秋子さんの話


 皆さん、こんにちは…。水瀬秋子です。
 最近、噂でチラッと聞いたんですけど…。皆さん、わたしが28歳だとか、名雪は処女懐妊の子だとか、本当は魔女だとか言っているみたいですね…。28歳は嬉しいんですが…、でも魔女はちょっと言い過ぎだと思うんですよ…。
 …まあ、言った方達には、例のオレンジ色のジャムをお送りしておきましたけど…。ふふっ…。
 知っての通り、わたしは未亡人です。あの人は、わたしが名雪を産む前に他界しました。胃がんでした。わたしが結婚してからすぐに発症していたんだそうです。でも、痛いのを我慢していたんでしょうね。きっと…。あの人…、我慢強い人でしたから…。
 名雪を身篭ってからも、ずっと付きっきりで看病もしたこともありました…。あの人は困った顔をしてましたけどね…。うふふっ…。そして、わたしが妊娠8ヶ月目のある日、あの人は子供の顔を見ぬまま…。ちょうど今日みたいな雪の降る日でしたね…。
 …名雪が生まれて…。あっ、そうそう…、名雪という名前はあの人が考えた名前なんですよ…。…それ以来、わたしは女手一つで育ててきたわけですが…、向こうのお義父さん、お義母さんからは…。
「あんたはまだ若い…。何も水瀬の家にいることはないんだよ…。今度はあんた自身の幸せを見つけなさい…」
「秋子さん…。あの子もあなたといて幸せだったと思いますよ…。でもこれからは、あなた自身の幸せを見つけなくっちゃだめ…。名雪ちゃんのためにもね………」
 って再婚の話も言われたんですが…。わたしは断りました…。だって、あの人と約束したんですもの…。
「一生、愛し続ける……」
 って……。
 あれから、もう18年も経つんですね…。早いものですね…。あなた…、名雪は元気ですよ…。ちょっとお寝坊さんなところはあなたに似たのかしら? うふふっ…。あっ、そうそう…。わたしの姉さんの息子の祐一さんを、去年から預かることにしました。
 姉さんに心なしか似てるような気がしますよ? 祐一さんって…。そう言ったら、あなたはきっと大笑いするでしょうけどね? うふふっ。って、話しましたっけ? これ…。月宮さんの娘さんやある少女(事情は言えないんですけどね…)も預かっています。月宮さんとはお友達でしたものね…。
 今はあなたの傍にいるのかしら? もしいるんだったらこう伝えてくださいな…。
“あゆちゃんは、元気です”
 って……。
 わたしは、いつもどおり朝の支度をします。お味噌汁のいい匂いがします。いつもはパンなんですけど、パンばかりだと栄養が偏ってしまいますからね…。
 だから、たまにご飯にすることもあるんですよ…。ちょうどわたしが玉子を溶いていると、あゆちゃんが起きてきて……。
「ふあ〜あ…。秋子さん。おはよう。って、あっ、ボクもお手伝いする…」
 って、お手伝いしてくれるんです。それから、真琴が起きてきて、祐一さんと名雪が起きてきて…、一緒に朝ご飯を食べます。名雪は、朝ご飯の献立を見てちょっと残念そうでしたけど…。ジャム好きなところもあなたに似たのかしら…。うふっ…。
 今日が、あなたとの19回目の結婚記念日です…。ねえ、あなた……。覚えていますか? プロポーズの言葉…。わたしはしっかり覚えていますよ? 待ち合わせの時間に1時間も遅れて…、
「僕は、こんなネボスケだから、君に起こして欲しいんだ…。結婚、しよう?…」
 って…。あの時のあなたったら…、寝癖だらけの髪の毛で…。うふふっ…。とても面白かったです。あれから19年…。光陰矢の如しとは言うものですね……。さあ、今日も頑張りましょうか…。


「じゃあ、あなた…。行ってきます…。今日はなるべく早く帰ってくるつもりです…」
 わたしは仏壇に手を合わせて、そう言うと家を出ました…。名雪や祐一さんやあゆちゃんは今日も学校…。真琴は保育所…。今日もいい天気ですね…。そんなある早春の晴れた日でした……。

おわり