一夜だけのシンデレラの魔法


 突然だが、今俺の目の前にでんと置かれた人1人入れそうなくらいの大きな箱がある。現在夜の8時を少し回った時間。言わずもがな宛て先は俺宛てになっているのだが俺にはこんなものを送ってくるやつもいないし、また俺自身が購入した覚えもない。親は両方とも元気に生きてはいるのだが仕送りしてくるような一般的な優しい感じの親ではないことくらいは俺自身でも分かっている。だとしたら誰だ? と言うことになる。今朝方会社に行こうと思い、支度をしているとピンポーンとチャイムが鳴った。誰だ? こんな朝っぱらの忙しい時間から…。などと思いつつ、ドアスコープから覗いてみるといつもの宅急便の兄ちゃんだった。兄ちゃんと言っても俺とそう年も離れていない。いわば普通の宅配便の兄ちゃんと言う感じだ。その兄ちゃんが真面目そうな顔をして俺のドアの前で待っている。ハンコは〜っと…。あるな? そう思いドアを開ける。
「ちょっとばかり大きなものですので…」
 そう言うと兄ちゃんは兄ちゃんの後ろにいたんだろうアルバイトのやつ2人に指示して箱を俺の部屋の中に運ばせる。まあ普段から掃除はまめにしている俺ではあるので見られて困るようなものは置いてない…つもりだ。が所詮は男の1人暮らし。えっちな本の1つや2つくらいは無造作に置いてある。あっ! とは思ったがまあ相手は男だからいいだろう。そう思い、部屋の隅っこに片づけて真ん中に置いてもらった。受け取り証明書に判を押し、兄ちゃんたちは帰って行った。しかし誰だ? と思い差し出し人のところを見ようとしてふと壁掛け時計を見ると遅刻ギリギリの時間だ。急がなければまたお局様の嫌味のお小言をぶつぶつ聞かなけばならない。一昨年の新人時代のときには割と優しい人かな? なんて思っていたがだんだん仕事にも慣れてくると手荒く扱ってくることが多くなった。そして今、何かと嫌味なお小言を言うことが多くなってきたわけだ。まあ色白だし眼鏡を外すと意外と顔はきれいなんじゃないかな? とは思うが、牛乳瓶の底のよういなぐるぐるした眼鏡は会社(と言うか俺の前)では外したことがないので眼鏡の下がどうなってるかは謎のままだ。って時間は? と見るともう走って行かないと間に合わないような時間だったので、“開けて確認するのは帰ってからだな?” そう思い箱もそのままに出掛ける俺がいた。
 俺の会社は駅から2駅ほど行った先の寂れた旅行代理店だ。まあ俺はそこの下っ端従業員として働いている。当然若いやつと言うと俺だけになる…のか? と言うか若い人には人気がないのだろうかこの店は…。入り組んだ路地の奥まったところにあるからか普段ここを利用するやつは商店街の極々限られたやつしか使わないわけで…。そんなこんなで従業員は俺を含めて6人しかいない。社長は小太り気味のぼけ〜っとしたような人だ。ぼけ〜っとしたようで嫌味は一人前に言う。それで俺がどれだけ苦労しているかは想像に任せるが…。社長には孫がいる。先々月5歳になったばかりなんだとか。この孫が時々と言うかしょっちゅう遊びに来ては手伝っているんだか邪魔してるんだかよく分からん行動をしてくる。俺もかなり被害をこうむっている(と言うか俺だけじゃないかよ?)わけで、俺はその孫が来たら逃げるか、遊び相手になるかのどっちかを迫られるわけだ。でもまあ大概は遊び相手をやらされるわけだが。運良く逃げ遂せたところで、“お兄ちゃんと遊びたい〜っ!!” と言う鶴の一声で呼び戻らされて遊び相手をさせられるわけだ。と言うか一昨日もそんなことがあって、へとへとになったばかりなんだけどな? しかし子供、しかも女の子の遊び相手をするのはやけに骨が折れる。そうそうこの間なんか一緒に銭湯に連れて行かされて非常に往生した。俺は女自体は嫌いではない。むしろ好きなほうだ。特にお姉さんタイプにはそこはかとない欲望もある。しかしお子ちゃまには愛情も感じないし、好きでもない。はっきり言うと苦手な部類に入る。ちなみに俺の容姿は別段恰好がいいほうでもないので、彼女が出来たためしもない。いわゆる彼女いない歴=歳の数なわけだ。だからではないが想像力は結構豊かなほうではないかと自負している。まあこんな馬鹿馬鹿しいことを考えてる暇があったら働け、と言うことになるのだろうが…。そう言えば今日は社長がまだ来ていない。俺の会社の社長はいの一番にやってきては、やれ○○さんは今日は早いだの○○くんは今日も何分遅刻だのと嫌味ったらしく言うのが癖になっている。俺はその社長の言うところの後者の部分に該当するのだが…。何でこんな嫌味なやつばっかりいる会社に就職したのかと考えるが、別段これと言って役に立つようなスキルも何も持ち合わせていない俺にはこのような会社しかなかったわけだ。まあ昨今の就職難と言う災厄には引っかからずすんなり就職できたのでこれはこれですごくありがたかったのかもしれないが…。現に俺のダチ数人は今も就職できずバイトで生活してるしな?
