨てて……。


 ボクは、祐一君を待っていた。突然降ってきた夏の雨の中で…、ボクは大好きな人を待っていた…。祐一君と一緒にまた歩けること、それはボクにとってかけがえのない喜びだった。夢…、夢を見ていた。遠い遠い記憶の中で、たった一人、ボクは大好きな男の子を待っていた。
 夢から、目覚めた…。大好きな男の子は、ボクを待っていてくれた…。嬉しかった。
「うぐぅ〜。祐一君遅いなぁ〜」
 時計を見た。時計は午後4時30分だった。祐一君と待ち合わせた時間より30分オーバーしている。軒下の雨の波紋はまだ大きかった。青いオーバーオールが風に流されて軒下に入ってきた雨粒で濡れていた。
「あゆー。おーい! あゆー」
 遠くから、ボクの大好きな人が駆けてくる。ボクは手を振ってそれに応えた。
「祐一くーん!! ここだよー!! って、わぁ、祐一君。びしょ濡れだよ〜? 大丈夫?」
「はぁ、はぁ、はぁ…、だっ、大丈夫だ…。と、ところで、今、何時だ? あゆ」
「4時30分だよ。うぐぅ〜、ボクが来た時から40分過ぎてるよ…。祐一君、30分遅刻だね…」
「30分遅刻か……。ごっ、ごめん、あゆ!!」
「たいやきアイス買ってくれたら許してあげてもいいよ?」
「えっ? またか? まあ、しょうがない、今日は俺が全面的に悪かった。たいやきアイスでも何でも、あゆの好きなもの、買ってやるよ…」
「うぐぅ〜。嬉しいよ、祐一君!!」
 ボクたちは、ひとしきり降り続く激しい雨が落ち着くのを待って、祐一君と名雪さんがよく行く百花屋に行った。
 でも、今日の祐一君、何か変だね…。いつもならボクのこと、からかったりするのに…。ボクは、祐一君の顔を覗き込んだ。祐一君は覗き込んでいるボクのことに全く気が付いていないのか、何か真剣な顔をしていた。ボクは心配になって…、
「祐一君、何か悩み事があるの? ボクでよかったら相談にのるよ?…」
 そう言った。だけど…、
……いや、もういい。終わったんだ。もう……
 祐一君が、ボクにも聞こえるか聞こえないか分からない小さな声で、ぽつり、そんなことを言ったような気がした…。そして、いつもの元気そうな声で、
「さっ、さあ、あゆ。たいやきアイスでも、イチゴサンデーでも、ジャンボミックスパフェデラックスでも、何でも頼んでいいぞ! 今日は俺のおごりだ!!」
 そう言った。でも、今日の祐一君は何か変だった。空元気…、その言葉が今の祐一君にぴったりだった。
 夕方、雨はまだ降っていた。祐一君はボクを傘の中に入れて、ボクの肩をしっかりと抱きしめて家路につこうとしていた。ボクは、もともとお父さんの顔は知らなかった。お母さんは、ボクが初めて祐一君と出会う半年前に天国へ行ってしまった。
 だからボクは、孤児院で暮らしていた。寂しかった…。
 だけど、祐一君と出会って…、祐一君といっぱいお話をして…、夢の中で祐一君と再会して…、そして、夢から覚めたとき、祐一君が優しい…、本当に優しい瞳でボクを見つめていた…。嬉しかった。今、ボクは祐一君と一緒に、秋子さんのところで居候させてもらっている。
 名雪さんとは本当の姉妹のような感じで、ボクももう水瀬家の一員なんだなと思った。
「「ただいまー」」
「おかえりなさい。祐一さん、あゆちゃん」
「祐一、どこに行ってたの? ……。あーっ、分かったぁ!! 祐一、またあゆちゃんと百花屋に行ってたんだーっ。わたしも誘ってくれればいいのに…。あーあ、イチゴサンデー食べたかったな…」
 残念そうに名雪さんが言った。
「お前も誘ったよ。俺は! だけどお前、寝ぼけて「ケロピーも一緒じゃなきゃ嫌ーっ」とか何とか言って寝てしまったじゃないか!! たまの日曜だからって、寝てばかりじゃもったいないだろ?」
「うっ、わ、わたしは朝が苦手なんだから仕方ないよー! それに、わたし一言もそんなこと言ってないよ? 祐一、イジワルだよ…。ぶぅ〜」
「イジワルじゃないっ!!」
 祐一君と名雪さんはいつものように言い合いこをしていた。ボクは、祐一君と名雪さんのやり取りを秋子さんと一緒に微笑みながら、見つめていた…。


