お母さんの思い出


 今日1月7日はボクの誕生日…。今はもうこの世にはいないお母さんが、ボクを産んでくれた日だ…。
 今、ボクはお母さんのお墓にきている。もちろん、新しいボクのお母さん、秋子さんたちも一緒だ…。もちろん名雪さんや祐一君も一緒だ…。お母さんのお墓は隣町のお寺にある。だからみんなで電車に乗って行ったんだ。
 電車から降りてしばらく歩く。途中、お墓の前に供えるお花を買っていった。お寺に着く。秋子さんはお寺の住職さんのところへ挨拶しに行った。ボクたちも後に続いた…。先に位牌に手を合わせる。お母さんやお父さんやおじいちゃんやおばあちゃん…。ボクは元気だからね…。そう、心の中で言った…。
 位牌の供養も終わり、今度はお母さんのお墓に足を向けた。黒曜石の前、月宮家之墓という字の前まで来ると何だか悲しくなってきて…。でも、ボクはもう泣かないんだ…。だってボクが泣いちゃうと秋子さんが悲しい顔になっちゃうんだもん…。だからボクは泣かない。
 お墓の前、お花を供え線香に火をつける。秋子さんが中腰に屈んでお母さんのお墓の前の線香立てに立てた。続いて祐一君と名雪さんが線香を立てる。ボクは最後に立てた……。
 線香の煙が立ち上るお墓の前…。そのお墓の前で、ボクはお墓の中のお母さんにこう言ったんだ…。
「お母さんが天国へ逝っちゃってから、もう8年も経つんだね…。ねえ、お母さん……」
 秋子さんはそんなボクを悲しそうに、でも優しい瞳で見つめていた。ボクは続けて言う。
「でもね、お母さん…。ボクは今とっても幸せだよ? だって…」
 そこでボクは秋子さんの顔を見る。今、ボクは秋子さんの養女として引き取られていた。だから名前も、“月宮”から“水瀬”へと変わっている。だけど、ボクは秋子さんのことを“お母さん”とは呼べなかった。
 何度も呼ぼうと思った…。ボクにお料理とか教えてくれる秋子さんに…。でも、お料理をしている秋子さんの後姿が八年前の元気だったお母さんの姿にダブって見えて…。お母さんの笑顔が秋子さんの笑顔にダブって見えて…。ボクはなかなかって呼ぶことが出来なかった。
 だけど…、今日ここに来て、お母さんのお墓の前に座って手を合わせていると…。お母さんが微笑んでくれたような気がして…。“もういいよ?…。あゆ…”って、あの優しい顔で言ってくれたような気がして…。ボクはお母さんの墓石をじっと見つめる。そして心の中でこう言ったんだ。
“お母さん…。ボク、秋子さんのこと、‘お母さん’って呼んでいいよね? そう…、呼んでいいよね?”
 って…。……ふと隣を見ると、秋子さんがボクと同じように手を合わせていた。
「さあ、そろそろ帰るか…。なあ、あゆ…」
 お墓参りも終わって、ボクは立ち上がる。祐一君や秋子さんたちはお寺の住職さんと話をしに本堂のほうへ歩いて行った。今、いるのはボク、ただ一人…。ただ一人で、ボクはお母さんのお墓の前に佇んでいる……。
 と、向こうの方で祐一君がボクを呼ぶ声が聞こえた。多分住職さんと話を終えたんだろう…。…もう一度お母さんのお墓を見る。今、お母さんがにっこり微笑んで頷いてくれたような気がした…。


 ボクは…、ボクの名前は水瀬あゆ…。優しいお母さんと、ちょっとおとぼけなお姉さんと、イジワルな従兄弟のお兄さんがいる温かい家庭。いつもみんながにこにこと微笑んでいる温かい家庭…。そんな家庭にボクは帰ろうとしている。名雪さんと祐一君は用事があるからといって先に帰っていった…。
 秋子さん…。いいや、お母さんと二人だけで帰る道…。お母さんがボクに言う…。
「ねえ、あゆちゃん。おなか減ったでしょ? タイヤキでも買って帰りましょうか…」
 …ボクは…、ボクは勇気を出してこう言ったんだ……。この優しいお母さんに……。
「えっ…、あっ、うんっ! ……ありがとう…。……お母さん……」
 って…。一瞬、びっくりした顔のお母さん。でも、すぐにいつもの優しい顔に戻って…、
「……ありがとう…。あゆちゃん…。さあ、帰りましょう? わたしたちの家に……」
 夕日はもう沈んで夜空には星が瞬いている。そんな中、ボクはお母さんと手を繋いで二人で帰っていた…。“これから毎日‘お母さん’って呼べるんだ。そう、呼ぶんだ”って…。そう思いながら…。星は綺麗な、そして優しい光を出してボクたちを照らしていた…。

END