 それにしても遅いな? いつもならもうとっくに来ていつもの席で茶でもしばきながら遅刻した俺にぶつくさ嫌味の一言でも呟いているって言うのに…。“どうしたんですかねぇ〜? 社長” と横にいたお局様を横目に見つつそう言う。と横のお局様は面倒くさそうにくいっくいっと顎の先でホワイトボードをさして事務の仕事に戻った。そんな俺を見て他のやつらはくすくす笑ってやがるし。くそぅ、下出に出りゃいい気になりやがって! とは思ったが生憎と女ばかりの職場には俺の味方をしてくれる奴なんていない。よしんばいたとしてもあのおマセなガキくらいなもんだ…。とほほ…と思いつつホワイトボードを見る。と…、マセガキがちょっとした病気にかかってしまったらしい云々と言うことが書かれてあった。な、なんだ? 一昨日はあんなに元気だったじゃないかよ? と思うが俺もガキの頃はすぐに風邪とか引いてたっけか。まあ俺の邪魔ばかりしてくるヤツではあるが愛着がないと言うのはちょっとウソになるので、元気になってくれと思いながらその日1日の会社での業務をこなしていった。


 夕方になる。今日は久しぶりに早く帰れる。いつもは社長がこき使ってくれてなかなか早く帰れないわけだが。こんなハッピーな気分は久しぶりだな? そう思い駅の改札をくぐった。見える我が家はもうすぐだ。やれやれやっと今日も終わったかぁ〜などと考えつつ今朝のでかい箱のことを思い出す。まあ誰かん家とうちとを間違えたんだろう。帰ってからでも隣りの住人に訊いてみるか。そう思いながらさっき購入した唐揚げ弁当と袋入りのスープ付きうどんを見遣り腹の虫が鳴るのをこらえるように擦りながらおんぼろアパートの2階の自室へと戻った。掛けた鍵を開け部屋の中へ…とそこで違和感。何か部屋の様子が変わってないか? んん? とあちこち見て回る。いや、いつもと同じなんだが、どこかおかしい。何だ? この違和感は…。
 そう思いふっと朝置いてあったえっちな本がないことに気がついた。 ええっ! どこに行った? きょろきょろと見渡すとゴミ箱の隣りのちょっとした机の上にあった。無造作に置いてありページもめくってあって、しかも一番のお気に入りのモノの載っているページが破られてぽいっと捨て置かれてある。誰だ!! こんなことをしたやつは!! とは思ったがそこにいるのは俺1人だけだ。あとは朝のでかい箱がでんと置いてあるだけで人の出入りはない。泥棒かとも思ったが、もし泥棒だったら部屋を荒らしていくはずだし、と思いあちこち調べたが盗られたものの形跡はない。…と言うことは幽霊か何かか? とも考えたんだがもし幽霊が出たとして、わざわざこんなえっちな本を物理的に破れるものなのか? それに幽霊はこう言う卑猥なものは嫌いなんだということをどこかの雑誌に載っていて、“もし幽霊に出遭ったらためしに言ってやろう” などと馬鹿なことを思っていたわけだが…。しばらくう〜んと考えるが、まとまった考えは凡人の脳では浮かんでくるはずもなく…。まあ俺自身が寝ぼけてやったことにしよう。自分では全く身に覚えがないわけなのだが…。そう結論づけてふっと件の箱に目が行く。そういや朝から気にはなっていたんだが一体何が入ってるんだ? そう思い箱の前に立った。ってちょっと待て? 何かは知らんががさごそ動く音がするぞ? それに内側から開けられたような傷もついてるし。何なんだ? そう思いそ〜っと中を開けて覗いてみたところが…。


「っていうわけでお星様にお願いしたらこんなに大きくなっちゃったってわけ。ぱくっ! もぐもぐもぐ…」