 祐一と別れてから1ヵ月が経った…。
 その日も私は一人、自分のアパートへ帰っていた。ちょうど祐一と別れた日と同じような天気だった。突然のことで傘をもっていくのを忘れてしまった。服はあの時と同じようにずぶ濡れだった。佐祐理には、私が祐一と別れたことは言っていない。いや、言えなかった…。
 私のことを自分のことのように心配してくれる佐祐理に、これ以上心配させたくなかった。とりあえず私は家路を急いだ…。このままだと風邪を引いてしまう。もし、風邪を引いてしまったら、また佐祐理に心配を掛けさせてしまう…。前に私が風邪を引いたときには、一週間看病しに来てくれた。
 がちゃ。きぃ〜。
 私は、部屋の扉を開けて電気をつけた。するとどうだろう…。いつも散らかっている部屋が綺麗になっている。ご飯も出来ていた。佐祐理が来てくれたんだ…。私はそう思った。
 テーブルの上に一通の置手紙がおいてあった。私は、置手紙を手に取ってじっくりと目を通した。
「舞へ…。 今日、舞と一緒にご飯食べようと思って待ってたんだけど…、舞、あんまり遅いから、佐祐理一人で食べちゃった。ごめんね。サラダは冷蔵庫に閉まっておきます。あっ、それとカレーは温めてから食べてね。それじゃ、また明日。大学でね…。−佐祐理−」
 私は、冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中のボールには色とりどりの野菜サラダが置いてあった。鍋には、おいしそうなカレーがあった。私は、コンロに火をつけて、カレーが温もるのを待った。ふと、祐一のことを思い出した。祐一は今ごろ何をしているのだろうか…。
 きっと家族の人達と、それにあゆって言う女の子といっしょに楽しく過ごしているのだろう…。それに比べて私は、なんて惨めなんだろう。そう思った…。でも今の私には、どうすることも出来なかった。涙が零れそうになるのをこらえて、私はコンロの火を見つめていた…。
 そうだ…、服が濡れたままだったんだ…。私は、シャワーを浴びることにした。一旦、コンロの火を消して、服を脱いだ。でも雨に濡れた服は、体に張り付いてなかなか脱げなかった…。あの時と同じように…。シャワーを浴びている途中、あの時のことが思い出された。
 あの時…、必死になって祐一を、好きな人を止めようとした私…、その私を置き去りにして行ってしまった祐一…。祐一にもう一度振り向いてほしかった。祐一を愛している人がここにもいるっていうことに、気付いてほしかった。そして…、もう一度私のことを好きだと言ってほしかった。
 でも、それはもう…、ない…。悲しかった。熱いシャワーが冷たくなった私の体を温めていく。だけどシャワーとは違う冷たいものが流れるのを感じた。顔を上げた。シャワーが顔に当たる。このまま何もかも流れてしまえばいいと思った…。
 祐一と遊んだ昔のことも…。祐一と再会した夜の学校も…、すべて…、すべて、消えてなくなればいいと思った……。

 次の日の朝、佐祐理が迎えにきた。
「舞ーっ! 舞ーっ! 迎えに来たよ〜っ!! 大学行こーっ!!」
 私は、重たい体を起こすとよろよろと玄関の方へ向かう。今日も、入道雲がもくもくと出ていた…。ふと、テーブルを見た。テーブルには昨日のサラダとカレーが手付かずのまま残っていた。昨日は、結局何も食べずに眠ってしまった。
 朝起きてみると、祐一と佐祐理に貰ったアリクイさんのぬいぐるみが濡れていた…。寂しいときは、ぎゅっと抱きしめる。昨日も一昨日も…、力いっぱい抱きしめる。
 もう、アリクイさんは私の涙でぐしゃぐしゃに汚れていた。涙で濡れた目を擦った。きっと、佐祐理が見たらびっくりするかもしれない。
 私は、こんなにも弱い人間だったんだと思った…。
 がちゃ。きぃ〜。
「おはよー。舞っ! …って、わあっ? どうしたの? 舞? 何だか疲れてるみたい…」
「ううん、何でもない……。ただ、夜更かししただけ……」
 私は、そう言って玄関の鍵を閉めた…。佐祐理に嘘をついてしまった。私たちは、歩いて駅に行きそこから電車で大学に向かった。いつもの通学パターンだ。ただ一つ違うのは、祐一が私のことを愛していないということだけだった。
 私の心の支えは、もう佐祐理しかいなかった…。
「あっ、重要なこと忘れてた…。舞にお話があるんだ…。あのね、舞……。佐祐理、ちょっとお父様の都合でね、明後日から一年間…、イギリスの方に行かなくちゃいけなくなっちゃったの…」
「えっ?……」
「舞、ごめんね。佐祐理も昨日聞いたところだから…。一番に舞に話そうと思ったんだけど、気が動転しちゃって…。電話、掛けられなかったの。ごめんね、舞…。……でも、もう大丈夫だよね、舞は…。だって祐一さんがいるんだもの。舞の大好きな祐一さんがいるんだものね。あははーっ」
「……うん」
 本当は、私の好きな人…、その人は私の手の届かない遠い遠い世界へ行ってしまった。そして大切な友達も…。でも、佐祐理には言えない。佐祐理に言えば、佐祐理はきっと私のことを心配する…。佐祐理はそういう子だから……。
 私の心の支えになってくれる人は、もういない…。そう思うと、つらかった…。


「舞? 何か隠してない?」
 佐祐理は、舞の元気のないことに気が付きました。いつもなら、何か二言・三言話しかけてくれるのに、最近は何も話し掛けてくれなくなったんです。昼休み、佐祐理は祐一さんのところへ行ってみることにしました。
 祐一さんなら、舞のこと、何か知っているかもしれない…。舞を助けてくれるかもしれない…、そんな淡い期待を持って…。
「なぜ?! なぜなんですか?! 祐一さん!!!」
 淡い期待は裏切られてしまいました。祐一さんは、舞と別れてしまっていたんです。佐祐理は祐一さんが好きでした。それは舞のことを一番よく理解してくれていたからです。舞の親友、そして舞の恋人として、信頼していたのに…。好きだったのに……。
「祐一さん…、佐祐理は、佐祐理は明日から、イギリスに行くんです…。舞には1年間の予定って言いました…。だけど…、実際は何年イギリスにいるのか分かりません…。お父様のお仕事の都合なんです…。…だから! だから祐一さんに舞のことをお願いしようと思っていたのに……。祐一さん、舞との約束は?…。舞と祐一さんが交わしたあの約束は…、一体なんだったんですか?……」
 約束…、それは、佐祐理と舞が卒業する日に祐一さんと交わした…、”舞のことをずっと好きでいる”と言う約束…。佐祐理は、覚えていますよ…。あの時の舞の顔、とても嬉しそうでした…。なのに、なのに……。
 佐祐理の目からは、知らず知らずのうちに涙が溢れていました。祐一さんは静かに言いました。
「佐祐理さん、それは、本当か? 佐祐理さん…。俺は、舞のことが好きだ…。出来ることなら舞とは別れたくはなかったよ…。だけど、俺には舞より好きな子がいたんだ…。その子は、7年間も暗い暗い病室で眠りながら、俺が来るのを待っていたんだ…。俺が来なければその子は永遠に、俺に会うことを夢見ながら眠り続けていただろう…。だから…、だから俺は……」
「じゃあ、舞は、舞はどうするんです? 舞も祐一さん、あなたが来るのをずっと待ってたんですよ…。佐祐理は、たった3年間のお付き合いですから、舞の過去のことはよく分かりません。だけど…、舞は…、舞は、祐一さん、あなたが来るのを待っていたんですよ…。ずっと、ずっと一人で待っていたんですよ…。そのことだけは事実なんです……」
「……ごめん……佐祐理さん……」
「……もういいです……。でも……少しは舞の気持ちも考えてみてください……。祐一さん……あなたと別れて舞がどれだけ悲しかったか……。それだけでも…」
 佐祐理は、祐一さんに裏切られたような気がしました。