 とボンキュッボンで人懐っこそうな瞳をした女が1人きちきちの服を着て俺の膝に座っていた…。何が何だかさっぱり分からん。あまりに内容がぶっ飛び過ぎて俺の頭の処理能力では到底追いつかないわけだが、こいつは自身のことを例のマセガキだとのたまっている。ってさっきから俺の弁当を摘まんではぽいぽい口の中に放り込みやがる。おかげで大好きな唐揚げも何もなくなっちまった。“お前がお前だって言う証拠を見せてみろ” と言うとぽっと顔を赤らめて俯いた。やれやれだぜ…。誰かは知らんがこんなことをして翌朝起きたら部屋の中のモノ全部盗られて無くなってました! ってなことになりかねないところだった。その手の窃盗団も今では大分下火になってきているもののいると言う話だしな? さて警察にでも電話を入れておくか…。と携帯を取り出したところで、膝の上にいる女が、“お兄ちゃんにならいいよ?” とのたまうと立ち上がってしゅるしゅると服を脱いでいくではないか?! あわわわわっと手を両目に持ってくる。あっという間にすっ裸になってしまったんだろう。じゃじゃじゃじゃーんと自分で訳の分からん効果音を出してこう言っている。“ここ見て! ここ!” とやけに肉付きのいいお尻であろう部分を目の前に持ってきてるんだろうが俺は目を瞑ってその上から手で覆って見ないようにする。もし見てしまったら俺の、“男の部分” が出てきてしまい、取り返しのつかないようなことになるような気がした。“と、取りあえず服を着ろ! 服を!” と言うと、“はぁ〜い…” とやや残念そうな声が聞こえてきた。ふぅ〜、危うく性犯罪者のかたごを担ぐことになりそうだった。“もういいよ〜” と女の声がするのでやれやれと思い覆っていた手をどかし目を見開いて前を向くと、ぶーっ! と鼻血か飛び出そうになる。なんちゅう恰好をしてるんだ! 裸エプロンだなんてどこで知りやがった! 鼻の穴にティッシュを詰め込み詰め込み再び目を閉じて手で覆って聞いてみるところが、“だってお兄ちゃんの持ってるえっちな本に載ってたんだもん…” とやや上目遣いに見つめて口を尖らせながら言ってるんだろう女がそう言ってくる。この女は〜っ!! そう思って、“じゃあこれでも着とけ!” と俺の替えのよれよれパジャマを見えないながらも手渡すと、“わぁ〜、お兄ちゃんのパジャマだぁ〜” そう言ってそそくさ着替える音がした。
 だぼっとした感じが何だかやけに可愛らしく見えるわけだが、まだ油断は出来ん。こいつが何者であるかを確かめるまでは…。そう思い俺のパジャマの匂いをくんくん嗅いでいる女に2、3質問してみた。俺の名前とかそういうものを。女はさも当然のように俺の名前を言いやがる。名前ばかりか現在働いている旅行代理店のことやらお局様他従業員のことを事細かに言い当てる。裏話としてお局様は牛乳瓶の底のような眼鏡をはずすとめちゃくちゃ美人なんだとかどうとかそんなことも言ってくる。やっぱり俺の予想は当たっていたな? うんうん。と自分で納得するように頷いていると、俺の考えが分かったのか女が、“ちょっとお兄ちゃん! 何で事務員さんのことばっかり小声で言ってるの? ここにこ〜んな可愛くてえっちな体の女の子がいるって言うのに〜っ?!” と女が机をバンバン叩きながら文句を言ってくる。“い、いや、自分で‘えっちな体’はないんじゃないか?” と言うところが、“でも嫌いじゃないんでしょ?” と実に的を得た回答をしてくるわけで…。現に今パジャマから零れ落ちそうな胸のボリュームに一瞬釘付けになってもう少しでオオカミになってしまうところだったが理性をフル回転させて何とか押しとどまった。