 その夜…、佐祐理は舞のアパートへ行きました。ある決心を胸に…。それは…佐祐理と一緒に、イギリスへ行こうって…。お父様は、快く承諾してくださいました。
 だから、ひとりぼっちじゃないって…。もう…、つらくないって…。祐一さんのことも忘れられるって…。佐祐理はそう言いました。でも、舞は……、
「佐祐理…、私は、今でも祐一のこと、愛しているの…。祐一と一緒の町にいたい…。祐一のこと、忘れたくない…。忘れられない…。祐一はあゆっていう子を選んだ…。幸せになると思う…。私は、あゆっていう子が憎い…。私から、大好きな人を奪っていった、あゆっていう子が…。だけど…、だけど私は、今でも祐一のこと、好きだから…。本当に好きだから…。だから、せめて祐一の幸せを願ってあげたい…。それが、私の願い……」
 佐祐理は、とても悲しくなりました。どうして、どうして…、そこまでして祐一さんを愛し続けることが出来るの? どうして?……。…でも、佐祐理は分かっていました。それが舞の“優しさ”なんだって……。


 佐祐理さんは、旅立っていった。俺は、名雪たちと一緒に佐祐理さんを見送りに行った。舞は、来なかった…。佐祐理さんをどういう顔で見送りに行けばいいのか…、佐祐理さんに何て話せばいいのか…、分からなかった…。本当は佐祐理さんには会いたくなかった…。
 でも、名雪に無理やり連れて来さされた…。みんなと、楽しそうにおしゃべりしている佐祐理さん。俺は、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。昨日、佐祐理さんに言われた…、“…少しは舞の気持ちも考えてください………”。その一言が俺の心に重くのしかかっていた。
「…祐一さん……」
佐祐理さんが、俺の方に来てそう呼んだ…。
「佐祐理さん……」
「祐一さん、昨日は酷いこと言ってすみません…。でも、佐祐理の気持ちも分かってほしくて…。舞は、舞はあなたのこと、本当に好きみたいで…、佐祐理が一緒にイギリスへ行こうって言っても、行かないって…、祐一さんと一緒の町にいたいって…。祐一さんのこと、忘れたくないって…。佐祐理が言っても聞いてはくれませんでした…。佐祐理は、佐祐理はちょっと悔しいです…」
「……」
「佐祐理は、もう何も言いません。でも、これだけは言えます。舞は…、舞は祐一さん、あなたのこと本当に好きですから…。佐祐理は、祐一さん、あなたのこと…、嫌いになっちゃいましたけど…。舞は、今でもあなたのことを愛しています…。そのことだけは、事実です…。では……」
 佐祐理さんは俺に一礼し、名雪たちにも一礼すると、搭乗口の方へ向かっていった。
 ……俺は、何も言えなかった…。


 ボクが、朝一番にすることは、祐一君を起こすことだ。まず祐一君の部屋に行ってカーテンを開ける。夏の心地よい光が北の大地に降り注いでいる。夏のシンボル、入道雲がもくもくと空に浮かんでいた。
 前にテレビで見たけどあの中に大きなお城があるんだよねって、みんなに言ったら大笑いされた…。うぐぅ〜、みんな、そんなに大笑いしなくてもいいのに…。
「祐一君! 朝だよ。ほら…、早く起きてよ…」
「うん? ああ、あゆか…、おはよう…。ふ、ふあぁ〜〜」
 次は、名雪さんだ。名雪さんを起こすのはボクの力じゃ駄目だって、祐一君が言っていた。いつも、秋子さんや祐一君に手伝ってもらっている。祐一君と、名雪さんをやっとのことで起こして、ボクたちは秋子さんの朝食を食べていた。
「祐一…、ひどいよぉ〜。もうしないって言ったのに…」
「仕方ないだろ。ああでもしなきゃお前、完全に大学遅刻だぞ。ただでさえ出席日数足りないっていうのに…。また1回生からやりなおしってなことになっても、俺は知らないからな!」
「う〜。脅迫だよ〜」
「えっ、でも、今は夏休みなんでしょ? だったら大学行かなくていいんだよね? 名雪さん」
「あゆちゃん、大学はね。え〜っと、出席日数が足りない人に補習してくれるんだよ。ねーっ、祐一」
「俺は、出席日数足りてるぞ。お前に付き合ってるだけだ!」
「う〜っ、やっぱり祐一イジワルだよ〜。お母さん」
「はいはい、わかりました。うふふっ。それで二人とも時間は大丈夫なの? 早く食べてしまわないと遅刻してしまいますよ?…」
 秋子さんが、祐一君と名雪さんにそう言って微笑んでいた。ボクもにっこり微笑んで祐一君と名雪さんを見ていた。

 祐一君たちを見送った後、ボクは秋子さんと二人で掃除をした。掃除は疲れるけど、ボクは今、ここにこうして生きていて、大好きな人のために何でも出来るんだと思うと嬉しかった。洗濯や何かで、気が付けばもう夕方だった。秋子さんの呼ぶ声がする…。
「あゆちゃーん、あゆちゃーん。ちょっとおつかい頼めるかしらー。お醤油きらしちゃって。お願い出来るかしら?」
「うん、ボク買ってくるよ。いつものだね? 秋子さん」
「ええ…。はい、お金。多分特価で安くなっていると思いますから、残りはあゆちゃんのお駄賃です」
「わあっ、ボク嬉しいよ〜。じゃあ、いってきまーす」
 いつもの祐一君に買ってもらった帽子をかぶって、ボクは商店街へと向かった。お醤油を買った帰りにいつもの百花屋によって、たいやきアイスを買おうと思い、お店に入ろうとしたところで、誰かがボクを呼んだ…。
「おーい。あゆー、あゆー」
 ボクは振り向いた…。祐一君だった。
「あっ、祐一君だっ。おかえりっ、祐一君!!」
「ただいま、ってお前、醤油なんか持って、こんなところで何してるんだ?」
「あっ、これ? ボク、お使いの途中なんだよー。秋子さんにお駄賃貰ったから、たいやきアイス買おうと思って…」
「ふーん。ってお前!! 早く帰らないと、秋子さん困ってるぞ!」
「あっ、そうだった。早く帰らないと……」
 ボクは、たいやきアイスを買って家路につこうとしていた。祐一君が、ボクのお醤油を持ってくれた。二人で歩く夏の夕暮れ。もう8月も終わりに近い。北の大地は、そろそろ秋の気配がしてくる…。気持ちのいい風がボクの髪を揺らしていった…。
 ふと、公園に差しかかったところでボクは1人の女の人を見かけた。祐一君は気付いてないようだった…。女の人は1人ブランコに座っていた。
 ブランコを揺らしながら、寂しそうにずっと遠い空の彼方を見つめたままだった…。そう、それはまるで…、昔のボクを見ているようだった…。


 私の心の中は、もう何もなくなってしまった。心の支えを失った人はどれだけつらいものなのか、どれだけ寂しいものなのか…。弟を失った佐祐理の気持ちが少しだけ分かったような気がした…。
 祐一も、あゆって言う娘を失ったときの悲しみはどれだけのものだったのだろう…。そして、再会出来たときの喜びは……。
 祐一のことを思うと悲しかった。私はまだ祐一を愛していた。この想いが届かないって分かっていても、私は祐一を愛している…。そう思うと自分がとても惨めに思えた。
 この町を出ようとも考えた。だけど祐一や佐祐理との思い出がいっぱい詰ったこの町を…、楽しい思い出の詰ったこの町を…、私は…、捨てることは出来なかった。
 私は、公園のブランコに座っていた。揺らしてみる。キーコキーコと音をたててブランコは揺れた。
 祐一に会いたかった。ただ、祐一に会いたかった。頭の中はそれだけだった…。
「こほん、こほん」
 頭がふらふらする。体も熱かった。多分風邪でも引いたんだろう…。夏の終わりの夕暮れ…、北の大地には、もう秋風が吹いていた…。