しかし、この女はいったい何者だ? 俺の素性どころか会社のことまで知ってるなんて…。これで本人曰くマセガキだなんて…。そんなオカルティックなものが現実にあるわけがない。とは思うものの…、分からん。これは一種のストーカーか何かか? とも考えたが、こんなつまらんどこにでもいる普通の男に引っ付くようなストーカーなんて聞いたことがない。かと言ってこの女の言うことも俄かには信じられん。と言うか目的は何だ? 金か? と考えていくらなんでもそれはあり得んよな…。と自分自身心の中で笑っちまう。こんなおんぼろアパートじゃあ金なんてないじゃないか。じゃあ目的は何なんだ? と思って、“お前が来た目的は一体何なんだ?” と率直に聞いてみた。と女はにっこり微笑んでこう言う。
「お兄ちゃんが普段どういう暮らしをしてるのか知りたくて…。あたしずっと気になってたんだ〜。お兄ちゃんっていっつもどう言う暮らしをしてるのかな〜って。だってお兄ちゃん会社にいるときあたしが聞いても絶対答えてくれないから…。まあえっちな本は嫌だったけど案外真面目に暮らしてて安心した〜って言うかなんて言うかだけどね?…。えへへっ…」
 そう言うと女はえへへっと微笑む。そんな女の顔を不意に可愛いと思ってしまった。と、マセガキのように喋りまくっていた女が時計を見てハッと言うような顔になった。と思ったらこっちにすりすり擦り寄ってくる。時間は午後11時55分を過ぎた辺り。“お兄ちゃん、一回だけでいいの…。ぎゅってして。お願い…” うるうるした瞳で上目遣いに女がそうお願いしてくる。俺は俄かには信じられなかったが、この女がどうにも気になっていた。どうしてかは分からんが、気になった。“ああ、分かった” とだけ言うと初めて女を抱きしめた。柔らかい感触が俺の体にのしかかる。独特の甘い香りが鼻腔を擽った。やがて今日が昨日へ時間は変わる。と女の体がまるで映画のCGでも見ているかのように薄くなって最後に消えた。消える瞬間、“明日のあたしはもう覚えてないかもだけど、じゃあまた明日。会社でね?” とにこやかに笑う女の顔がやけにあのマセガキに似ていたことは言うまでもなかった。


 翌日の俺もいつも通りの遅刻だ。お局様はいつも通り文句をぶつぶつ言っている。社長も今日は来ていて、遅刻のペナルティーにマセガキのお供に遊園地に今度連れて行くことを約束させられた。横からちびっこい体のマセガキが俺のほうをいつもの上目遣いで見つめている。余談ではあるが昨日社長が休みだったのはマセガキがどう言うわけか昨日中ず〜っと眠っていて目を覚まさなかったらしい。で今日の未明にパッチリ目が覚めたんだと…。丸1日目が覚めなかったんでこれは何かのヤバい病気なのかと思ってあたふたしていると、“何をそんなに慌ててるの?” ときょとんとした顔のマセガキがいたらしい。まあそれはそれで良かったんだろう。そう思う。で今日。俺はいつも通りこのマセガキにあれやこれや難癖をつけられている始末だ。ただ違うことと言えば、一昨日までの煩わしさが今はなくなったところだろうか…。少々オカルティックでこんなことを人に教えればそれこそ白い目で見られることは言う間でもないのだが、今の俺は文句を言いながらでもやってやろうかな? なんて前向きなことを思うようになった。シンデレラの魔法と言うものがあって、もしその魔法に一度かかってしまったら、あとはどうなるのか…、不思議でたまらない。そんな日差しも明るくなってきたとある春の朝…。ってどうでもいいが俺の膝の上で菓子とかぼろぼろ零しながら食べないでくれ〜!!

END