「祐一君、あの人何だか寂しそうだね……」
「えっ? どこだ? あゆ」
「あそこだよっ! あのブランコに座ってる綺麗な女の人…」
「あっ? ああ…、そうだな、って、あ、あれは?!……」
 祐一君が驚いたように叫んだ。その人も、こっちを向いた。ブランコが止まった。その人がこちらを見た。ブランコから降りてこちらに歩いてくる。
 ゆっくりと…。ゆっくりと…。祐一君の目の前、その足は、止まった…。
「祐一……、会いたかった……」
「……舞……」
 祐一君の顔が青ざめていた……。その人は、ちょっとだけ微笑むと…、バタンッ。その場に倒れてしまった。
「まっ、舞!! 大丈夫か?! 舞!! って、おっ、お前、すごい熱じゃないか?!」
 舞さんと呼ばれたその女の人は、その場に倒れたまま動かない。髪は乱れていた。顔は火照ったように赤かった。息も苦しそうだった。
「舞…、舞…、返事がない……。……あゆ。悪いけど、俺の荷物、持ってくれないか…。舞を…、舞を家まで運ぶ…。秋子さんたちには俺から話す。お前にも理由を話す…。だから、今は…、俺の…、俺の好きなようにやらせてくれ……」
 そう言って、祐一君は舞さんを負ぶって、ブランコの横においてあった鞄を拾い上げると、家路を急いだ…。祐一君は無言で舞さんを運んでいる。祐一君の顔を見た。祐一君の顔は、何か、とても大切なものを一生懸命に運んでいる。そういう顔だった……。

 家に帰って、ボクたちはまず秋子さんに事情を話し、名雪さんに布団を引いてもらった。祐一君は、舞さんを布団の方に寝かすと、静かに掛け布団を掛けてやっていた。念のため、名雪さんがお医者さんを呼んでいた。お医者さんは、疲れからくる風邪だといっていた。
 祐一君は心配そうに、舞さんを見ている。ボクは、何も言わず部屋を出た…。しばらく経って祐一君が部屋から出てくる。秋子さんが…、
「祐一さん…、あの子、大丈夫ですか?」
 手を頬に当てながら、心配そうに尋ねる。祐一君は、
「はい、もう大丈夫だと思います。医者も疲れからくる風邪だと言ってましたから…」
「そう…。良かったわ……」
 秋子さんは、一言そう言うと黙り込んでしまった。と名雪さんが…、
「祐一…、何かあったの? わたし、香里たちと何度か、舞さん見たことがあったんだけど、舞さん、何か元気がなかったよ…。うん? 祐一?……」
 名雪さんは、祐一君と一緒の高校へ行ってたんだよね。だから舞さんのことも知ってるんだね…。ボクはそう思った。舞さんを負ぶって家に帰る途中、簡単に祐一君が舞さんのことを話してくれた。でもなぜ、祐一君がこんなに必死になっているのかは分からなかった。
 名雪さんは、そんなことを言うと祐一君の顔を覗き込む。と、名雪さんはなぜか祐一君の顔から目をそむけた。ボクも祐一君の顔を覗き込んだ。
 だけど祐一君は下を向いていて顔はよく見えなかった…。ただ……、握った拳の上に雫が一粒、きらっと光っていた。そして、祐一君が淡々と話し始めた…。
「……俺……俺は昔、舞に会っていたんだ…。あれは、あゆに初めて出会う半年前だ…。俺たちは夏休み、俺たちが通う高校の出来る前、あの麦畑でよく遊んだ……。また、その年の冬休みに一緒に遊ぼうねって舞と指切りまでして約束したのに…。それなのに、俺は、約束を破ってしまった…。それは、あゆ、お前と出会ってしまったから…。そして、俺はお前のことを好きになってしまったから…。だけど俺は、舞のことを忘れたわけじゃなかったんだ…。俺が町に帰る日…、あの日俺は、舞に謝りに行こう…。あゆとのお別れ会が終わってから…。そう思っていたんだ……。だけど、だけど俺は舞に謝りに行くことは出来なかった。だって俺の一番好きだった子が…。……。悲しかった。この町での思い出を、仲の良かった女の子たちのことを…、まるで雪が積もっていくかのように…、俺は忘れていた…。けど、俺は思い出した。あゆのことも、そして…舞のことも…。俺は、あゆを選んだ…。あゆのことが好きだったから。世界で一番お前の事…、好きだったから…。舞には悪いと思っていた。けど、舞は一人でも生きていけるだけの強い心を持っているんだ…、俺はそう思っていた…。……そうじゃ…、なかった…。そうじゃなかったんだ…。舞は弱い心を隠そうと、わざとそっけないふりをしていたんだ…。だから、あの時も…。あの雨の中も……。俺は…、俺は…。うっ、ううう」
 祐一君が声を出して泣いていた。ボクがこんな祐一君を見たのはあの時以来だった……。そう、あの時、ボクが夢の中で祐一君を待つことになった、あの時…。…舞さんも、舞さんもボクと同じ境遇に会っていたんだ…。ボクは、舞さんが可愛そうでならなかった。
 ボクは幸せだった。だけどそんなボクの影で舞さんはつらい、本当につらいことを背負っていたんだ…。ボクは、自分が嫌になった…。
「そんなことがあったのね…。祐一さん…」
 秋子さんが、そう言った。祐一君はボクと舞さんの間で悩んで、悩んで…。それなのに、ボクは何も知らなかった…。祐一君、つらかったんだね……。本当につらかったんだね…。ボクはそう思った。だから、ボクは…、
「祐一君……、舞さんのこと好きだよね?……」
「なっ、何言ってるんだ!! あゆ。俺はお前のことが好きなんだ!! 舞のことはもう…、終わったんだ…」
 名雪さんが、ボクのかわりに言ってくれた。
「うそ…。うそだよ…。祐一…。だって、舞さんを運んで帰ってきたときの祐一の顔…、真剣だった…。あんなに真剣な顔見たの…、あゆちゃんのとき以来だったよ……」
「うん。ボクも祐一君の顔を見てたら分かったよ…。祐一君、本当はボクなんかじゃなくて舞さんのことが好きなんだ…、ってね……。ねえ、祐一君……、ほら、天使の人形…。この前ゲームセンターで祐一君に取ってもらったよね? これで、またボクのお願い、聞いてくれないかな?」
「……」
「ボクのお願い…。舞さんのこと、好きになってください。ボクなんかじゃなく、舞さんのこと好きになってください…。ボクはもうお願い叶えてもらったから…。ボクはもう、秋子さんや名雪さん、そして祐一君と同じ家族なんだから…。ボクは祐一君といつまでも一緒だよ…。だから、祐一君…。お願い……だよ……」
 ボクはそう言う。祐一君は涙で濡れた瞳でボクを見つめていた…。


 ……目が覚めた。ここは、どこだろう…。私は、あたりを見回す。と、誰かが部屋に入ってきたようだった。見ると、祐一と一緒にいた女の子だった。月宮あゆって言ったっけ…。私は、体を起こした。
「あっ、気が付いたんだね。うぐぅ〜、良かったよ〜」
 見るとあゆの手には氷枕があった。そういえば、頭が気持ちよかった。時計を見た。時計は朝の10時を差していた。そうか…、私は昨日、祐一に会って……。そのまま…。何時間寝ていたんだろう。
「祐一は?……」
「祐一君なら名雪さんと大学に行ったよ…。秋子さんは仕事だから…、今はボクと舞さんしかこの家にいないよ」
「そう……、ありがとう……」
 私は、そう言うと立ち上がろうとした。まだ、足元がふらつく。と、あゆが…
「わっ、だめだよ〜。舞さん、まだ治ってないんだから〜っ。ボク、お粥くらいなら何とかできるから、作ってきてあげるよ!! あっ、舞さん。動いちゃダメだよ〜。しばらく安静にしててね…」
 あゆは私の体を支えると、私を寝かせて布団を掛けてくれた。しばらくして、あゆが作ったお粥を食べた。おいしかった。見た目にはあまりおいしそうには見えなかった。だけど、おいしかった…。それは、あゆの愛情がおいしくさせているんだと思った…。
 祐一も、この子のそんなところが好きになったんだろう…。

「……祐一君、本当は大好きなんだよ。舞さんのこと……」
 夕方。あゆがそんなことを言ってきた。
「えっ?……」
「だって祐一君、舞さんを見る目がとても真剣だったから…。昨日、舞さんをここへ運んでくるときの目…、とても真剣だったから…。ボクは好きだよ…。祐一君のこと…。世界で一番、祐一君のことが好きだった…。でも…、でもね…。ボクは、世界で二番目になっちゃったよ…。だって祐一君は…、舞さんのことが好きなんだから…。ボクのこと好きって言っても、本当は祐一君……」
「でも……。祐一は……、祐一は私を捨てた……」
「違うよ!! 舞さん!! 祐一君は舞さんを捨ててなんかないよ!! 祐一君はちょっと方向を誤っただけ…。それだけなんだよ!! ボクはその方向を元に戻す役目なんだと思うんだ…。それが唯一ボクが出来る祐一君への恩返しなんだと思う…。だから舞さん…、祐一君のこと、信じてあげて…。ボクからのお願いだよ……」
 あゆは、私の目を見つめて、そう言った。真剣に…、そして純粋に、あゆは私の目を見つめていた。こんなにも、他人のことを自分のことのように思える子に出会ったのは、佐祐理以来だった。
「あゆは……、あゆはいいの? 私が祐一と付き合っても……。将来、私と祐一が結婚しても……、あゆは喜んでくれるの?」
 私は、そう聞いた。


 ボクの答えは、もう決まっていた…。
「うん。もちろんだよ!! だってボクはもう、水瀬家の一員なんだから……。祐一君や名雪さん、それに秋子さん、みんなボクの大切な家族なんだから…。祐一君とはいつでもお話出来る。秋子さんのおいしい料理だって、いつでも食べられる。名雪さんとだって一緒に笑えるんだ…」
 きぃ〜。
 急にボクの部屋のドアが、静かに開いた。舞さんが開いたドアの方をじっと見ていた。ボクもつられてドアの方を見た…。そこに立っていたのは……、祐一君だった。祐一君の目からは涙がとめどなく溢れていた。
「ごめん……、ごめんよ……。舞……、俺が、俺が…、舞の想いをしっかり受け止めてやれば…、舞にこんな悲しい思い…、かけさせずにすんだんだ…」
 祐一君は、涙を流したままボクたちの方へ来て…、
「ありがとう…、あゆ。本当にありがとう…。あゆの願い…、それは、家族だったんだな…。俺は、また取り返しのつかないことをしてしまうところだった。そのことに気付かせてくれたんだな。あゆ……、ありがとう……」
 そう言った。そして祐一君は、舞さんの肩に手をかけて…、
「……。ごめん、舞…。本当にごめん…。今ごろ言ってももう遅いかもしれないけど、俺は…、俺はお前のことが世界中で一番好きだ。もう遅いかもしれないけど、そのことに気が付いた…。もし、お前が嫌というのなら俺はもう誰とも付き合わない…。やっぱり俺にはお前しかいないから……」
「祐一…、私は祐一と一緒にいたい…。寂しい……。佐祐理はイギリスから帰ってこない…。もう私には祐一しか頼れる人がいない……。ずっと、ずっと私のそばにいて…」
 祐一君は、舞さんを力いっぱい抱きしめていた。ボクは、その光景を微笑ましく見つめていた…。
「めでたしめでたしですね……。これで…」
「うん…。これで祐一も、ずっと待ってる女の子の気持ち…、少しは分かったんじゃないのかな?」
 秋子さんと名雪さんも、そう言って祐一君たちを優しく見つめていた…。


「さあ、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ…。名雪、ちょっとお手伝い頼めるかしら?」
「うん。わかったよ。お母さん」
 わたしは、そう言ってあゆちゃんと一緒に、部屋の扉を閉めた。祐一と舞さんか…。結構お似合いかもしれないね…。わたしは、そう思った。あゆちゃんを見た。あゆちゃんも、わたしのほうを見て…、
「名雪さん。祐一君と舞さん、幸せになるといいね…」
「うん。そうだね……。あゆちゃん……」
 そう言い合って、微笑んだ…。わたしたちの好きだった人…。ちょっとは羨ましいと思う。でも、好きだった人には幸せになって欲しいと思った。他の人から見れば、変に思われるかもしれない…。だけど、わたしとあゆちゃんはそう思った…。
 それは、わたしたちが水瀬家という家族の証拠なんだろう…。夏の終わりの夕暮れは、いつまでも、そしてどこまでも赤かった……。

〜FIN〜